役に立つより意味があることが求められる中で、僕は僕自身でなんでもないそれに意味を見出したい。
役に立つより意味がある。
山口周さんが言う言葉。
僕の上司もよく言う言葉。
この言葉の主体は誰だろう。
誰にとっての意味がある、だろう。
僕は役に立つ人?僕は意味がある人?
僕の仕事は役に立つ仕事?僕の仕事は意味がある仕事?
僕のクライアントは社会で役に立ってる?僕のクライアントはどんな意味を社会にもたらしてるの?
こんなことをつい考えてしまう。
けど、これらは全部、意味を見出す主体が自分の外にいる。
意味は誰かが与えるものだ。
AさんがXに対して、意味を与えるからxっていう意味が生まれる。
僕がXを通してAさんに与えたい意味は、xではない。
AさんにXの意味を与えることができるのは、意味を見出す主体のAさんだけだ。
役に立ってるものにだって、人は意味を見いだせる。
企業がすべきなのはお客さんに意味を与えることではなく、人がなんでもいいそれに意味を見出し続けられる世の中を作ることだ。