
一日で巡る印旛沼流域の水循環から見る人間社会と生態系の共存(2024年9月)
9月末に「生物多様性・生態系」に関するツアーを企画しました。その時の様子を共有致します。
いやー、超絶面白くて、学びも多すぎて、全部紹介したら一冊の本になってしまうので、特に興味深かった部分だけ紹介したいなーって思います。
どんなツアーだったの?
ことの経緯は4か月前に、茅葺き屋根作りの体験に参加した帰りの車の中で、国立環境研究所の気候変動適応センター室長である 西廣 淳先生との雑談をきっかけに生まれました。
千葉県にある印旛沼流域の水循環を中心とした生態系を巡るツアー。
頭でっかちで空中戦になりがちな生物多様性について、実際に目で見て体感し、人間活動が水循環や生物多様性に及ぼす影響を知ろう!と企画しました。

せっかくの機会なので、いつもお世話になっているサスコミュ(サステナブルコミュニティ)のイベントとして企画しました。
印旛沼流域とは?
印旛沼流域とは、この辺りの台地(標高が高いところ)に降った雨水が、谷津(やつ:谷)を通り、小さな河川に流れ、印旛沼に集まる、水の流れ全体。13の市町村が重なる大きな水の流れ。

印旛沼に集まった水は、利根川に流れ、そこから銚子を経由して海に流れていきます。
上流の台地から、谷津の湧き水、河川、下流の商業住宅地、湖沼の重要ポイントを見学しながら、印旛沼流域の自然環境と人間活動の関わりについて、実際に生物や植物を見ながら、そして保全活動などをしている市民団体、企業の実際の取り組みを聞かせてもらいながら多面的に知れたのが良かったです。
全てを書くと、それこそ数万字でも足りないので、以下、4点に絞って、おもしろかったことを紹介したいと思います。
① 多面的な自然の結節点ととなる水循環
生物多様性で自然を扱うと、森林、海洋、農業、河川(淡水)、草原などに区分けして語ることが多いが、水循環の切り口で考えるとそれら全てが関連しているのが面白い。
今回の印旛沼でいえば、
上流の台地は、江戸時代は幕府の馬の放牧地や鷹狩の場として草原(牧)として管理されていた。
千葉ニュータウン開発で、多くが住宅地や商業地になり、開発に取り残された民有地の一部が管理されず樹林(森)になっていたり、市に譲渡され市民団体の力で草原として維持管理されている。
そこから流れ出す水は谷津と呼ばれる谷状の地形を形成し、そこでは湧水を利用した水田農業が営まれてきた。
近代農業(機械化、水路整備、治水)が進み、下流に水田が移る中で、耕作放棄地となった谷津も多い。耕作放棄になっても上手く整備することで(水位を上手く保って湿地として生物が他から越境できる環境にするなど)、湿地に生息する生物の宝庫となる。(湿地には絶滅危惧種が多い)
さらに下流には、河川沿いに広がる水田地帯、開発された住宅地(ベッドタウン)などが広がる。



上流では、15年前には野生のキツネが見られた広い草原地帯が、急速に開発された。Googleを始めとする大規模なデータセンター、そして成田空港新滑走路を見据えた巨大物流倉庫群にとって代わる。


この流域を軸に見ることで、それぞれの地点での人間活動が水循環全体にどのような影響を与えているかを理解することができる。
下流の水害リスクの増加
例えば、、冨里市と佐倉市の関係だ。
上流に位置する冨里市では谷津(沼地)があり、かつては天然の水田地帯だった。
しかし、河川工事により、蛇行した川が直線化され、「なるべく短時間で水を下流、海へ流す」ようになった。その結果、上流の冨里市では水害リスクは減ったが、逆に下流に水が溜まるようになる。
上流はかつては農業地帯だったが、現在では機械化農業が難しい地形などもあり耕作放棄地も目立つ。

一方で、下流の佐倉市は水害リスクが増加した。実際に令和元年の大雨では大きな被害に見舞われ、死者も出ている。
良かれと思って行った河川工事の結果、人が集積しない上流の水害リスクが減り、住宅地として栄えた下流の水害リスクが上がってしまった。
同じ流域ではあるが、二つの行政区をまたがる。さらに、農業(農水省)と河川(国土交通省)と管轄する省庁もまたがる。
流域マネジメントを考える難しさが伺える。
② 荒れ地に見える土地に価値がある
今回のツアーで、一見すると「荒れ地」に見える耕作放棄地や管理されていない草地が、実は生態系保全・生物多様性を考える上で非常に重要だと痛感した。
一般的には、整備されたキレイな樹木や花が咲く公園、手入れの行き届いた農地こそが、ちゃんと土地利用されていて、「望ましい景観」と思われる。
私も今回参加するまでは、そう思っていた。

田舎にいって、高齢化で担い手がいなくなり管理放棄された耕作放棄地をみればネガティブな印象を受ける。
実際に先祖から受け継いだ土地で農業が出来なくなり、荒れ果てていくことを、先祖に申し訳ないと後ろめたい気持ちになる土地所有者も多いそうだ。

しかし、耕作放棄地やこれらの草地も、少し手を加えて管理すれば、生物の宝庫となる!!確かに、食物生産には寄与していないし、整備された都市公園のような機能はないかもしれない(供給サービスという)。しかし、生態系の調整サービスとしての価値はとても大きい。
今回見てきた中で、不思議な因果を経て草地として残った土地がある。
どんな因果があったのだろう?
千葉ニュータウン開発の未処分地
1960年代から東京のベッドタウンとして開発された千葉ニュータウン。当初の計画では3000ha近い土地に34万人の人口の街を作ろうと計画された。しかし、実際にはそこまで集まらず、2014年時点で1000ha程度の土地が「未処分地」として残存した。
日本の温暖湿潤な気候では、草原を放っておけば森になってしまう。。人間の手を加えないと草原は維持できない。(生物多様性において、草地を残すのは非常に重要)
しかし、幸いにも、土地所有者が開発が継続する可能性を信じ、草刈りだけは続けて維持された草原地帯がある。開発終了と共に、その土地を県から市に譲渡。
そこを地元の市民団体が県や市に働きかけて、ほぼ無償ボランティアの状態で草地として保全している。

ここにきた議員さんが、「公園と名がついている割に、草がぼうぼうでけしからん!」とクレームを入れたことがあったそうだ。
確かに、生態のことに理解がなければ、そう断罪してしまうのも仕方がないかもしれない。。
でも実際は、ここをボランティアが草地として維持しているからこそ、残されている生物、絶滅危惧種も多い。

治水 水質浄化 水害リスクの軽減
この草地や、耕作放棄地を適切に維持管理する目的は、生物の保全というキレイ事?のためだけではない。
水質浄化、下流の水害リスクの低減(治水)にも大きな役目を果たす。
水質浄化でいえば、高度経済成長期の公害問題の反省から、生活排水(下水道)、工業排水の問題は対処されてきた。
しかし、農業排水(窒素やリン)の問題はいまだに残っている。適切な湿地を維持することで、農業排水のフィルタの役割を果たす。
そして、上流側に適切な湿地・沼地を維持することで、小さなダムの役割を果たす。大雨が降った時に、川に流れる水を減らし、地面に溜めこむことができる、治水の役割を果たす。

これらは、土地の価値をフロー(現在の生産活動、供給サービス)だけでなく、ストック(生産活動を生み出さなくてもそこにあることの価値)の観点から評価することの重要性を示している。
耕作放棄された水田は農業生産という観点からは価値が低いかもしれないが、生物多様性の保全や水害リスクの低減、水質浄化という「調整サービス」の観点からは非常に高い価値を持っている。

③公民市民大学のセクター横断の取り組み
流域マネジメントというシステム課題が難しいのは、縦割りの行政の枠組みを横断するからだけではない。
問題解決に当たっては、公共(行政)だけでなく、民間企業(営利)、市民団体(非営利)、そして研究(大学)のセクター横断での協働が重要となる。
今回、実際に行っているセクター横断の事例を2-3つ見学した。
いずれも、西廣先生が長年にわたって地道に活動し、信頼関係を構築してきたからこそ、訪れることができた。
西廣先生は、9月前半にこの流域で活動する、2つの市、民間企業、市民団体などを集めてシンポジウムを行い、セクター横断の取り組みなどを行っている。
2つ紹介したい。
事例1)損害保険大手MS&ADと地元NPOの取り組み
NPO法人谷田武西の原っぱと森の会とMS&ADインシュアランスグループは、千葉ニュータウン開発から取り残された「谷田武西地区」約25ヘクタールの市有地で、里山の保全事業、調査研究事業、環境学習・環境教育事業などが展開されている。
MS&ADの社員と、谷津の湿地を少し整備することで、絶滅危惧種のアカガエルが戻ってきたらしい。


事例2)清水建設と地元NPOの取り組み
もう一つの事例は、NPO法人富里のホタルと清水建設の協働だ。清水建設は環境経営推進室の中にグリーンインフラ推進部を設置し、社員が定期的に現地を訪れて水路の整備やバイオ炭のための竹林整備などを行っている。
CSR活動としてではなく、社員の実務能力育成の場としても活用されているとのことだ。
このようなセクター横断の取り組みを実現することは容易ではない。異なる組織文化や目的意識の違いを乗り越え、共通の目標に向かって協働するためには、それぞれの言語や文化(動機や利害)を翻訳する「つなぎ役」が必要だ。


今回の場所では、西廣先生もその大きな役目を担っている。
今回のツアーが非常に示唆に富むものだったのは、単なる自然保全の重要性を訴えるのではなく、便利さを享受している人間社会への存在を受け止めつつ、技術への敬意を払いながら、バランスを取るために出来ることは何か?多面的な視点で話されていることだ。

④ 二項対立にしない。グレーインフラとグリーンインフラを共存させる
環境保全の文脈で、しばしば「グレーインフラ」(従来のコンクリートなどを使用した人工的なインフラ)と「グリーンインフラ」(自然環境が有する機能を活用したインフラ)が対立的に論じられることがある。しかし、、この二項対立的な見方は思考停止だ。
どちらかが重要なのではなく、共存と使い分けである。
両者はそれぞれに長所と短所があり、状況に応じて最適な選択や組み合わせを考えることが重要なのである。
水位管理では、人工的な水門(グレーインフラ)と自然の湿地(グリーンインフラ)が組み合わすことができる。
耕作放棄地という収入を生まない土地では水位管理をするインセンティブはない。。それでも、最近のIoTセンサーなどを使えば、数万円程度で簡易の水位調整ができるという。
ハードランディングで議論すると対立関係を生む。ソフトランディングが大事だ。
グリーンインフラの導入を検討する際には、既存のグレーインフラの改修や更新のタイミングを活用する方が効果的だ。例えば、老朽化した護岸の改修時に、一部を自然の河岸に戻すことで、生物多様性の向上と洪水対策の両立を図ることができる。
これを実現するためには、そこに属する生態系・生物への深い理解が重要になる。最小限のコストで、生態系の調整サービスを向上させるには、どこに手を付けるべきか?がポイントになる。
研究者が加わることの意義はここにあるだろう。CVMと呼ばれる生物多様性の経済的価値の評価も重要になる。
谷津の耕作放棄地に水を貯めることで、どの程度の洪水リスクが低減でき、下流域での治水工事のコストを削減できるのか。といった経済価値を示すと同時に、長期的な視点も重要だ。

短期的には多少のコスト増になっても、維持管理コストの削減や災害時の被害軽減、水質の浄化機能など多面的かつ長期的な評価が必要になる。
解像度を上げて考える
今回のツアーの前に、事前に書籍や参考文献を読んで「知って」はいたのだけど、実際にその場にいって見て、肌で触れて、生き物に触れるのは大違いだ。
企業で生物多様性やTNFDなどを扱っている人は、ぜひ専門家と一緒に現場に運んで、この複雑で面白い世界を見てほしい!

最後に、このような貴重な機会を提供してくださった西廣さん、そして訪問に応じてくれた地元の方々、運営に協力くれた 方々、そしてツアーに参加してくださった皆様に感謝です!!
次の使命としては、今回のツアーを単発で終わらせるのではなく、次の活動に繋がるように、後続の検討に繋げていきたいと思いますー!!
#生物多様性 #流域マネジメント
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