『背(せな)とゴム長と私』
近頃、折に触れて考えることがあります。物語を通じて、話し手と聞き手が感情を共有し、共感できる伝え方はないものかと。現在、私は自己体験を基にした実話怪談の執筆に取り組んでいるのですが、自分が体験した中で「何が怖かったのか」が明確に掴めず、悩むことが多くあります。他人の怪談を聞く際には、「あなたはここが怖かったのですね」と自然に感じ取れるのに、いざ自分の体験を振り返ると、本当にその場面が「恐怖のポイント」だったのか、自分が体で感じたタイミングは他になかったのか、と疑問が浮かびます。そして、その体験に至る感情の流れは、ただの「恐怖」だけだったのか、とも考えさせられるのです。
つまり、自分の実体験を語ることは意外に難しいものだと痛感して居るのです。何か良い手立てはないかと模索して居た処、ふと昔読んだ本の内容を思い出し、「ナラティブ」を取り入れてみようと思い付いたのです。ここで言う「ナラティブ」とは「ナラティブ・セラピー」を指しており、これはポストモダン思想や社会構成主義、家族療法の影響を受けて発展したカウンセリングの一手法の事です。このアプローチでは、人々の問題を「個人の内面にあるもの」として見るのではなく、「人々とその問題との関係性」に着目します。心理学の中でも内面的な世界を探求するフロイトやユング達とは異なり、ナラティブ・セラピーでは、人がどのように自分自身や経験を「物語」として語るか、その物語が人の生活や感情にどのような影響を与えるかを重視して居ます。
具体的に言うと、出来事を時系列に沿って書き出し、自分の感情をタイムラインにそって俯瞰することで、出来事にまつわる感情を再発見しようと試みる訳です。
ではでは、今回もお耳汚しを失礼致します。
ユング派の心理分析家である河合隼雄さんは、著書の中で日本神話とギリシャ神話の構造の違いについて述べて居ました。河合さんによれば、日本神話には「巻き込まれ型」が多く、ギリシャ神話には「出発型」が多いと云う特徴があると指摘されて居ました。
日本神話では、主人公が意図せず不思議な出来事に巻き込まれたり、他者の策略に引き込まれたりする物語が数多く見られます。例えば、『イザナギ・イザナミの国生み神話』『ヤマタノオロチ退治』『イナバの白兎』などに見られる様に、多くの神話が「受動的」な主人公を描き、このような構造を河合さんは「巻き込まれ型」と表現して居ました。
また、河合さんは日本の昔話の研究にも取り組んでおり、日本人には「出発型」よりも「巻き込まれ型」の方が親しみやすく、受け入れられやすいのではないかと考えていたようです。
これは私が京都の北部に住んで居た、19、20歳くらいに経験した話なのですが…。
当時はWindows 95が全盛で、私の周りでもフリーズしがちなMacintoshより、安定して居ると評判のWindows 95を購入する学生が多かったのを覚えています。今でこそ『ITリテラシー』という言葉は当たり前に使われて居ますが、当時はまだ新しいビジネス用語で、『Word』『Excel』『PowerPoint』くらいは扱えないと就職面接で不利になる、という理由から、手書きのレポート課題は受け付けてもらえない時代でした。
PC-9800シリーズを中学・高校時代から使いこなしていた友人達は、次々とレポートをこなしていく一方、ワープロしか触ったことのなかった私は、『Excel』の関数や表、グラフの操作に四苦八苦していたのを思い出します。
その時も、実験結果のデータ自体は手元にあるものの、いくつかの問題に行き詰まっていました。例えば、実験のサンプリング数は適切か、結果は成功と言えるのかなど、考察までがレポート課題なのです。土日の猶予はあるものの、課題は山積し、Wordでの仕上げを考えると不安しかありませんでした。そこで、参考書を買って始めるより、詳しい友人に教えて貰う方が早いと考え、声をかける事にしました。
「バイトが終わる22時以降で良ければ」と、その友人は快く引き受けてくれました。
当日の夜、手ぶらで行くのも気が引けたので、コンビニで飲み物を買い込み、ノートPCを袈裟懸けに担いで、初めての友人宅へ原付で向かいました。課題の不安を吹き飛ばす様な出来事が待って居るとも知らずに。
友人宅はプレハブ造りの二階建てアパートで、二階が住居エリア、そして一階は真上の住人が利用できる駐車スペースになって居ました。
元々は牛小屋や馬小屋だった建物を、大家が農機具などを収納する為に増改築を重ね、二階部分を賃貸アパートとして貸し出す様になったそうです。長年の経年劣化もあり、鉄階段の踏み板には錆が浮き、一部には穴が開いて居ました。廊下の手すりも所々朽ち、上下がつながっていない箇所も在る程の古い建物でした。
コンクリートの廊下が40メートルほど横に長く伸び、六室ほどが並ぶ長屋の様な構造になって居たと思います。各部屋の入り口は、下半分がアルミ、上半分が型ガラスの引き戸で、建物中央辺りの友人宅だけがぽつんと明かりを灯して居ました。
原付を階段脇に停め、錆びて穴の開いた階段を慎重に登って行くと、踊り場付近で奇妙な音に気付きました。
「ビジャビジャビジャビジャ!」
壊れた雨樋から流れ出た雨水が、アスファルトを激しく叩きつける様な音です。
しかし、11月の京都の夜空は澄み切って居て、満天の星空が広がり雨の気配など全く在りませんでした。
音の正体を訝しみながら2階廊下まで辿り着くと、階段傍の1室。いや、部屋だと思って居た場所が、実は共同トイレになっており、その中から音が漏れ出て居る事が分かりました。更に近づくと、引き戸が開け放たれて居て、暗がりの入り口には簀(すのこ)、傍に揃えられた突っ掛けが2足。壁には小便器が4つ程並び、突き当りには個室が2つ見えました。
「水漏れでもして居るでは?」と頭を過った瞬間、思いがけない光景に「ドキッ」としました。小便器と向かい合った壁に、裸で全身ずぶ濡れの痩せぎすった男が、背を向けて立って居たのです。
どうやらここは共同シャワー室も兼ねたスペースで、カーテンを引いて使えばプライバシーが確保できる仕組みらしいと気が付きました。廊下を進む1〜2歩の間に、開口部から室内の間取りを理解した私は、
「電気も付けず、入り口やカーテンすらも閉めず、この寒空の下、シャワーですか?」
そんな常識的な疑問を抱きつつ、気付かれない様に足早にその場を去ろうとしたその時です。気まずさと疑問が綯交ぜになった気持ちを一瞬でかき消す程の異様な光景を目の当たりにしたのです。
「何でゴム長靴を履いたままシャワーを浴びてるの?」
いつから浴びて居たのか、彼の頭から流れる水はゴム長靴の中に溜まり、薄まったボディーソープの泡と共に黒ずんだ水が排水溝に向かって流れて居ました。その黒い筋が床タイルに帯の様な跡を残しながら…。
彼のお尻には比較的若さを感じましたが、病的に痩せており、暗がりの中でも脊椎や肩甲骨、肋骨が影を落として浮き彫りになって居ます。
奇妙な違和感の理由を無理にでも理解しようとした私は、その場で思わず足を止めてしまいました。その時、男がひときわ大きく息を吸い込み、「ヒュ~ヒュ~」と苦しそうに乾いた咳を幾度かすると、「ガボッ」と何かを吐き出し、肩で息をしながら掠れた声で「ガラ、ガラ、ガラ、ガラ…」とつぶやき始めました。
気だるそうに膝を曲げ、落胆した様に頭(こうべ)を垂れたその男の立ち姿から目が離せず、冷やりとした恐怖が背筋を這い上がり、全身が凍りつき動けないで居ると、こちらの気配に気づいたのでしょうか。彼の声が少しずつ大きくなり、ゆっくりと首を傾げる様に肩越しにこちらを振り返り始めたのです。
男の視界に捉えられたのかどうかは分かりません。
気味の悪さに気圧されて、駆け出した私の背後から「ガラ、ガラ、ガラ…、ガラ、コォ~。」と云う、絞り出す様な声が耳にこびりつきます。
私は階段に戻る勇気も無く、背後の気配に首を窄めたくなる思いで、廊下に漏れ出る灯りを頼りに友人宅へ慌てて駆け出し、インターフォンを何度も鳴らして友人を呼び出しました。
「子供か!」
出て来た友人の一言に、瞬間的に張り詰めて居た空気が緩み、私は部屋に駆け込みました。
「こんな時間に廊下を走って、アホみたいにインターフォン鳴らして!オレ1人しか居ないから良いものの、ちょっと非常識ちゃうか?」となじられながら、私は一部始終を友人に伝えました。
「そんなわけないやろ。もう1人住んでるけど、さっき深夜バイトに出かけたばっかりや。」と言う友人の説明に私は納得できず、一緒に『共同トイレ兼シャワー室』を見に行く事になりました。
友人が電源スイッチを入れると、「ほら、床のタイルも乾きかけてるし、結露もないやろ?あいつがバイト前に使ったんやないか?」とあっさり言うのです。
その時、ふと私は思い出しました。「そういえば、あんなにシャワーを浴びて居たのに、湯気が一つも立ってなかった!」
「このクソ寒いのに水浴びるバカは居らんから。」
冷静な友人からそう言われた私は、引き下がるを得ませんでした。
恐怖で高鳴った心拍数を、レポート課題の焦りへと無理やり置き換え、レクチャーに集中しようと努めて居ました。しかし、夜も更け、時計が深夜0時を回った頃、友人がふと思い出す様に話し始めたのです。
「そう言えば、ここにオレが入る前、国立大学を目指して三浪してた下宿人が居たらしい。苦学生で、道路整備のバイトをしながら受験勉強してたらしいで。でも、肺が悪かったみたいで、実家に戻ったって大家から聞いたわ。」
「もう良いって、シツコイわ。担いでるんやろ?」と、私が嗜めると、
「まあ聞けよ。『ガラガラガラ』って苦しそうに言ってたんやろ?」
「ガラって、『gotta』じゃないか?『have got to=しなければ』勉強しなければ。」
「最後に聞こえた『コォ〜』って、『go』じゃないか?『gotta go=have got to go=行かなければ』」
「勉強しなきゃ。大学に行かなきゃ。って云う執念と違うか?」
「苦しそうな咳、喀血、泡混じりの黒い筋から想像するに、結核か?」
「昔は結核患者が家族に出たら、離れに隔離したと聞いたし、このアパートも然りかもな。その浪人生は大家の血縁で、親戚の誼で勉強部屋として借りて居た。」
「強ち無くも無い話やろ。爺さん婆さんが隠れ結核で、孫をあやす時に感染するケースが在ると云うのは、授業でも習ったやろ?」
この飛躍した洞察が、どこまで真実味のある話かはさて置き、彼の話を聞きながら、私の頭の中では次第に別の心配が膨らんで居ました――そう、課題の締め切りが間に合うかどうか。結局、朝4時頃まで友人を引き止めて、なんとかレポートを終わらせたと記憶して居ます。
友人は児童の『児』に玉子の『玉』と書いて『児玉(こだま)』と云う名前でした。彼の鍵束には『もののけ姫』に登場する『コダマ』と云うキャラクターのキーホルダーが付けられて居り、蓄光機能のあるプラスチック素材だった為、暗闇の中でほんのり光って居たのを覚えて居ます。
金曜ロードショーでジブリアニメが放送される度に、明かりも付けずにシャワーを浴びて居たあの男のシルエットが、連想ゲームの様に今でも頭に浮かぶのです。
以上、『背(せな)とゴム長と私』と云うお話でした。
ご清聴有難う御座いました。
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