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【2024年ベストアルバム】 #1 『Milton + esperanza』 ミルトン・ナシメント&エスペランサ・スポルディング
さて、今年も早10月後半と残り2ヶ月半を切りました。早いようですが、今年聴いた中から2024年の私的ベストアルバムを数枚選びました。
1枚目は 2024年8月にリリースされた『Milton + esperanza』。
ブラジル音楽の巨匠、 ミルトン・ナシメントと女性ジャズシンガー&ベーシストのエスペランサ・スポルディングとのコラボレーションアルバムになります。
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『Milton + esperanza』 Milton Nascimento and Esperanza Spalding
アナログレコード2枚組、全16曲、2024年8月発売
genre ; Jazz、World Music、Vocal、Fusion
『Milton + esperanza』は今後発表されるグラミーのジャズやワールドミュージックノミネートも確実視され、年末の各誌のベストアルバムでも各部門にランキングが予想されます。
ブラジル音楽とジャズの組み合わせとは言え、決して難解なものではなく、万人に伝わる心洗われるサウンドです。
特にカバーのチョイスは絶妙で、ビートルズとマイケル・ジャクソンと言う白人・黒人の其々のスーパースターの楽曲を選んでいるのが聴き物です。
さらにこのためにポルトガル語を勉強したと言うポール・サイモンもゲストボーカルとして参加するなど、ポピュラーミュージック全体へのリスペクトも感じます。
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A Day in the Life
ビートルズのこの曲のカバーは秀逸です。
最もカバーが難しいと言われるA Day in the Life(5)を見事に、彼ら風にアレンジしてるのです。
名曲ではあるがカバーは少なく、インストではジェフ・ベックのカバーが著名ですが、歌物カバーは希少です。特に中盤のポール・マッカートニーのパートは難しく、エスペランサ本人も以下のように語っています。
『特に心配していたのは、”Woke up, fell out of bed Dragged a comb across my head”のパート。ただ歌ったらすごくバカっぽくなるんじゃないかと思ったから。だから、ここは私たちだからこそできるアレンジにしようって思った。それで大勢がバーに集まって歌っているみたいな感じにすることにした。そんな感じで「この曲はどうしよう」って悩みながら、私たちが持ち合わせているものを最大限に生かそうと進めていった。』
因みに1970年ナシメントは「Milton」でPara Lennon E McCartney(レノン&マッカートニーに捧ぐ)という曲をリリースしたほど、ビートルズを愛してもいるのです。
Earth Song
続いてはマイケル・ジャクソンが1995年に発表した『HIStory: Past, Present and Future, Book I』に収録されシングルにもなったEarth Song(10)をカバー。
Earth Songはアメリカではシングルにはしていないが、UKではトップ1となりました。
地球の環境破壊について言及した社会性の高い曲。
本作ではゲストボーカルにグラミー5回受賞のジャズ歌手、ダイアン・リーブスを迎えています。
ウェイン・ショーター
残念ながら昨年この世を去ったジャズ界のレジェンド中のレジェンド、ウェイン・ショーター。
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彼のカバーも登場します。
1985年に発売された「Atlantis」からWhen You Dream(16)。
本作では未亡人であるCarolina Shorterをゲストにカバーされました。
ミルトン・ナシメント
1942年生まれ今年81歳のミルトン・ナシメントは言うまでもなく、ブラジル音楽の巨匠です。
自分が彼を知ったのは1996年に出た「Red Hot + Rio」と言うアントニオ・カルロス・ジョビン作品のコンピレーション。
インコグニート、デヴィッド・バーン、スティング、坂本龍一などと共に、ミルトン・ナシメントもこのプロジェクトに参加していました。
これをきっかけに日本でもブラジル音楽のムーブメントが加速しました。
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ナシメント自身は1960年代の後半に起こった、MPB(ムジカ・ポピュラール・ブラジル)と呼ばれる反白人文化とROCKの影響を受けたブラジルPOPSのムーブメントのリーダーとして登場。「ブラジルの声」と呼ばれるほどリスペクトの対象なったのです。
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そして彼の名が世間的に幅広く知られたのが、当時Weather Reportでフュージョンシーンを牽引していたウェイン・ショーターとの共演でした。
ブラジリアン・ジャズ・フュージョンの傑作と呼ばれる1975年の「Native Dancer」はショーターのソロ作ですが、ナシメントとのコラボレーションによって制作されました。
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そしてエスペランサも「Native Dancer」を聴いてナシメントについて魅かれ、ハービー・ハンコックの紹介によって2人は知り合ったそうです。
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ナシメントは1990年にはブラジルの音楽に触発されたポール・サイモンのアルバム『Rhythm Of The Saints』にも参加。ロック、ポップスとの交流を深めて、世界的に知られるようになるのです。
ポール・サイモン
こちらが『Rhythm Of The Saints』に収録されたサイモンとナシメントによるSpirit Voices。
そのサイモンが本作にゲストボーカルで参加したのが、Um vento passou(13)。
ナシメントが彼のために書いたデュエット曲を歌うために、サイモンは2週間ポルトガル語を勉強したのです。
1988年のサイモンとナシメントの共演
エスペランサ・スポルディング
一方コラボ相手のエスペランサ・スポルディング( Esperanza Spalding)。
1984年10月18日アメリカのポートランド生まれで、つい最近40歳になったばかりのジャズ界の新星。
女性では珍しいベーシストにして、シンガーソングライターでもあります。
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2011年にグラミー賞 最優秀新人賞を獲得。ジャズ・アーティストが最優秀新人賞を受賞するのは初の快挙であったのです。
2023年にジャズ歌手のサマラ・ジョイが同賞を獲得しましたが、エスペランサ・スポルディングに続く2度目のジャズ界からの受賞でした。
2009年、デビュー当時のエスペランサのエレクトリックベースを奏でるライブ映像。
同じく2009年、こちらはアップライトベースです。
2010年の「Chamber Music Society」はジャズ界としは異例の34位を記録し、既にこのアルバムにゲストとしてミルトン・ナシメントを招いています。ブラジル音楽への関心は、黒人の父とヒスパニック系の母を持つ、エスペランサの民族的なルーツとも関連するのです。
実質的なデビュー作『Esperanza Spalding』(2009)ではナシメントのPonta De Areiaを既にカバーしており、デビュー当初からその影響は明白でした。
2012年には『Radio Music Society』でグラミー賞(最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム)受賞。
2019年の「12 Little Spells」は、ビルボードアルバムチャートで31位となり、2020年のグラミー賞では最優秀ジャズボーカルアルバム賞を受賞。
2021年の「Songwrights Apothecary Lab」も最優秀ジャズボーカルアルバム賞を受賞し、既にグラミーの常連となっています。
新星と書きましたが、実際にはジャズ界においてトップミュージシャンと言っても過言ではない地位を築いています。
個人的にはジョニ・ミッチェルの後継者こそが彼女と思っていて、ベースと合わせてジャコとやっていた頃のジョニを思い浮かべてしまいます。
11/1からエスペランサの日本でのツアーが始まりますが、これは楽しみです。
自分は昨年のオランダでのNorth Sea Jazzで観て以来ですが、その時のレポートは以下を参照してください。
『Milton + esperanza』
本作 『Milton + esperanza』 は2023年を通して制作され、プロデュース、アレンジをエスペランサが担当。レコーディングの多くはリオ・デ・ジャネイロで行われました。
また、本作ではナシメントの過去の名曲4曲をセルフカバーとして、エスペランサと共に再演しています。
先行シングルとしてリリースされたOutubroは1969年にリリースされたカバーですが、年齢差を超えた二人のデュエットは素晴らしく、フルートなどバックの演奏も程よくジャズとブラジル音楽がブレンドされました。
Caisは、1972年の2枚組『Clube Da Esquina』に収録されている人気曲。
これはElis Reginaによるカバー。
Morro Velho。この曲はナシメントが1967年にリリースしたファーストアルバム「Travessia」に収録されました。
UK Jazz
近年勢力を増しているUKのジャズシーン。
その中でのリーダー的な存在、シャバカ・ハッチングスが本作にも参加しています。
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本作ではナシメントの『Minas』(1975)に収録されたSaudade dos aviões da panairをカバー。
シャバカ・ハッチングスがフルートで、またUKのネオソウルシンガーのリアン・ラ・ハヴァスがゲストボーカルで参加。
Tiny Discで公開されたエスペランサとナシメントのコラボライブにも、シャバカ・ハッチングスは加わっています。
シャバカは2023年末からサックスの演奏を休止しており、ここでもフルートを中心に演奏しています。
そして最後の彼のサックスプレイを本作でも披露。サックスが入りUK感が漂う本作では異色のインストナンバー。
そして今月に来日するUKジャズの女性サックスのNubya Garciaの新作にもエスペランサは、ゲストボーカルとして参加。
ブラジル、さらにUKジャズシーンにも関わり、ワールドワイドなジャズ界のリーダーになりつつあります。
腕利きミュージシャンたち
本作の演奏陣はエスペランサのバッキングを行うミュージシャンをメインとしつつも、現地ブラジルのミュージシャンも参加しています。
そして、ベースは全曲エスペランサが弾いています。
現在ジャズシーンの最高峰の演奏が展開されます。
ピアノのLeo Genoveseはアルゼンチン人で、2005年より一貫してエスペランサのバックを務めています。過去にはウェイン・ショーターと共にグラミー賞のベスト即興ジャズソロ賞を受賞しました。
ドラムのJustin TysonとEric Doobも同様にエスペランサとの付き合いは長く、Doobは11月に来日するエスペランサに帯同します。
Justin Tysonはロバート・グラスパーのバンドの一員で、R+R=now以来、グラスパーの重要なドラマーとして欠かせない存在です。
エグイとも言える彼のドラミングを観るために、グラスパーのライブに行くと言っても言い過ぎではありません。
グラスパーバンドでの彼のドラムソロ映像です。
Tysonはドラムだけでなく本作では作曲、ボーカルで貢献しています。
ギタリストのMatthew Stevensもエスペランサと付き合いは長く、この来日公演にも帯同します。
Stevensのソロ作にも彼女が参加しサポートしています。
これは、2015年のライブですが、エスペランサのベースに、Matthew Stevens(G)、Justin Tyson(Dr)のトリオによる演奏は、ジェフ・ベックとスタンリー・クラークのトリオを思い出すほど、ヘビーでロックしています。
本作の力の抜けたサウンドとは対照的で、彼女の幅広さを象徴します。
本作にはエスペランサの曲も4曲あり、このGet It By Nowはいかにも彼女らしい曲。
Bass: esperanza spalding 、Drums: Justin Tyson、guitar: Matthew Stevens 、Piano: Leo Genovese、Vocal:Corey Kingといつもの彼女のバンドが極上のプレイを聴かせます。。
サポートボーカルで多くの曲に参加したCorey Kingはエスペランサとの共演も多くて、日本では黒田卓也との共演も多い。
最後に2011年リオでのナシメントとエスペランサの共演ライブの映像を紹介して終わります。
こちらは、ナシメントとエスペランサ、そしてウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックと本作の出現を予感させるメンバーでのライブ映像
紛れもない2024年の名作アルバムですので、秋の夜長にオススメです。
また、柳樂光隆氏による以下のインタビュー記事もお薦めです。
エスペランサ・スポルティングの軌跡プレイリスト
最後にエスペランサ・スポルティングのデビュー以来の軌跡、そして他のミュージシャンとのコラボ曲のプレイリストを作成しました。
最後にはナシメントの原曲と本作の収録曲のカバーとの聴き比べで締めくくりました。
今後掲載されるベストアルバムは以下のマガジンで。