アンソニー・ホロヴィッツ
新刊 「殺しへのライン」を堪能した。
推理小説の醍醐味は、プロットもさることながら、登場人物の魅力に尽きると思う。ホロヴィッツが脚本を書いたドラマ「刑事フォイル」も、主演のマイケル・キッチンの知的で品の良い佇まいと相まって、上質の忘れ難いドラマだった。以来ずっと、ファンである。
ホーソーンシリーズは、これで3作目。偏屈でマイペースな元刑事。警察を解雇された謎の過去が作品が進むにつれて、少しずつ明かされ、興味が尽きない。
自分の事件解決を書いてほしい、とホーソーンからの依頼を受けて、作家ホロヴィッツ自身が同行する、という設定。「刑事フォイル」の撮影裏話や、イギリスの出版事情、はたまた作家自身の自虐エピソードもたっぷりの趣向が楽しい。
解決の糸口となる種をあちこちに撒いて、終盤、きれいに刈り取ってゆく仕立てが、いつもながら爽快である。
最新作が、これまでと変わった点は、スマホ関連の用語や表現がどっと出てきたこと。
Google Chrome、スクロール、ウィキペディア、Kindle、キャッシュ、ライン…
速さが求められるネット上には、略語が多い。ライン上で : LMK(Let me know)、IDK(I don't know)、CUL8R(See You later)、ILU(I love you)、OMG(Oh,my God)…
はて、OTW?(On the way : すぐ行きます)
"死体の右手で、スマホのロックを外す"…?指紋認証を知らない人には、意味不明かも。
"(無防備にも)被害者のアドレス帳にメモしてあったパスワードで、ラインの記録を読む" …私はすべてのPWを壁に貼ってある😌覚えきれないので。
"キャッシュ"など、つい最近まで知らなかった用語も、註釈なしで使われている。
Note の投稿で不具合が生じて、運営サイトに相談した折、切り抜け方として「キャッシュを削除して…」と指示があり…???。初めて意味を知ったのだった。
今私のスマホには、"107件のトラッカーによってプロファイリングが阻止され、非公開になりました" … 何のこっちゃ?日本語らしいのに、意味が分からない🧐
"Pin をお忘れですか?" パソコンが問う。いきなり"pin"と言われても…Personal identification number など、悠長な言葉はネット上では死語らしい。
いつも謎の言葉で意気をくじかれる。
昨年秋に邦訳が出た、シリーズ前作までは、スマホはせいぜい、"朝起きたらスマホが見つからなかった" 、"iphoneで事情聴取を密かに録音" 程度の言及で、中身に踏み込んではいなかったはず。
タイトルの「ライン」は当然、スマホのライン。建設計画を巡って島の住民を二分し、殺人事件の引き金になったかと思われた、"送電線" power lineとも掛けている。
被害者のスマホに残されたラインのやり取りが、横書き、白とグレイ二色の吹き出しで表示されるのも新鮮。容疑者と思われる人物とのラインは、証拠となる文字をスマホに残さないために、返信は音声で返されているらしく、画面には被害者のグレイの吹き出しのみ…ラインでそんなことが出来るんだ🧐
夫や家政婦とのやりとりは、そっけなく、短い。片や、JF氏には熱烈なメッセージ…この小さな箱の中に生前の全ての行動、人間関係が記録されている。
これまで、第二次世界大戦が舞台のフォイルや、1930年代を想定したポアロの脚本、コナン・ドイルやアガサ・クリスティーへのオマージュのような長編で人気を博してきたホロヴィッツ。
2019年、イギリスの50才以上のスマホ保有率は60%だったという。現在は90%を超えるだろう。67才の作家は、舵を切ったのだ。
1990年代から毎年新刊が出た、「検屍官スカーぺッタ」では、シリーズが進むにつれてコンピュータの役割が増した。第一話では10才の扱いにくい神童だった姪ルーシーが、長じてFBIアカデミー(クワンティコ)勤務となり、知識を駆使して伯母の捜査に協力するようになる。
著者パトリシア・コーンウェルは、かつて検屍局のコンピュータシステムの担当者だったとか。どうりで詳しい。当時も私は、パソコンで四苦八苦していた。
「相棒」の杉崎右京にも、悪態をつきながらも、助っ人に駆り出されてしまうアオキがいる。ホーソーンには、匿名の発信元を辿るなど、いざという時には、インド系の車椅子の若者が懐刀として近所に控える。
進化する情報機器に対処するには、いつも、新世代の頭脳が必要だ。
個人情報満載のスマホをほとんどの人間が持ち、画像や映像を誰もが容易に残すことが出来るようになったことで、実際の犯罪捜査も、随分変わったんだろうなと想像できる。
2021年、ホロヴィッツの登場人物、ライン開通❗️
この夏、スマホに擦り寄ろうと😅少しあがいた身には、ホロヴィッツのこの記念すべき進化は興味深く、プロットと共に楽しい読書体験だった。
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