【MOMO原書PJT④】文字だけで荒々しい感情を表現する超絶技巧
【MOMO原書PJT】は、ミヒャエル・エンデの名作『MOMO』をドイツ語原書で読破を目指すプロジェクトです。
プロジェクトを通じて、ドイツ語のこと、勉強のこと、本の内容のこと、そして困難にチャレンジすることのすばらしさを伝えられたらと思います。
前回まではこちらから:
アクセス独和辞典がやってきた
待ちに待ったこの日が来た。
「アクセス独和辞典」の降臨である。
大学時代お世話になった在間先生が編集責任を務めていらっしゃる初心者から上級者まで使える辞書。
ドイツ語は、独特な格変化や動詞の活用形によって、慣れるまで原形が分からないということがよくある。
そんな時でもアクセス独和辞典は強い味方、変化形からも引けるのだ!
MOMOを読み進める上で、これで怖いものは自分のやる気だけになったと言える。
怒った人の熱い言葉は、とてもクール
さて、物語は2章も中盤、おとこ同士のけんかシーンである。
ちらちら横目に見える岩波少年文庫『モモ』大島かおり訳によると、
語気の強そうな言葉のやりとり、ひと昔前の殴る・モノを投げる・なじるの迫力あるキャッチボールが続く。
しかし、ほんのちょっとドイツ語知ってる程度の私が原文を辞書片手に読むと、意味は通るが、なぜかけんかの迫力がまったくでない。
文字には表情も迫力もなく、すらすらとクールに書かれている。
にもかかわらず大島かおりは見事なおとこ同士のけんかになっている。
ちょっとした否定語や接続詞からそれぞれの熱量や語気を見事に表現している。
それでいて意訳になっていないのだ。
あらためて、翻訳家の凄みに触れた瞬間だった。
ドイツ人とはけんかできないな
もう一つ、ここには驚くべき一文が出てくる。
意味は「能なしは、酒場のおやじにしかなれず」
音読すると ”ヴェア ニヒツ ヴィルト、ヴィルト ヴィルト"
ミヒャエル・エンデのユーモアとセンスがあふれすぎている同音語3連発。
これがふたりの掛け合いの中に自然に入っていて、意訳でもなく普通に意味も通る。文章としても正確である。
文字を追っているだけでは、気づかない。
けんか相手からすごい迫力で「ヴィルト・ヴィルト・ヴィルト!」と言われたらどうだろう。
相手に非があっても、意味が分からなくても、負けを認めてしまうのではないか。
こんなウィット(英: wit)に富んだけんかできるかよ…
あらためて、ミヒャエル・エンデの凄みに触れた瞬間だった。
日本語にも韻を踏むというおしゃれな表現技法があるが、ドイツ語はストレートに同じ音を重ねてたたみかける。
オラオラ系である。
この一文は、ドイツ語らしさと質実剛健なかれらの気質を見事に表現しているように感じた。