年越しのこちら側から|2024-01-07
今回は、うでパスタが書く。
一月も七日になったので、七草がゆを食べた。生まれて初めてのことだ。こどもがいなければ、今年もこんなことはしなかっただろう。
驚きはまず、小ぶりとはいえ普段は三合も炊ける炊飯器で粥を炊くと、水の量が三倍ぐらいなのでたったの一合しかできないということだ。それでもできあがった粥は思ったほど緩くもなく、たとえばアジア一円のホテルのバフェで朝食に供されている粥などにくらべれば全然「食える」ものだった。これに茹でた七草を混ぜこんで塩と醤油をちょっと垂らして出したら意外にもこどもがよく食べたのでよかった。
私はこどもの頃、親の炊く粥が嫌で嫌で仕方がなかった。別にいつも出てくるわけではないのだが、風邪を引いて腹を壊したりなどすると即座に飯が全部粥になり、当然カレーやスパゲティや焼きそばや、そういうおこさまメニューはすべてお預けのまま学校へも行けず家へ置かれるわけなので、最後には下痢をしても親に隠すようになった。それにしてはうちの子は案外上手に粥を食べたので驚いた。もしかしたら米自体がうまくなっているのかもしれないし、あるいは実家の粥が相当柔らかく炊いてあったのかもしれない。いずれにせよ記憶に残る粥にはほぼ味というものがない。
私や妻はもちろんもういい歳で、純粋に胃腸が求めているという理由から「こういうのもいいね……」となったので今年からはしばしば朝が粥ということになるかもしれない。子には少しカロリー不足なので多めに与えたいところだが、全部で一合しか炊けないので心許ない。何が言いたいかはもうお分かりだと思うが、いまの炊飯器もボストンへ行くはるか前、十五、六年も使っているものなので潮時なのである。
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