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危機に直面する日本の街路樹 - 欧米との比較から見る課題と可能性

最近、都市緑地(アーバンフォレスト)、特に街路樹や公園緑地について調べている。欧州で先行している、バイオ炭を街路樹の植栽床に活用する市民参加型のモデルを検証するためだ。

調べていく中で、日本の街路樹管理は、先進諸国と比べてかなり遅れている事、酷い状況になっていることが見えてきて切ない。

本稿では、2021年に出版された『街路樹は問いかける』と、NHKクローズアップ現代(2024年12月2日放送)『木が突然落ちてくる!?日常に潜む"倒木リスク"』の2つの内容を基に、日本の街路樹が直面する課題と可能性について紹介する。


1.日本の街路樹が直面する二つの課題

今、日本の街路樹は大きな岐路に立たされている。

増加する街路樹の倒木事故

(以下クローズアップ現代より)
国土交通省の調査によると、街路樹の倒木件数は年間5,215件。2024年9月には東京都日野市で、樹高8メートルの銀杏の枝が落下し、帰宅途中の30代男性が亡くなる痛ましい事故が発生した。2019年、佐賀県唐津では、虹の松原の街路樹が走行中の車に当たって、小学生の子供が亡くなっている。高さ7mの松の木が倒れた。シロアリによる浸食が進んでいたようだ。

この課題の原因とされているのが、行政の管理が追い付かず、老朽化した木が大きくなり管理が困難になっているからだとされている。

書籍『街路樹は問いかける』には、世界的な潮流から取り残されつつある日本の街路樹管理体制が書かれている。
欧州・北米では1990年代から都市樹木を「グリーンインフラ」として捉え直し、その多面的な価値を積極的に評価してきた。一方、日本では、戦後の高度経済成長期に衰退。街路樹を「道路付属物」として扱い、維持管理費用の削減圧力にさらされ続けている。

グリーンインフラは欧米で発達した概念だが、①日本においても人口減少に伴い、従来型のインフラの維持・更新が困難になり、②さらに気候変動による想定外の状況、③従来型の単機能な防災インフラでの弊害の認識の背景から、グリーンインフラの重要性が議論されるようになった。
2015年に国土形成計画と社会資本整備重点計画においても明示されている。

2.日本の街路樹の現状

全国の街路樹本数は2022年時点で約630万本である。1987年の370万本と比較すると、35年間で約1.8倍に増加している。この急増の背景には、高度経済成長期の道路整備に伴う大量植樹がある。

しかし、この時期に一斉植栽された街路樹が現在、大きな課題となっている。国土交通省の令和3年度調査によると、自治体の抱える課題として以下の3点が明らかになっている:

  • 街路樹台帳がない:21%の自治体

  • 管理マニュアルがない:56%の自治体

  • 予算が不足している:54%の自治体

令和5年の国土技術政策総合研究所による調査では、「大径木化や過密化による道路交通への支障」「生育空間外に大きくはみ出した枝葉を強剪定することによる樹勢衰退」「根上りによる歩行空間への支障」などが主要な課題として指摘されている。

特に深刻なのは、人材の問題だ。維持管理の現場では深刻な人材不足に直面している。多摩市の例では、道路交通課の職員3人で1.5万本の街路樹を管理する状況が報告されている。専門知識を持つ職員の不在は、適切な管理判断を困難にしている。

日本の街路樹は以前はきちんと管理されていた。高度経済成長期の後、1970年を境に衰退の一途を辿っている。

3.なぜ日本の街路樹は”寂しく”なってしまったのか?

書籍『街路樹は問いかける』によると、日本の街路樹が現在の「寂しい」状態に至った背景には、管理体制の変遷が大きく関係している。

東京を例に取る。

1904年当時の東京では、街路樹事業は公園部局が一元的に所管していた。しかし、その後の変化、特に1960年代以降の急速な都市化の中で、管理体制は大きく変質していくことになる。
特に注目すべき転換点が1973年の民間委託の開始である

1963年時点では美しいイチョウの剪定が行われていたのに対し、1982年には「ぶつ切り剪定」が一般化していた。

『街路樹は問いかける』の4章より

この20年間の劣化の背景には、主に2つの要因があったとされる:

①目標達成による危機意識の低下
特に、1964年の東京オリンピックなどの目標達成後、街路樹管理への意識が低下。量的な整備が一段落し、質的な管理への移行が進まなかった。

②管理作業の委託化による技術力の低下
初期段階では、計画と管理は同じ部署で行われていたが、事業量の増加と共に分業化へ。行政の中でも、計画と管理が違う部署で行われるようになる。
さらに、管理本数が増えたことで、管理自体を民間委託する流れに。そこで、自治体の中に残っていた技術継承が途絶えてしまった。

現在、関係者たちは、それぞれの立場から街路樹管理の課題を呈する。
市民や環境活動家は「役所の姿勢が問題」と指摘し、行政側は「市民からの落ち葉の苦情」を理由に挙げ、施工業者は「管理作業の価格競争」を課題として挙げている。

このように分業し、責任が曖昧(サイロ化)になった結果、生まれた課題のように思える。

3.世界の潮流:「付属物」ではなく「都市インフラ」へ

さて、日本の現状を見たところで、街路樹管理の先進国と言われる、欧米の状況を見てみよう。

欧米では1990年代から、都市樹木の価値を積極的に評価し直す動きが始まっている。その背景には、気候変動への対応とともに、不況による行政予算削減の圧力があった。

※不況による行政予算の圧迫から、日本は民間委託を経て街路樹管理が衰退したのに比べ、欧米は逆に新たな価値を見出したと逆の結果になっているのは興味深い。

3.1 米国における価値の再定義

1990年代、米国も深刻な不況により公共予算が削減される事態に直面した。日本と同様の課題に直面しながらも、米国は異なる道を選択する。その鍵となったのは、「都市緑地の価値を貨幣的に換算する」という発想の転換であった。

農務省森林局が先導役となり、以下のような価値の定量化を進めていった:
街路樹の価値として、ヒートアイランド対策、水質改善、都市洪水の災害被害の低減、大気冷却と浄化効果、地価上昇効果、野生生物の生息空間の価値(生物多様性)、住民の健康への効果(生活習慣病リスク低減、うつ病などの精神疾患の低減)などなど。

道路に直射日光が当たると夏場の路面温度は50度を超えるが、街路樹の影があると20度も低くなるという。

それぞれの効果は、日本でも何となく言われている。しかし、米国がスゴイのは、これらの価値を本気で定量評価して、経済価値に換算したところだ

いくら大事といっても、資本主義経済の中では、定量化しなければ、予算をつけづらい。現在の日本でも、街路樹の重要性は分かっているが、その管理コストは年々減少している。

これらの価値を定量的に評価するため、アメリカではiTreeというソフトウェアを開発。2000年代から活用していった。

この定量化の結果、街路樹の費用対効果は地域により1.37から3.09と算出された。
例えば、ポートランド市では、街路樹の存在により土地価格が市全体で13.5億ドル上昇し、1530万ドルの税収増加を実現。これは年間の街路樹維持管理費の3.3倍に相当する。

特筆すべきは、経済的な価値の可視化により、予算や人員の確保にも成功している点である

アメリカの各都市は、貨幣換算された街路樹などの都市樹木の価値を市民に向けてPRしている。バスや停留所Pil高速道路沿いの看板なので、樹木の価値をアピールしたり、便益が記されたタグなどをつけている。

3.2 ドイツ・ハンブルク市のマイスター制度

一方、ドイツでは「行政の中で長期に関わる専門家(マイスター)を育てる」アプローチを取っている。その代表例が、ハンブルク市のマイスター(アーボリスト)制度である。

ハンブルク市の特徴は以下の点にある:

  • 1998年に独自のデジタル樹木調査システムを開発

  • 大学で3年間の教育と3年間の実務経験を経たマイスター資格保持者が管理

  • 20名の調査員が在籍し、1人約10,000本を担当

  • 樹冠、幹、根元の3点について詳細な調査を実施

日本の一律な剪定方式と異なり、ITを活用して1本1本必要な作業を効率的に行う体制を構築している。また、植栽基盤についても、12立方メートルという明確な基準を設定。新規開発地ではこの基準を確実に確保している。

4.日本の先進的な取り組み事例

全国1700の地方自治体を平均すると、イケてない日本の街路樹管理だが、もちろん、優れた取り組みをしている自治体もある。

「杜の都」仙台

有名なのは仙台市だろう。
その起源は400年前の伊達政宗までさかのぼる。 当時、飢饉に備え、武家に対して屋敷内に実のなる木(柿や栗、梅など)を植えるように命じた。その後、木が大きく育ち、美しい城下町が生まれた。

その後、太平洋戦争の大空襲で、多くの街路樹が消失してしまった。戦後、仙台の人々は再び木を植え始めたが、しかし、仙台においても、他の都市の例にもれず、1975年には切り詰め剪定がよく見られるようになった。

しかしその後、街路樹管理の劣化に危機感を抱き見直しが行われた。
「杜の都」のブランドイメージを守るため、全ての街路樹に対して20項目の調査を実施し、最低でも5年に1度の検査を行っている。2009年の事故をきっかけに、すべての街路樹にIDを付与し、データベースによる管理を開始した。

「量より質」町田市

町田市は「量から質への転換」を進めているという。
市内16,000本の街路樹を3分の2に削減する一方で、環境保全や景観に必要な樹木を選定し、その価値を高めている。さらに、伐採した街路樹から家具を作るなど、市民への啓発活動も積極的に行っている。

「市民共創のデジタル化」多摩市

多摩市では、専用アプリを活用し、リスクのある木を市民から報告してもらう市民参加型の管理を実施。ワークショップなどを通じて市民との対話を重視している。

名古屋市も紹介されている。
仙台と同じく、1945年の大空襲によりほとんど消失した。
戦後復興の中で100メートル道路に代表される都市盤整備に注力し、市内各所で大きく枝葉を広げる目を街路樹景観を目にする。

そんな名古屋市でも、1998年には剪定作業の劣化が始まっていた。その後、研修制度の見直しに着手して、技術研修が行われた。

5.これからの街路樹管理の可能性

書籍『街路樹は問いかける』では、7つの提言が示されているが、その本質は「街路樹を道路付属物から都市インフラとして扱う」という考え方の転換にある。

現在の新道路法(1952年)では、街路樹は「道路付属物」の「並木」と規定されている。数度の道路交通法の改正を経ても、道路付属物のままだ。
そのため、街路樹管理体制にも悪影響が出ている。国土交通省の道路管轄のため、樹冠被覆率・都市緑地・生物多様性というよりは道路管理の片手間となってしまう。。
建設事務所の街路樹管理者の多くは、土木職であり、街路樹への知識は無い。

アメリカのように街路樹の経済的価値・環境的価値を定量化できたら、予算も増えて適切な管理ができるのだろうが、現在の縦割りの行政の中では難しいのだろう。

ストックホルムモデルモデル

アフリカでバイオ炭事業をしている自分から、最後にバイオ炭と街路樹の先進的な取り組みを紹介したい。

この文脈で注目されるのが、スウェーデン・ストックホルムのバイオ炭を活用した街路樹管理モデルである。このモデルでは、都市の廃棄物からバイオ炭を生成し、それを街路樹の植栽基盤として活用している。バイオ炭の活用により、炭素固定、植物の成長促進、雨水の効率的な浸透が可能となり、さらには熱分解ガスを地域暖房に活用するなど、環境・経済の両面で価値を生み出している。

このような統合的なアプローチは、日本が直面する街路樹管理の課題に対する一つの解決策となる可能性を示している。街路樹を「管理すべき対象」から「都市の価値を創造する資産」へと転換することで、新たな可能性が開かれると良いなと思う。

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Jun Ito
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