『連鎖』20枚シナリオ課題「別れの一瞬」
研修科課題「別れの一瞬」で書いた作品。
山根宏(45)は、同居する認知症の父・誠一郎(75)に日々虐待を加えていた。
そして宏は少年時代に誠一郎から虐待を受けていた。
ある日、宏は別居中の妻・聡子(43)から離婚届を突きつけられる。
誠一郎から受けた暴力は宏に受け継がれ、妻子がその被害者となっていた。
絶望した宏はある行動に出る…。
※登場人物
山根宏(45)(10) 会社員
山根誠一郎(75)(45)宏の父
山根聡子(43)宏の妻
山根圭子(73)宏の母※故人
坪井明(31)介護ヘルパー
〇アパート・山根家・宏の部屋(夜)床にビールの空き缶が
2、3本転がっている。その傍には熊のぬいぐるみが置いてある。
山根宏(45)、ビールを呑みながらテレビを観ている。
右腕には古い擦り傷の痕。
すると山根誠一郎(75)咳き込む声が聞こえてくる。
宏、リモコンを手に取りボリュームを上げる。だが咳は止まらない。
宏「クソッ!」
宏、手に持っていた缶ビールを熊のぬいぐるみ目がけて投げつける。
〇同・誠一郎の部屋(夜)
宏、襖を開ける。
介護ベッドに両手両足をベルトで拘束された誠一郎が咳き込んでいる。
宏「うるせんだよ、静かにしろ!」
宏、ベッド脇の吸入薬を手に取り誠一郎の口へ突っ込み吸い込ませる。
宏「ほら!ちゃんと吸い込め!」
部屋には仏壇があり山根圭子(73)の遺影が置いてある。
〇回想・山根家
誠一郎(45)が宏(10)の体を縄で縛り上げている。
誠一郎「食べ残しなんかしやがって悪い子だ」
宏「ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら謝る宏。右腕は縄で擦り切れ血が流れている。
誠一郎、豆腐を宏の口に無理矢理捻じ込んで食べさせる。
誠一郎「ほら!ちゃんと食え!」
〇同・外観(朝)
1台のワゴン車が止まる。車体には『デイケアサービス』と書いてある。
〇同・誠一郎の部屋(朝)
宏、誠一郎の両手両足からベルトをはずしている。
するとチャイムが鳴る。
宏、慌ててベルトを全てはずし、ベッドの下に放り投げると、
宏「どうぞ!」
坪井の声「おはようございます」
坪井明(31)が入ってくる。
宏「(愛想良く)おはようございます」
宏、誠一郎に笑顔で
宏「父さん、ヘルパーさん来たよ。今日はお風呂に入ってゆっくりしてね」
誠一郎、坪井に向かって
誠一郎「おお宏来たか~、早く家に帰らせてくれ~このヘルパーさん厳しく
て…」
宏「父さん、お家はここ。息子の宏は僕だよ」
坪井「ハハハ、じゃ行きましょうか」
坪井、誠一郎の肩を持ちゆっくりと上体を起こしてやる。
その時ふと手首の擦り傷に気づく。
坪井「あれ?どうしました?この傷」
宏「(慌てて)昨日また勝手に外へ出ちゃいましてね。その時転んだみたい で」
坪井「本当ですか!危ないなあ」
〇同・前(朝)
止まっている1台のワゴン車。後部座席に誠一郎が乗り坪井がドアを閉め
る。
宏「それじゃ宜しくお願い致します」
坪井「認知症が進行してる感じですね」
宏「ええ、もう私や母のこと、昔のことも全て忘れたみたいです」
坪井「やはり施設への入所をお勧めします。持病も心配ですし、宏さんへの
負担もますます大きくなっていきますからね」
宏「でも父は私が傍にいないと駄目なんです」
坪井「ですが、あなたのご家族のこともあるでしょ?」
宏「はあ、まあ……」
〇カフェ・店内
向かい合って座っている宏と山根聡子(43)。
宏、聡子に熊のぬいぐるみを差し出す。
宏「みどりへのプレゼントだ。今日は連れてくる約束だったじゃないか?」
聡子「あの子が行きたくないって言うから…それに今日は……」
聡子、バッグから一枚の書類を出しテーブルに置く。離婚届けである。
聡子「あの子のためにもこれしかないと思う」
宏「(慌てて)ま、待ってくれよ、俺は変わったんだ。もう二度とはしない。
だからやり直してくれ!」
聡子「そう簡単に人は変わらないわ」
聡子、熊のぬいぐるみを宏に差し返す
聡子「ごめんなさい……」
宏、段々と怒りが込み上げ、勢いよくぬいぐるみを掴み投げつけようとす
る。
聡子「何も変わってじゃない!」
宏、ハッとしてぬいぐるみを置く。周囲の客や店員が宏たちを見ている。
聡子「さようなら……」
聡子、席を立ちそそくさと出て行く。
呆然となる宏。するとそこへ着信音。
スマホを取り出し電話に出る。
宏「はい…… え!?」
〇アパート前(夜)
1台のワゴン前に宏と坪井。
宏「本当に今日はご迷惑をおかけしました」
坪井「いえ、つい目を離してしまった我々の責任です。でも見つかって本当
に良かった」
謝る宏。拳を強く握り締め震えている。
〇同・誠一郎の部屋(夜)
宏、誠一郎の体をベルトで締め上げる。
宏「この俺に頭下げさせやがって!」
誠一郎「ううう、勘弁してくれ~」
〇回想・山根家
誠一郎(45)が宏(10)の体を縄で柱に縛りつけている。
誠一郎「よくも父さんに恥をかかせたな」
宏「ごめんなさい! ごめんなさい!」
誠一郎「お前みたいな悪ガキ、生まれてこなきゃよかったんだ!」
〇アパート・誠一郎の部屋(夜)
宏、誠一郎の首を両腕で絞める。
宏「お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ」
誠一郎「うう…」
宏、苦しんでいる誠一郎を見てる内に首から腕を離す。
宏「くそっ!」
〇同・宏の部屋(夜)
宏、寝ている。テレビがつけっぱなし。
すると咳き込む声が聞こえてくる。宏目を覚まし、ヘッドホンを取り出
す。テレビに差し込み、耳にかけるとテレビを観始める。だが咳は音声に
混ざって聞こえてくる。
〇同・誠一郎の部屋(夜)
咳が止まらない誠一郎。激しくなる。
〇同・宏の部屋(夜)
じっとテレビを見続ける宏。激しい咳を聞きながら左目から涙が一筋こぼ
れ落ちる。
〇同・誠一郎の部屋(夜)
激しい咳が続く誠一郎。だがやんで口と目を見開いたまま動かなくなる。
〇同・宏の部屋(夜)
ヘッドホンをしたままテレビを観続けていた宏。咳が聞こえなくなり耳か
ら外す。
シーンと静まり返っている部屋。
宏、うなだれる。
(終)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?