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薔薇とファルーダ


インドの街を歩いていると様々な色の料理や食べ物、飲み物と遭遇することがある。自然が織りなす豊かな植物の色彩から、明らかに人間が作り出した色合いなものもある。どれも魅力的でついつい手が出そうになってしまうが、自身の腹や今後の予定のことを考えて我慢することの方が多い。

そんな魅力的なものの中でも一際目を引き、ついつい頼んでしまうものが「ファルーダ」と呼ばれる飲み物である。見た目はパフェみたいである。鮮やかなピンク色の液体に黒いつぶつぶしたものとバニラアイスみたいなもの、そして麺みたいなものが入っている。この麺みたいなものはセヴィアンなどと呼ばれ、コーンスターチ、小麦やクズウコンのデンプンから作られることが多く、ヴァーミセリといった細いパスタに形状は似ている。これらが細く刻まれていることから「引き裂かれた」「刻まれた」などを意味する「Falooda」がこの食べ物の語源となっているらしい。そして黒い粒々の正体はバジルシードである。これが入っているか入っていないかでファルーダらしさはだいぶ変わってくる。アイスクリームはクルフィであることが多く、何よりもファルーダをファルーダらしくしているのは派手なピンク色の液体である。これらはローズシロップのことが多く、ファルーダの歴史がこの色に現れているようでもある。

ファルーダの歴史は古く、遡ること紀元前のペルシャ、今のイランまで行き着くことができるそうである。元々はセヴィアンなどと呼ばれている細い麺状のものを冷やして暑い日に食べることが始まりらしく、ペルシャを代表する花である薔薇が加わり、鮮やかなピンク色になったといわれている。インドにはそのころに伝わったか定かではないが、ペルシャからの移民パールシーの人々がきた8世紀ごろなのかもしれないし、19世紀ごろに主にイラニと呼ばれる人々が移り住んできた時代に伝わったのかもしれない。19世紀中頃にファルーダは広く飲まれるようになったということなのでイラニカフェやレストランを中心に広まっていったのかもしれない。

ファルーダに欠かせないピンク色の薔薇はインドでは最も美しい神「ラクシュミ」が薔薇の蕾から生まれたと信じられており、誕生した時は108枚の大きな薔薇の花びらと1008枚の小さな薔薇の花びらを持って生まれたと言われている。薔薇のゆりかごに揺すられたラクシュミにヴィシュヌ神は優しくキスをしたそうである。

ペルシャの薔薇は元々は白く、鳴き声が美しい鳥「ナイチンゲール」がその白い薔薇の美しさに恋をして強く抱きしめた。薔薇の棘がナイチンゲールに刺さり、鳥の真っ赤な血が薔薇を赤色に染めていったそうである。

ペルシャの鳥の悲しい恋にインドの華やかな恋。薔薇の美しさと甘い恋の物語、悲しみと喜びが混ざり合ったようなものが人々を魅了し続けているかもしれない。

ファルーダとは甘く、切なく、美しい物語なのかもしれない。

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