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「冬支度を整えよう」エバートンのおもてうら-アップサイド編-


NSNO Vol.23 エバートンFC 23-24
『冬支度を整えよう』
エバートンのおもてうら
-アップサイド編-


はじめに

夏の終わりがエモーショナルに感じるのは学生の頃までだったと思う。
酷暑を乗り越えて11月は初旬。大気が澄み始めるはずの秋口、名残惜しくともなんともないのに、諦めの悪い夏の日差しがぶら下がったままだった。
ようやく、照りつける太陽が落ち爽やかな風が吹き始めた頃、家族と公園へ出かけ、ドライブを兼ねて秋桜の花畑を訪れた。心地よい出足を感じたその翌日、妻から新しいクリスマスツリーを買いに行こうと提案を受けた。そうか。もうハロウィーンが終わった。娘が幼稚園でたくさんのお菓子をもらい喜んでいたのを思い出した。落ち着く間もなく冬隣り、次はクリスマスがやってくる。この記事を無事に書き上げた頃には、新調した冬用のジャケットを羽織り、クリスマスイブに備えてプレゼントを探しているかもしれない。

休日、ショッピングモールで目当てのクリスマスツリーを購入し、妻と娘、私の3人で自宅に戻って飾り付けを楽しんだ。元々使っていたお下がりの小ぶりなツリーは売り払ってしまったが、残しておいた古い飾りと、新しく手に入れた鮮やかなボールオーナメントや点滅式の電飾をデコレーションした。

ところが、肝心な忘れ物に気づく。ツリーの頂点に飾るはずのトップスターを買いそびれたのである。娘は既にたくさんの装飾で満足気だったが、私と妻はしっくりこないツリーを見て苦笑いを浮かべていた。少し大きくなったツリー上で、何処か申し訳なさそうに小さいままのスターがこちらを向いていた。「また明日買いに行けばいっか」そう妥協しつつ、秋を愉しむ前に忙しない冬の支度がスタートしたことを実感した。



①期待から諦観へ

"ピッチ上で"求める姿が戻ってきた。
セルハーストパークで獲得した価値ある3ポイントは、決して美しい内容ではなかった。開始早々、電光石火の先手を打つもすぐに追いつかれ、クリスタルパレスMFエゼを中心に翻弄されるエバートン。再度リードを奪えば守備の柱にエラーが発生し、守りきれない歯痒さが我々のメンタリティを蝕んだ。しかし、珍しく手札を早めに切ったショーン・ダイシは下を向かなかった。それはピッチで戦う選手も同様で、セカンドハーフ、ほとんどの時間を自陣で過ごす光景が続いたものの、うまくいかない時間こそ如何なるメンタリティを発揮するか、劣勢で勝つための方法を見つけられるか、その重要性を執拗に説いてきた指揮官の宣教が実った。86分、後半から出場したイドリッサ・ゲイェが値千金の決勝点をもぎ取った。


今季、エバートンはスタートダッシュに躓いた。開幕3連敗の重みは、クラブの歴史上でも不名誉な3試合無得点の始末だった。控えめに言って、三たび残留争いを覚悟する心構えが必要だと思わされたのだ。しかし、序盤戦を振り返ると暗い要素ばかりではなかったことも確かである。開幕節フラム戦(●0-1)で敗戦ながら手ごたえを得た一方、続く2節アストン・ヴィラ戦(●0-4)では実力の差を体感する大敗で辛酸を嘗める結果に。3節ウルブス戦(●0-1)ではGKジョゼ・サを賞賛するしかなく、相手の2倍以上に当たる5度のビッグチャンスを逃して自業自得の敗北だった。

その後、シェフ・ユナイテッド(△2-2)、アーセナル(●0-1)、ブレントフォード(◯3-1)、ルートン(●1-2)、ボーンマス(◯3-0)と対戦していく中で徐々に今季序盤におけるチームの性質が浮かび上がってきた。

グディソン・パークでの今季初勝利となったボーンマス戦、ダイシは次のように語った。

「xGの値は非常に高く、過去8年間と比較して最高だ。我々は良いプレーをしてきたし、ゲームを支配していた部分も多かったが、フットボールの試合として、最終的に勝たなければならないことはよく理解している」


この言葉はダイシ陣営が意識する多くのデータの中のひとつであり現実的な見解だ。敗北したルートンとのゲームではxG:2.90を記録。開幕節のフラム戦はxG:2.79、ウルブス戦はxG:1.34でいずれも相手のパフォーマンスを期待値の上では上回る内容だった。しかし、ホーム・グディソンパークで勝利として結果を掴むことはできなかった。今季ラストイヤーとなる見込みである。ようやくファンと喜びを分かち合えたボーンマス戦はxG:2.49で3得点を挙げ、期待値に沿う理想通りのゲームを展開することができた。

10月、アウェーのマージーサイド・ダービー前に公開された『Opta Analyst』の特集では、アンダー・パフォーマンスに苦しむエバートンが如何にして不振のスタートダッシュを切ったか、チャンスをものにできていない現状と拙さを潔く分析している。

マージーサイド・ダービーまでにエバートンが期待されたゴール数は15。現実は僅か9ゴールに留まった。オープンプレイとセットプレイを総じ、シュート数は当時リーグ首位のトッテナム(153本)だけがエバートン(133本)を上回り、本数だけ見ればリーグ2位の水準だったがその成功率は6.77%とプレミアリーグでワースト3位の成績。

この時点でビッグチャンス(『Opta』による定義では、選手が得点することが合理的に予想されるチャンス)をエバートン(28回)より多く創出したのはニューカッスル(31回)だけである。エバートンの"ビッグチャンス・コンバージョン率"(一連のプレーからシュートが枠内に入り得点になった確率)は25%で、バーンリー、ボーンマスと並んでリーグで2番目に低いというものだ。

その上で考慮されるのが対戦カード。例えば、9月17日にグディソン・パークで行われたアーセナル戦では、エバートンはわずか8本のシュートを放ち、微々たるxG:0.34を記録しただけで打ちのめされた。フラム、ウルブス、ルートン、ボーンマスといったチーム相手にチャンスを作るのは、上位チーム相手よりも簡単だということを理解する必要がある。リーグ内でも残留争いのライバルと言える昇格組など下位チームの中ではパワーランク(Opta指標)として比較的有利なフィクスチャーが組まれていたエバートンにとって、ビッグクラブ相手の結果はさておき、いかに取りこぼしが目立ったかを思い出す。勝てたはずの戦を落としてきた。

"Optaの予想勝ち点モデルによると、8節終了時点の計24ポイントから7ポイントを獲得した16位エヴァートンは、期待された指標の上で少なくとも14ポイントを獲得し、順位は5位にまで浮上する算段となる。そうなれば、欧州の優勝候補となり得るだけでなく、ダービーに臨むリバプール(現実には4位)よりも上の順位につけることになる。"

『Data Says Everton Could Be Above Liverpool, But Sean Dyche Needs Actual Points』OptaAnalystより引用


あくまでもコンピュータが弾き出したスタッツ視点の分析から、エバートンが辿ることができた「かもしれない」理想論ではあるが、オーバー・パフォーマンスが指摘された昨季ランパード指揮下でのチームから考えれば、アンダー・パフォーマンスとはいえ、ポジティブに捉えることもできる要素だろう。

次に、xGだけでなく、xGA(予想失点数、非ゴール期待値)とxGD(xGとxGAの差)のスタッツについてもチェックしておきたい。
リヴァプール(●0-2)、ウェストハム(◯1-0)、ブライトン(△1-1)、クリスタルパレス(◯3-2)。ボーンマス戦での勝利以降、プレミアリーグで5戦3勝1分1敗。マージーサイド・ダービーではDFアシュリー・ヤングの退場が響き、攻勢に転ずることなく敗北を喫したが、合間に行われたカラバオカップのバーンリー戦含めチームの成績は復調傾向にある。徐々に機運がこちらに傾き、ダイシの掲げる信念のもと、チームとしての形が見えてきた。

  • 直近5試合(プレミアリーグ)における
    各指標の値(xG/xGA/xGD)

  • vsボーンマス◯ 
    xG 2.49 / xGA 0.69 / xGD +1.8

  • vsリヴァプール● 
    xG 0.13 / xGA 2.23 / xGD -2.1

  • vsウェストハム◯ 
    xG 0.82 / xGA 0.66 / xGD +0.16

  • vsブライトン△ 
    xG 0.71 / xGA 0.51 / xGD +0.2

  • vsクリスタルパレス◯ 
    xG1.53 / xGA 2.17 / xGD -0.64

エバートンが今季ホーム初勝利を挙げたボーンマス戦以降、ゴール期待値としての伸び悩みが見られる一方で、xGAの数値が改善傾向にあることは注目できるポイントだ。クリスタルパレス戦を「美しくなかった」と表現したのはxGDの数値を踏まえてのものだ。

今季、エバートンが相手のゴール期待値を0点台に抑えたのは4ゲーム。ルートン、ボーンマス、ウェストハム、ブライトンとの試合だ。

現地分析系アカウント、Michael氏(@greenallefc)作成のxNPGとxGAの比較表。ベニテス期やランパード期ではxGAの方が高い割合で推移する状況だったが、ダイシ就任から初のフルシーズンを迎えxGとxGA値が逆転。xGDがプラスに転じており、現段階ではここ数年で最も高い水準だったアンチェロッティ期に近づいている。

今季(12節終了時)、プレミアリーグ各クラブのxG/xGA/xGDのランクを確認してみるとエバートンの立ち位置は以下の状況だ。

  • xG 17.9(リーグ10位)

  • xGA 15.8(リーグ6位)

  • xGD +2.1(リーグ9位)

過去3試合負けなしのエバートンだが、xGAがプレミアリーグで6番目に低く、この間のエバートンよりも実際の失点が少ないのはアーセナルとリヴァプールだけだ。

バーンリー時代のダイシ・フットボールとして強い印象を持つ守備のしぶとさ、我慢強さを現在のエバートンでも感じられる試合が増えてきている。印象だけでなく、予想される失点数や実際の失点数としても現れている。

ビッグチャンスを決め切り、先制を奪うこと。先制できたなら頑固に凌ぎ切り、最後までゴールを守り抜くこと。当たり前のことではあるが、特に中位、下位のライバルたちと戦う上でこのセオリーは非常に重要である。そして今冬、中盤戦に差し掛かり上位勢との戦いが待ち受ける。もしアストン・ヴィラ戦、アーセナル戦のようにビッグチャンスを創出できない、あるいは決め切ることができないのであれば、それ以上に守備で綻びを見せてはいけない。

序盤戦の戦いを期待値の指標から見ることで、今後の中盤戦におけるチームの状態、良し悪し、好調・不調といった情勢を確認することができるだろう。

ここまで、xG/xA/xGDといった指標に触れたのは、先日公開されたポッド・キャスト(@ground_guru)、DoFケビン・セルウェルのインタビューを発端としている。セルウェルはチームスタイルの長期的なパフォーマンス、その持続可能性を示す指標のひとつとして、期待ゴール差-xGD(xGとxGAの差)を挙げている。

期待値から浮かび上がるクラブが見据える諦観。ダイレクター始め、監督とスタッフが目指すチームのパフォーマンス。応えようと必死にもがく選手たち。

理想に期待する一方で、その本質に近づくチームを心から待ち侘びている。過酷で、拙く、されど熱を帯びてきた。過程にいる現在の奮闘を楽しめるか否か、またもや誘われた残留争いのステージで、過去2シーズンと異なる姿を見ているかもしれない。我々は戻りつつあるエバートンの強さを噛み締めるようにして我慢強く見守っていく。


②展望-年内の対戦カード

冬支度として、今月末に再開するプレミアリーグ、エバートンの対戦カードを確認しておきたい。年末までの予定は以下の通り。

  • 11/27 vsマン・ユナイテッド(H)

  • 12/3 vsフォレスト(A)

  • 12/8 vsニューカッスル(H)

  • 12/10 vsチェルシー(H)

  • 12/17 vsバーンリー(A)

  • 12/20 vsフラム(H)※

  • 12/24 vsトッテナム(A)

  • 12/28 vsマン・シティ(H)

  • 12/31 vsウォルバーハンプトン(A)

※カラバオカップ

一目でわかるお馴染みの過密日程。インターナショナル・ブレイクが明ければ、年末までの約1ヶ月で8試合をこなす必要がある。
ここで絶対に落としたくないのはフォレスト、バーンリー、ウルブス。序盤戦の反省を活かすにはもってこいの相手だ。



まず、筆者の大一番として挙げたいのは、アウェイのノッティンガム・フォレスト戦。要塞シティ・グラウンドでの成績は衰えを見せないばかりか、奔放なオーナーの下、弱音を吐かずにアップデートを目指しているのがスティーブ・クーパー率いるフォレストだ。
フォレストは12節終了時点で15位につけている(勝ち点減点前はエバートンと勝ち点差1)。アウェイでの貧弱さがしばしば指摘されているが、今季のフィクスチャーにおいてはエバートンの有利性とは正反対の巡り合わせにいた。
開幕からアウェイ4連戦でアーセナル、マン・ユナイテッド、チェルシー、マン・シティと対峙し、クリスタルパレスを挟んでリヴァプール、ウェストハムの敵地へ乗り込んだ。唯一、チェルシー相手に勝ち星を挙げ、ホームにおいてはプレミアリーグで1敗もしていない。直近のハイライトはエバートンが大敗を喫したウナイ・エメリのアストン・ヴィラをクリーンシートで下したゲームだろう。
何より、我々にとって最も警戒するのは互いにボールを持たないスタイル同士の一騎打ちということだ。エバートンとしてはルートン戦の失敗から得た教訓を表現すべき対決になるだろう。

バーンリー戦はダイシの凱旋試合とあって注目度の高いゲームだ。-10ポイントの判定を受けたエバートンにとっては、得失点差によるアドバンテージで辛うじてバーンリーよりも一つ上の順位とあり、6ポインターの重要なゲームでもある。カラバオカップでの快勝(◯3-0)で良いイメージを持てるが、指揮官ヴァンサン・コンパニが対戦後に語った通り、スタイルとして戦い方を変えてくる可能性は大。残留バトルのライバルであり、冬のターフムーアでの厳しさはダイシが最も理解しているはずだ。暖かく迎えられることが予想されるが、開始の笛が鳴れば相手は当然ながら牙を剥くだろう。アウェイとはいえ是が非でも3ポイントを持ち帰りたいゲームだ。

復調気配を漂わせるウルブスはエバートンにとって苦手とする相手。リーグ1位のアシスト数を記録し、フレキシブルに攻撃の手綱をとっていたネトの離脱で再び暗礁に乗り上げたと思われた矢先、破竹の勢いで突き進んでいたトッテナムを試合終了間際で捕らえたのがウルブスだ。負傷者続出で苦しむボステコグルーの足下を掬い、上位に一泡吹かせる形となった。

ダイシ・エバートンも上位相手に一泡吹かせたいのは同じだが、前述のフォレストとは異なり、やや有利な状況にある。エバートンは冬のマッチアップでビッグクラブ及び上位勢とはホームで迎え撃つのが特徴的だ(トッテナムを除く)。

現実的な目線として、これらのホームマッチで引き分けられれば御の字、というのが妥当なラインだろう。
絶対に落とせないライバルとの3戦で、もし勝ち点9ポイントを稼げれば、残りの試合を全て落としても計8ゲームでPPG(平均勝ち点数)が1.12となる。残留を目指すのであれば、最低ラインとして受け入れることができる(※)

だが、これで満足できるか?と問われると不安な心境が勝るのが今季のエバトニアンだ。

第三者(独立)委員会の公聴会が10月下旬に終了し、PLの定める規約を破ったとして裁定が下り処罰を受けることになれば、幾らかの勝ち点を失う可能性がある。そして、ホーム・グディソンパークで戦う以上、勝利を目指して戦うのは当然の姿勢だ。

※現地時間11/17、クラブ公式及び各報道機関より発表。エバートンは今シーズン、プレミアリーグの収益性と持続可能性に関する規則(PSR)に違反したとして、勝ち点10ポイントの減点を言い渡された。
減点後の勝ち点は「4」。12試合を消化して残り26試合。昨季は勝ち点36ポイントで残留。仮にこの成績を残留ラインと想定すると到達するまでに必要なポイントは「32」となる。獲得すべき平均勝ち点は1.23。12月末までの8ゲームで換算すると最低でも勝ち点10ポイント(PPG:1.25)は稼いでおきたい。

より厳しい状況に立たされた今こそ、今季不調のホーム・パフォーマンスを向上させ、好調の兆しが見えたチームを再び奮い立たせる必要がある。上位勢をグディソンパークに迎える険しい冬、ファンと一体となり勝ち点1を死守するパフォーマンスが求められる。
プレミアリーグで初めてPSRにおけるクラブの失態が明らかになり、厳罰な処分が下された。より一層現場の団結力が試されていると言えるだろう。


③最も欠けてはいけない選手は?

ポジティブな材料として、現段階での負傷者の少なさは過密日程を控えるにあたり、ダイシにとって心強い要素のはずだ。
プレシーズンから技術的なトレーニングよりもコンディショニング、フィットネス、科学的根拠に基づいたトレーニングを実践してきた。初のフルシーズンに備えて、名物"ガファーズ・デイ"を取り入れ、タフに乗り切るチームの土台を築くことを第一目標として取り組んできたのだ。

固定的にある現在のスターティング・メンバー、選手交代の少なさや遅さ、代表選出された各国選抜者の疲労度…インターナショナル・ブレイク明けにどのようなスカッドになっているかは定かでないが(アマドゥ・オナナが負傷により代表離脱との報道あり)、スタメン起用した選手に信頼を置く傾向にあるダイシにとって、今失うと影響の大きいプレイヤーはどれほどいるだろうか。

プレータイム

出場時間の観点から見た場合、チームの要として起用されている選手を確認したい。12試合消化(1,080分)で1,000分以上プレーしたのは以下の3名だ。

  • GK ジョーダン・ピックフォード 1,080分

  • DF ジェームス・ターコウスキ 
    1,079分

  • MF アブドゥライェ・ドゥクレ
    1,036分

守護神ピックフォードは唯一のフルタイム出場者、ターコウスキはコールマンの不在でゲームキャプテンを担い、いずれも守備の柱として依然重要な存在だ。クリスタルパレス戦では珍しい相互間のエラーで失点。このようなケースを漏れなく改善すること、繰り返さないことは必須項目で、DCLというターゲットとしての基準点を取り戻したピックフォード、ブランスウェイトと良好な関係を築いているターコウスキには、戦術上(ロングボール、セットピースなど)の攻撃的なキーマンでもある以上、最も欠けてはいけない選手と言えるだろう。

序盤戦のMVPと言っても申し分ないドゥクレもアンチェロッティやベニテスの采配同様、酷使されるシーズンを過ごしているのは嬉しい悲鳴だ。
MFとしてピッチの両端をカバーする運動量、FWとしては、フィニッシュワークの頼もしさが光り、もはや走って守れるストライカーとしてチームトップスコアの記録を残している。ビルドアップの中継点と考えればその質には疑問を抱く場面が目立つが、求めているのはチャンスメイクやそのクオリティが最優先ではない。非保持でコントロールするダイシのフットボールを実現するには、1stディフェンダーのドゥクレの役割は欠かせないものとなっており、その回収力がDCLとの補完性を高め、チーム最多(ダイシ就任以降)のゴール関与数にも表れている。
しかし、ファンにはパワフルなエンジンを酷使した代償もしっかりと記憶に刻まれている。ドゥクレ不在のチームがどのような成績と状況に陥ったかは数字が物語っている。今のスタイルをキープするのであれば、このリスクマネジメントは必要不可欠で、異なるプランを準備しておく引き出しも整えておかなければならない。

22-23シーズン、ダイシの采配で返り咲いたドゥクレ。昨季、ドゥクレ出場のエバートンはプレミアリーグで8勝6分11敗。ドゥクレ不在で挑んだ試合では、0勝6分7敗と大きな差が開いた。

Doucoure saves Everton, Leicester’s 51-goal relegation and Allardyce gets his tactics wrong @The Athletic を参考。(有料記事)


上位3名に続く出場時間(900分台)を確保したのは以下の4名だ。

  • MF ジェームズ・ガーナー
    977分

  • MF アマドゥ・オナナ
    920分

  • DF アシュリー・ヤング
    917分

  • DF ジャラッド・ブランスウェイト
    900分

昨季、長引いた背中の負傷で出遅れたガーナーだったが、残留争いでユーティリティ性と安定感を見せダイシの信頼を獲得。今季は望まれた中盤起用で定位置を奪取した。ドゥクレが相手のビルドアップを牽制し、第2の防波堤として鋭いタックルを見せるなど、ハイプレスや強度を求められるシーンでも狼狽えない、兼ねてから評価されていたファイターの素質が認められている。現在、プレミアリーグの最多タックル数を記録しているのがエバートン(246回)。ミコレンコ(32)に次ぐタックルを果たしているのはガーナーである(31)。

加えて、現スカッドで欠けている"保持"で違った色を出せる貴重な存在として、オナナとのペアは今後も成長が期待される。

オナナはガーナーよりも低い位置でボールを捌き、特にロングボールにおいては他の追随を許さない成功率をおさめている(78.8%)。同じく展開力に長けたアンドレ・ゴメスはリハビリ中で復帰の目処が立っておらず、空中戦で制圧力のあるMFはオナナの他にいない。ハードヤードな環境にあるダイシ・エバートンで負傷者が増えることが予想されるだけに離脱時の痛手が危惧される。

賛否分かれているヤング、すっかりチームの顔となったブランスウェイト、前者はサスペンションでの離脱時もパターソンが及第点のプレーを続けており、大きな心配は必要なさそうだ。ユースカテゴリーの試合に出場し、怪我からの完全復帰が近づくコールマンの存在も頼もしい。
後者であるブランスウェイトはU-21イングランド代表に選出されており、セルビアとのゲームでは82分に途中交代。次にグディソンパークでU-21北アイルランド代表との対戦を控えている。ここでの負傷がないことを祈るばかりだ。

さて、最後に怪我や加入のタイミングにより合流が遅れた3人についても簡単に触れておきたい。

特筆すべきは、2試合連続でゴールを決めているミコレンコ。加入からもうすぐ2年。あの頃、すぐに主力になるとは想定できなかったフルバックが着々と成長し、攻守に渡るチームの鍵として好調を維持している。

先日、『The Athletic』ではとうとうミコレンコの特集が掲載された(有料記事)。

エバートンは今季左サイドから攻撃に移る割合が増加しており、敵陣でのタッチ数39.7%がミコレンコのサイドによるもの。この割合はバーンリーとウェストハムに次いでリーグ3位の高さである。その結果、相手のエリア内に侵入する回数が増え、効果的なボール関与とゴールに結びつくプレーへと繋げている。純粋なレフトバックとして代えの効かない存在になりつつある。

カルヴァート=ルウィンについては、過酷な12月にフル稼働できるかどうかは正直なところ不安の方が大きい。ダイシのスタイルがようやく板についてきたと感じられるのも彼の復帰なしには感じられなかった部分だろう。

ルートワン・フットボールの中枢部である最前線のターゲットマンは、高さ・強さだけでは収まらない。その巧みさを再び実感したウェストハム戦でのパフォーマンスが継続できれば2桁ゴールも夢ではない。ビッグチャンスを逃した序盤戦の拙さは、ドムが居続けることで解決に導いてくれるはずだ。

ラストはリーズからローンで加入したハリソン。甚大なダメージを予想したアレックス・イウォビの移籍が悲しいかな、すでに忘れ去られようとしている。サイドアタッカーとして攻守に奔走していたイウォビの役割はダイシ・エバートンの特徴的な任務だったが、すでにハリソンが上塗りに成功しているのは評価したいところ。

ボーンマス戦での鮮やかなコントロールショット、すでに3アシストを決めたチャンスメイク力、マルセロ・ビエルサから、そしてアメリカ時代に培った走り続けられる献身性。プレータイム437分ではあるが、アグレッシブなスタイルに順応したフィットの早さは今夏の補強戦略で成功した事例として認識できるレベルにある。
マクニールのキャリーとクロス頼みだった左サイドにミコレンコのプッシュが加わり、チャンスクリエイト数からすると物足りなかったアシイウォビのアシスト力という課題とそれを克服できる兆しがある。強みを発揮しているハリソンの存在は、すでにダイシにとってもファーストチョイスとして重宝している貴重な戦力だ。


さて、ピックアップしたい選手はもっといるが今回はここまで。
これらの欠かせない選手たちをさらに活かせるか、過密日程で控え組の選手たちがどのような役割を果たすか、シーズンを左右する中盤戦を見届けていきたいと思う。

さいごに

前述のセルウェルが登壇したインタビューでは、注目したい発言があった。

「エバートンのようなビッグクラブにとって、いかにしてエリートの仲間入りを果たすか、いかにしてトロフィーを争うようになるか、いかにしてヨーロッパに復帰するか、それがビジョンでなければならない」

「ワールドクラスのスタジアム建設も控えているので、それにふさわしいチームを作りたい。もし今年15位だったら、翌年は12位でなければならない」

「エバートンのようなビッグクラブで働けるのは特権だと思う。ある年はここ、次の年はあそこでフィニッシュする必要がある、というよりも、私たちが抱えている短期的、中期的な問題の解決策を見つけるにはどうしたらいいか、そして私たちが本当に望んでいる場所、みんなが期待している場所に戻るにはどうしたらいいか、ということが大切だと考えている」

この上で、セルウェルは戦略における4つの柱を挙げている。

  1. 我々は何者か

  2. どのようにプレーするか

  3. どのようにサポートするか

  4. スタッフの育成

ダイレクター・オブ・フットボールのポジションに就任して以降、特にセルウェルが熱心にテコ入れを進めてきたのが舞台裏の環境整備としての3、4の項目である。

そして、ダイシのチームが初のフルシーズンを戦う23-24シーズン。今現在1、2の項目について少しずつ歩みを進めていると感じるのである。

「プレミアリーグに残りたいからこそ、経験があり、それができる人物を見つけなければならなかった。実際のところ、は私たちのフットボールにおけるエキスパートになった」

「そして、ショーンはそれにぴったりだった。私の考えでは、彼はエバトニアンが大切にしている労働者階級の価値観を体現している。バーンリーでのショーンとエバートンでのショーンを見れば分かるように、彼はすでに進化しているし、データがそれを物語っている。もちろん、これからもっと進化していくだろうし、常にある非常に難しい状況の中で、本当にいい仕事をしていると思う」

我々は何者なのか。
ピッチの内と外はひっくり返したように異なる状況に包まれている。
アップサイドダウン、前進するチーム、過去数年に渡る失態、しがらみに自らの首を絞めているクラブ、状況を改善させようと奮闘する残されたスタッフたち。そして、複雑な心境で今季を追うことになる私たちにとって、厳しい冬はいつまで続くだろうか。忙しくなる中、少しの心構えと準備を進めよう。冬支度を整えて、期待だけではなく諦観へ。

次号、エバートン・フットボールクラブの運営、買収問題、PSRのルールに抵触した直近の出来事を軸に、-ダウンサイド編-をお送りする。

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