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熊谷守一つけち記念館の「クマガイルーム」
六月の終わりに、付知(岐阜県)にある熊谷守一つけち記念館(公益財団法人)に行ってきた。土曜日だったけれど、まだ入館者は少ない。木工の盛んな町でもある付知の印象にふさわしく、床とか壁に工夫を凝らした新しい建物は、小さいながらも美しい。
(入場券はネコちゃんのしおりになっている)
一階の展示室1は初期の作品を中心にして展示されている。
展示室2は「守一様式」で描かれた様々な作品が展示されている。
展示室2の中央にはガラスケースがあって、「あじさい」の絵が掛かっている。あじさいは〇で表現されて、その〇が5個描かれている。小花の集合体でもあるあじさいは、小花は捨象されて、もうこれ以上はないという〇の省略形になっている。家に帰って、手洗いの横にかけている6月のカレンダーのあじさいを見ると、確かに、〇以外の形は見つからない。こんな風にあじさいを見ることはなかったけれど、もう、クマガイ様式に魅せられて、〇を見ると、脳にはあじさいが浮かんでいるから不思議だ。
〇=あじさい
わたしはこの展示室2が好きだ。
部屋全体が「クマガイモリカズ」で満たされている。
あじさいは一つ一つ深い色合いをしている。鮮やかな色彩が多くの作品の中に見られるのだけれど、不思議な安定感が感じられる。色彩に言語があるとしたなら、その深い色合いが語りかけてくるような感じがある。余分な形がそぎ落とされている分だけ、色彩に心を奪われてそう思うのだろうか。
その様々な色彩に安定性を感じさせるのは、背景にある色なのではないか。背景にある色が〈木〉を感じさせるイエローオーカーなのだ。
付知カラーだ。
イエローオーカーは、色彩をつなぐ役目を持っている。時には、付知で山の仕事を経験したというクマガイさんの絵を支える魅力の一つは、このイエローオーカーなのかもしれない。画面に時々現れる黒も印象的だけど、深くて美しい色彩をグループ化する力を、このイエローオーカーが持っているような気がする
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そして、なくてはならないのが、クマガイラインだ。
「守一様式」の重要なポイントだ。
よく見ると、ラインは抜いて描いてある。これは、画集を見ただけではわからないと思う。記念館へ来て、実物の絵画を見て初めてわかったことだ。
驚きで、
「ラインを残して描いてある!」
と思わず言った声が、展示室に響いている。
その描き方の手続きに感動して、輪郭線の概念がひっくり返る感じである。
それを聞いていたいとこが
「モラと同じやね」
と言う。
確かに、そう言われれば、モラ(上に重ねる布を切り抜き、下に置く土台となる布にまつるリバースアップリケと言われるパナマの民族手芸)と同じ手法だ。
(私が持っているモラ。30年以上も前に、京都大丸で購入したもの)
形を閉じ込めるための輪郭線、あるいは、形の外側にあって、形を生み出すための囲み、形を見分けるための確認線と、内側から生まれてくる能動的な「守一様式」のラインは少し、違っている。
内側から生み出す輪郭線の描き方がクマガイワールドの骨格を支えている。何か、落ち着く感じはそこからも発しているのではないだろうか。なぜなら、まず、抜いて描くのはそんなに早く描けないし、難しいもの。
塗り残しながら、ゆっくり描く時間の積み重ねが、静かな画面を作っていく。
そんなことを考えていると、アウトラインを生み出す作業をしているクマガイさんがキャンバスに向かっている様子が感じられて楽しい。
クマガイモリカズのサインも、上に筆で描かれたものではなくスクラッチされたクマガイモリカズなんだなあと、納得した。
展示室2の「クマガイルーム」は素敵でした。
以前、「ロスコルーム」は、いらないと思っていたけれど、心は直ぐに変わる。きっと、「クマガイルーム」のように、「ロスコルーム」も作品に囲まれていると、筆致とか色彩とかに変換された作者の言葉が、画面から一気に伝わってくる感じがします。
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2階の展示室を出ると、展望テラスがある。大きな窓から、付知の緑いっぱいの夏の風景が広がって、見終わった感動を包んでくれる。
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