エッセイ580. かつらの話−1.さかやき(月代)
テレビの時間枠で収まり切れないのに気づいたので、独立して かつらのことを少し書きます。
ひらがなだと気分が出ないので、以降、鬘と書かせてください。
私が今一番会ってみたいお方は、この方で、とりにくさんとおっしゃいます。
去年はちょんまげ姿でバイトの面接を受け、一発で通ったそうです。
とりにくさんの丁髷への道については、こちらの記事をどうぞ。
油で固める丁髷は、基本ぎゅーっと引っ張って一つに結ぶ引っ詰めです。
女性の方は髪が多いので、後ろ頭のてっぺんにきつく結んである「元結(もとゆい)」は、歳をとるとツルツルの50円玉ぐらいに、はげてしまったそうです。(漱石の「我輩は猫である」にも出てきます)
「べらぼう」の蔦重のように、油気がほとんど感じられず、ふわっと形作ってあるのは現実からは遠いようです。
ただ、蔦重の髪型は、
「顔がむき出しにならず、ふんわりとしたエアリー感が、
ビジュアル的に好もしいので、こうした」
と見るべきかと思います。
私、ある理由があり、蔦屋重三郎の絶対の味方です。
そうだなあとは、他の登場人物たちの、つやつやで綺麗に櫛の歯の通った本来の丁髷とのバランスですよね。
もしかしたらこれから重三郎が、世の中に押し出していくに従って、
鬢付け油をつけて櫛目が通ったかつらにしていくことで、
その成長を表していくのかもしれません。
今晩の第二話を楽しみにしたいと思います。
さて皆さんは、月代(さかやき)がやはり気になりますか?
さかやきとは、丁髷の男性が青々と、ひたいからてっぺんにかけて剃った部分です。武士も庶民もです。剃らないのは元服前の男子(でも前髪の後ろはやはり剃ります)や、学者、医者などでした。
私が最近で一番感銘を受けたのが、「侍タイムスリッパー」の主人公、高坂新左衛門さんです。あまりに良くて、昨日2回目、見に行ってしまいました。
月代の始まりには諸説ありますが、中に、
「平安時代、常に烏帽子をかぶっているので、蒸れるのを防ぐために剃った」
というのがあるそうです。
「光る君へ」で、寝ている時も(なんなら妻と仲良くしている時も)、男性たちが烏帽子を被っているのを見ると驚きですが、重い病気とか、相手を侮辱するためにはたき落とした、という時以外は、本当にずっと被っていたそうです。
「烏帽子をはたき落とされる」というのは、現代で言えば「パンツを下ろされる」に匹敵するものすごい侮辱で、死ぬほど恥ずかしく、我慢ならぬことだったそうですよ。
脱線しますが私は、「光る君へ」で貴族たちを演じる俳優さんたちが御簾をくぐるとき、極めて自然にすっと頭を傾げるようにして、烏帽子が上にぶつかるのを防ぐのと、座るときと立つときに、足を交差させてふわっとあぐらをかく、あぐらを解いて立ち上がる、あの仕草の美しさに痺れました。
月代の始まりはふむふむ、烏帽子を常にかぶっていて蒸れるから・・。
とはいえ、あのドラマでは、烏帽子から透けて見える頭は総髪(髪を剃っていないオールバック)であって、月代のある平安貴族はまだ見たことはありません。
ですので私としては、
「戦国時代、兜で頭が蒸れるから剃った」
という説を支持したいと思います。
実際は、髪は剃らずに抜いたそうなので、随分痛そうだし、手間がかかりますよね。
そう言えば、かのモナリザの広いおでこも、当時はおでこの広いのがよかったので、抜いていたそうです。まゆも剃っていたとか。
私なんか、おでこがもともと狭いので、あの頃のイタリアに生まれたら大変です。
さて、戦国時代の武将の兜には、てっぺんに「八幡座」と呼ばれる穴がありまして、そこに武家の守護神であるところの八幡神の力が降りてくるとされていました。
その穴は実用面では、武士が頭のてっぺんに結った髷(まげ)を、またまたコンパクトな烏帽子で包み(烏帽子「なし」はありえないので)、
その、烏帽子で包まれた頭髪を、その八幡座から引っ張り出していたそうです。
これかなと思うのが、「光る君へ」の最後の方で急に出てきて、賢子のハートを鷲掴みにした双樹丸。
上司について大宰府へ、また最終回では東国へ、パカラッパカラッと馬で移動していましたね。
この人なんかが出世すると、そういう兜の武将になるのでしょうかね。
皆さんは、元結(もとゆい=髪を一つに結ぶための強い紙紐)が切れてしまって、髪がザンバラになったところは、あまりご覧になったことはないかもしれませんね。
せいぜい大河ドラマに落武者が出てきたときとかでしょうか。
歌舞伎などでは、あとでザンバラになる人のかつらは、油で成形しておらず、動くとふわふわっと揺れます。で、あとで立ち回りなんかをしていると、黒衣(くろご)の人か、その人を囲んだ捕手の人がさりげなく元結を取り、「ザンバラ!」ということになります。さりげなく、自分で取っている時もあります。
大抵、いい男がそうなるので、セクシーで素晴らしいです。
1:14 秒ぐらいからどうぞ。夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』ダイジェスト映像
この人は団七九郎兵衛(だんしちくろうべえ)と言って庶民ですが、
同じザンバラでも、平安貴族となるとまた格別に立派です。
「義経千本桜」というお芝居の中の「渡海屋・大物浦」(とかいや・だいもつのうら)の主人公、の知盛(たいらの とももり)を例にあげますね。
この人は平家物語で、壇ノ浦で、幼い天皇を含めた一族がみな入水したのを見届け、
「見るべきほどのことは見つ、今は自害せん」
と言って、海に飛び込む、印象深い人です。
これが歌舞伎では、「碇知盛」(いかりとももり)と言って、その最期は
太い碇の綱を体に巻きつけて、後ろ方にぴょんと飛んで消えるのがクライマックスです。
もちろん下にはクッション材が置いてはあるのですが、真後ろに思い切って飛びますので、弾んで他へ飛んでいってしまいそうになるそうです。
下手をしたら大怪我です。
最初こんな端正な貴族が⤴︎
こんな大車輪の戦いの末、思い切ったように後ろに飛び込むのはほんと、
うううわぁぁぁぁぁ〜〜!
となる一瞬です。
歌舞伎の、素敵さを誇張した髪型なので、
よくある落武者みたいにしょぼんとした感じではなく、
鬘も思い切って、たっぷり、していますよね。
乱れた髪の部分も、様式的な美しい形であり、
きっちり鬢付け油(びんつけあぶら)で固めてありますね。
あら、話が脱線して、月代以外のざんばら髪の話になってしまった。
さかやきについては、とても1回に収まらないので、続きます。