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【短編】ジャスト・フレンズ 2
「佳奈ちゃん!水割りもう一杯!」
常連客のおっちゃんが店の奥でわたしを呼ぶ。
「はーい!」
春休みは、母が経営する小さなスナックを手伝うのが日課になってる。
ちょっと薄めにしたウイスキーの水割りを持って、おっちゃんのテーブルに乗せ、飲み終わったグラスを下げる。
「佳奈ちゃん、いよいよ女子大生だがや。ええなあ。」
「おっちゃん、わたしは女子大生じゃないから。短大生。」
「女子の短大生だから、女子大生でええがね!」
「じゃあ、女子大生の佳奈子からのお願いね。おっちゃん、
あとは、ママからお代わりもらってね。」
「え?佳奈ちゃん、もう帰っちゃうの?」
こんな時に限って、母が余計な口を出す。
「佳奈、明日デートなんだって~。」
「やるなあ、佳奈ちゃん!いっぺん彼氏連れてこいて!」
「お先に失礼しまーす!」
鈴のついた扉を閉めると、薄く花の香りを溶かしたような柔らかい春の夜風が、わたしの鼻をくすぐる。
(四人で行くのにデートなのかな。そもそも健ちゃん、彼氏じゃないし。)
ちょっと、ううん、だいぶ複雑な気持で、わたしは夜道を帰った。少しおぼろな満月が、わたしの心を見透かしたように夜空に笑ってた。
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翌日、親友の良美と、良美と仲のいい長谷川くん、それに健ちゃんの4人で国鉄の急行「比叡」に乗って京都へ行った。4人は高校2年の時のクラスメイトだ。
3年になって理系と文系にクラスがわかれる前、仲のよかったこの4人で、ちょうど去年の3月に日帰り木曽路の旅へ行った。それが余程楽しかったのか、今年は良美の提案で、京都へ行こうという事になった。新幹線なら早いけど、在来線の急行は安いし、名古屋から2時間弱で行ける。4人で行けば、おしゃべりしてる内に2時間なんてあっという間だ。
良美と長谷川君はお似合いだ。わたしと健ちゃんも、はたから見たらお似合いかもしれない。でも、わたしには忸怩たる思いがある。ちょっと許せないこともある。
今日は、京都で、それを確かめるんだ。
京都の旅は定番の嵐山。桜の季節にはまだほんのちょっと早いからか、観光客もそんなに多くない。健ちゃんが行ったことがあるという渋い喫茶店「JAM」でお昼を食べて、渡月橋の下から、二人ずつに分かれて手漕ぎボートに乗った。
健ちゃんは手慣れた様子でボートを漕ぐ。ギターを弾く時も、ボートをこぐ時も、いや、割といつも、健ちゃんは腕まくりしてる。どことなく線の細いイメージの健ちゃんなのに、オールを漕ぐたびに肘から下の前腕部の筋肉がグイッと動くのが、なんだか眩しい。
ちょっと上流まで行ったら、健ちゃんは漕ぐのをやめて、ボートをゆったりと流れに乗せた。
「ちょっと休憩。」
そういうと健ちゃんは胸ポケットからセブンスターを出し、一本抜き出して口にくわえ、ライターで火をつけた。
女の子のように白くて細くて長い指の動きが、あんまりきれいで、つい見とれてしまう。
ダメだ、見とれている場合じゃない。今日こそハッキリさせなくちゃ。
あの秋の日の渡り廊下、健ちゃんの歌で泣いてしまったわたしの肩を抱き寄せたまま何も言わず、やっとしゃべったと思ったら「寒いから帰ろうか」。
地下鉄に乗ってもずっと黙ったまま。自分が降りる駅に着いたら、さっさと降りて「じゃあね!」って手を上げただけって、何?。
だいたい、地元の国立大の理学部を目指すと言って理系のクラスに入っておきながら(だから私も地元の短大を受けたのに)、健ちゃんが実際に受けたのは東京の私大文系って、何?
で、4月になったら、ホイホイっと一人で東京行っちゃうって、何?
「・・・佳奈子、なにか、怒ってる?」
健ちゃんを見つめるわたしの目力に、鈍感な健ちゃんでも、ようやく気付いたみたい。
「別に。」
そう言って、わたしはにっこりと微笑むのだ。
「そういえば、佳奈子、北山短大だよね。」
「うん。」
「あそこは佳奈子みたいな美女揃いで有名だよなあ。」
健ちゃん、わたしゃ、どう答えりゃいいのよ。
「一つ頼みがあんだけどさあ。
もし、入学して、クラスにかわいい子いたらさあ、
紹介してくんない?」
健ちゃん、あんた、何考えてんの!
だいたい、それを、わたしに言う?
「いや、去年の春、早百合ちゃんに振られちゃったし。
佳奈子にも、なーにバカなこと言っての、て言われちゃったしさあ。」
ち、ちょっと待ってよ!
だから、それは健ちゃんが真面目に聞いてくれなかったからでしょう!
一緒にお酒飲みながらJAZZ聴いてるときに、突然、
「ねえ、ひょっとして僕のこと好き?」なんて聞かれて、「ハイそうよ」なんて言えるわけないじゃない!
「僕、思ったんだ。
多分、僕のことを誰よりも一番分かってるのは、
やっぱり佳奈子だって。
だから佳奈子なら、こんな僕に、
一番似合う女の子が分かるんじゃないかって。」
わたしは、返す言葉が見つからなかった。
そうだよ、多分、健ちゃんのこと、
一番わかってるのはわたしだよ。
そして、わたしのことを一番わかってないのが、
健ちゃんだよ。
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わたしは健ちゃんを見ていられなくて、
春の陽をキラキラと反射させている川面に手を伸ばした。
喫水の低いボートのヘリから、手は簡単に川面に届いた。
健ちゃんから涙が見えないように俯いて、指で水をちゃぷちゃぷさせながら、言った。
「いいよ~。いい子がいたら、紹介してあげる。」
わたしの指が作る水の波紋より、もっとボートに近い川面に、小さな波紋が一つできた。
わかったよ。
短大に入学したら、とびっきりの美女を紹介してあげる!
健ちゃんがタジタジしちゃうくらいの、いい女をね。
わたしは片手で桂川の水を掬うと、思いッきり健ちゃんにぶっかけた。
「うわっ!冷たっ! やったな、佳奈子!」
健ちゃんもわたしに向かって水を飛ばした。
わたしたちは笑いながら、水をかけあった。
二人で水をかけあっているのを見て、良美と長谷川君が大笑いした。
そして彼らも水をかけあって、ジャレていた。
そう、わたしたちも、恋人がジャレあっているように見えるんだろうなあ。
顔だけで笑いながら、わたしは決心した。
健ちゃんが東京へ発つとき、
絶対に見送りになんか行ってやるものか!
〈了〉 いや、きっと続く・・・
お読みいただき、ありがとうございました。
この短編小説はフィクションです。
birdfilm 増田達彦 2024.11.03.
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