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鎌倉スパイスと魔法の粉「ヒング」

あれは5、6年前のよく晴れた日だった。材木座海岸で凧揚げをしていると集中力を切らすように電話が鳴ったのである。凧揚げを切り上げ電話の主の家に行ったら、どうやらオリジナルのスパイスミックスを作って欲しいとの話であった。どのようなスパイスを作って欲しいのか尋ねると、「なんでも美味しくしてしまうスパイスを作って欲しいんだよね」ときた。そしてキッチンの方に引っ込むと間も無く小さな瓶を持ってきた。「ほら、この塩、マグマの塩っていうのだけどなんでも美味しくしちゃう魔法の塩なんだよ」

「ほほう」

ならばその「マグマの塩」とやらでことが足りているではないのか。と思ったが詳しく話を聞いてみることにした。

何にでも使えて、どれも美味しくしてしまうようなスパイスミックス。そんなものが作れるのであればそんな機会はなかなかないので「マグマの塩」の香りを嗅いでみた。硫黄っぽいちょっときつい匂いである。

硫黄っぽい匂いだけではオリジナルのスパイスミックスを作るのはなかなか難しいので、どのスパイスが一番好きかも聞いてみた。そしたら「山椒」だと言う。

数日考えて作ってみたのが山椒とヒングと言うスパイスを他のスパイスと一緒にブレンドしたミックスである。香ったときは山椒の香りと同じくらいヒングの独特な匂いが鼻をつく。ただ料理にかけたり、熱に加えたりすると「うまみ」に変化するのである。そのうまみと山椒の香りを活かしたブレンドがあの春先に生まれた「鎌倉スパイス」である。

今までにないスパイスのブレンドということもあり、あまり売れることを期待しないでいたが何年か後のある月には一箇所で1,000本も売れたのである。今では鎌倉の何箇所かで販売しているが遠方からわざわざ買いに来る客もいるのだとか。

「和・洋・中。何にでも合うのよ。このスパイス」とある貴婦人が私に言ったときはついニヤニヤしてしまったものだ。

そしてヒングという不思議なスパイスが持つ力を感じた時でもあった。

ヒングとは英語ではAsafoetida(アサフォティーダ)と呼ばれている。もともとはペルシャ、今でいうアフガニスタン、イランあたりで自生していたものであるが16世紀頃ムガールの人々がインドにやってきたときに料理に使うものとして一緒に持ち込んだと言われいている。独特の硫黄のような香りはインドでは受け入れられ様々なインド料理に使われるようになったのである。特にジャイナ教や偉い僧侶などに広く気に入られた。もともとニンニクやタマネギを食さない人々にとってはヒングのうまみがそれと似ていてちょうどよかったのであろう。

インドでは広く受け入れられ様々な料理に欠かせないスパイスの一つになったがヨーロッパではあまり受け入れられず、挙げ句の果てには「悪魔の糞」と呼ばれる始末である。効能は確かに色々あるらしくインドでは腎臓結石や気管支炎に効果があると言われたり、アフガニスタンでは百日咳や潰瘍に効果があると言われている。エジプトでは利尿薬として親しまれているそうである。

ほんのすこし熱した油にヒングを入れる。料理の「うまみ」のレベルがグンと上がるのである。

まさに魔法のスパイスである。


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