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階段 | weekly vol.0110

農業に従事して70年、御年88歳になる稲作の名人と言われているこの方でも、田植えは70回しかしたことがないという。70回というのは今の世の中では試行回数としては少ないと感じてしまう。年に1回しかチャンスがないというのは効率を極限まで高めようとする資本主義システムにおいては恐ろしいギャンブルである。試行回数を増やすことはリスクの分散に繋がるので、小さく失敗することは奨励される行いである。農業は、人類の歴史とともにあり、氷河期の終わりから、約1万年という長い歳月をかけて今がある。それは小さなテストが求められる、どの広告がクリックされやすいか、漫画のどのコマがクリックされやすいかというようなみみっちい話とは全然比べることができない、もっと本質的な話なんだろうと思う。会社の合宿で、田舎でリフレッシュしながらプロトタイプを作ろう、という話になったのは良かったが、場所を提供してくれた農家のおじいさんの話を聞いている内に、自分達のしていることは一体何なんだろうか、という気持ちになってきてしまった。そもそも企画をしたチームリーダーからして、すっかりやる気を失ってしまったようで、先程から軒先でタバコを吸っては空を見上げている。

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彼女は音読を止めると夕暮れの空を眺めつつ一息ついた。ベンチャー、スタートアップ、零細、呼び名は何でもいいが、小さいチームは合宿のような雰囲気が好きだという風潮があり、実際には居心地が悪くても、チームビルディングのために、などという理由を掲げては集まって何かをする傾向があった。運動会や社員旅行などという慰労にならない慰労企画を嬉しそうにSNSにて告知している会社も数多くあった。それもこれも感染症の拡大とそれに伴うライフスタイル、ワークスタイルの変化で一掃され、一時の狂乱から正気に返ったかのようになくなってしまった。文化の進化というものは環境の影響で短期間の間に劇的に起こるというのはもしかしたら正しかったのかもしれない。否応なく適応せざるを得ないような環境の圧力というものは、それまで人間が支配的であったような領域においてさえも撤退、変化を余儀なくするもので、何が正しいとかという話をするよりも前に、逃げ出したり計画を変更したものに報いるような仕組みになっているのではないかと思われた。

人工的に農作物の栽培を促進することがどのような帰結をもたらすのか、人造肉を長期的に摂取することの人体への影響がどのようなものになるのか、というのは時間が経ってみないと分からないことではあるが、いずれにしても変化と適応というものは交互にやってくるもので、適応できなければ次の変化まで生き残ることはできないわけで、それらに正誤や善悪といった価値観を持ち込むのは間違っているのかもしれない。全ては為すがままに流れていくものなのだろう。

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キノコです。ようやく暑さが和らいできて人心地つけるといった陽気ですね。苦手な夏が終わる度にホッとするのですが、苦手ゆえに終わる時の爽快感というのは一入です。

相場は2月以来の高値でまたしてもNIKKEI30000キャップの出番です。銘柄の入れ替えもありますし、バブル期の高値を目指していくのでしょうか、あるいはまた何かしらのショックに巻き込まれて失速してしまうのでしょうか、いずれにしてもジェットコースターのような動きに日々ヒヤヒヤとさせられます。2月には相場の牽引役と言われていた半導体関連も一巡した感じで、次は何が相場を引っ張っていくのかというのは考えどころです。まあ個別はよく分からないので、上がるか下がるかだけのシンプルな銘柄を扱った方がいいのかもしれません。不動産市況には変化の潮目があるような気がしますが、どうなのでしょうか。

最近気になった話題としては、行動経済学には再現性がない、という話で、キャス・サンスティーンはどうなってしまうの、と心配になってしまいました。まあ行動経済学者の言うほどナッジに効果はないよ、という話のようなのですが、各種認知バイアスも否定されるとなると色々と学んでみたものを再度修正していかないといけないということで、学ぶ楽しさがありますね。自分が生きている間に新たな学説が出てきては修正されていく、というのは傍目に見ていてもエキサイティングだなと思う次第です。人間の認知機能の傾向から依存症ビジネスまで、ゲーミフィケーションとか先にも触れたナッジ、どこまで影響するのか分かりませんが、また新しいものが出てくるとなると楽しみです。ゲームなどのマイクロインタラクション、とか報酬の設計とか、よくできているのではと思うのですが、実際どういう風に話が展開していくのか、続報を追いかけていこうと思います。

さて、本日の話題は、いつものように前振りと関係ないのですが、格差、分断の話です。

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