「臆病か堅実か?エバートンの守備/CKを分析する。」前編 NSNO Vol.16 / 22-23 エバートン ファンマガジン
◇はじめに
今号のNSNOでは、22-23シーズン・エバートンの序盤戦におけるコーナーキックの守備について分析する。ここまでプレミアリーグで11試合を消化。2勝4分5敗、勝ち点10で15位。辛うじて降格圏を免れている状況だ。1試合あたりの平均勝ち点は0.9ポイント。先行きは怪しい。
未だ発展途上で課題の多いチーム。
それでも、チームの副官としてランパードが望んだジェームズ・ターコウスキ、コナー・コーディの存在がエバートンの守備力を向上させていることは間違いない。新戦力のイドリッサ・ゲイェ、アマドゥ・オナナがミッドフィールドに迫力をもたらしているのも明るい部分だ。W杯を前に意気込むジョーダン・ピックフォードは予想ゴール値を超えるセーブを繰り出す。実質今季の補強と言っていい若手のネイサン・パターソンも攻守に存在感を発揮(現在は負傷で離脱中)、ヴィタリー・ミコレンコが少しずつ成長しているのも前向きな要素である。
決して順風満帆ではないシーズンの滑り出しだが、一時はリーグ最少失点の成績も残したように守備には少なからず改善がみられている。
本稿では前後編に渡りコーナーキックの守備についてその中身を深堀したい。
まず「NSNO Vol.16」では、ゲーム内の事象に迫る前にその外堀から埋めていきたいと思う。
◇セットプレイコーチ
今でこそ、トレンドである「セットプレイコーチ」というフレーズも聞き馴染みのあるものになっているが、エバートンもその体制をとるクラブのひとつである。カルロ・アンチェロッティの時代には息子のダビデ・アンチェロッティがセットプレイの指揮を執り、広く評価を受けるなど話題になった。その20-21シーズン、セットプレイからの失点数は僅かに7。リーグ3位の成績を残したのである。
ところがラファエル・ベニテスに代わったチームで情勢は一変。21-22シーズン、プレミアリーグにおけるセットピースを通じた失点数ではエバートンがリーグワーストの22失点を記録した。総失点数66のうち約3分の1を占めるほどであり、残留争いに陥った大きな要因でもある。
昨季、フランク・ランパード就任時にはレジェンドたる縁から、豪華なコーチスタッフを揃えることができた。
ファーストチーム・コーチに抜擢されたポール・クレメントはかつて躍進したスウォンジー・シティの監督を務め、近年ではPSGやレアル・マドリーでカルロ・アンチェロッティの側近として役目を果たした。CL優勝を経験するなど豊富な経験を持っている。
そのクレメントが21-22シーズン後半からチームの戦術面のサポートを行う傍ら、セットプレイの構築を担当した。ダビデ同様、名将の下で培ったノウハウが生かされることを期待した。
しかし、ベニテス時代から続く脆弱なセットプレイ守備は大きく改善されることなく残留争いに巻き込まれることとなった。最も、セットプレイ以外にも多くの問題が浮き彫りになっていたのは、応援していたファンが身に染みて体感したことでもあるだろう。
今夏、その側面もあってかコーチスタッフの担当変更が行われた。ランパードと長く共に歩んできたアシュリー・コールがセットプレイの構築を任されることとなったのだ。
特にメディアからも注目され始めたのは、第8節のウェストハム戦で相手に与えた14本のコーナーキックを防ぎ、1-0の完封勝利を収めた後だった。
ランパードはアシュリー・コールを含めた分析班にコメントし、8節まで63本のコーナーキックを浴びながらもしぶとく耐えるチームに賞賛を送った。
新たな体制と選手を含め、勝利という事実に限らず、弱点を克服したことは自信に繋がったはずだ。
イングランド屈指のレフトバックだったアシュリー・コール。パターソンやミコレンコといった同ポジションの若手へ個人指導も行うなど、選手からの信頼も厚い。
昨冬に蒔いた種が芽を出し始めているのは喜ばしいことだ。
◇リーグでもダントツ?
増える守備コーナーキック数
▼臆病か?堅実か?
身に付けた守備力の功罪
しかしながら、多くのコーナーキックを与えたことは、それだけ相手に度重なるチャンスを与え、自陣深くまで攻め込まれているのと同義ではないだろうか。
ピックフォードのビッグセーブ、ターコウスキの瀬戸際でのクリア、さらにはウッドワークに助けられたシーンなどいくつも思い浮かぶ。
今年8月末時点のエバートンを分析した「The Analyst」の記事では、サンプル数が限られる時期ではあるもののランパード・エバートンの現状を知るのに最適な内容だった。
主な課題や指摘として下記のことが挙げられている(意訳)。
辛辣。あれこれ好き放題言われている気にもなってしまうが、記事タイトルにもあるように、"安全第一のアプローチが安全を保障するものではない"、というフレーズは言い得て妙である。読みながら頷くばかりだった。
過去を遡ると、ランパード・チェルシーの課題として顕著だったのは、アグレッシブなハイプレスによる中盤の空洞化、間延びしてしまうライン間に守備の脆弱性があったことだ。エバートンではその反省点を踏襲しているといっても過言ではない。5バックにしろ4バックにしろ、守備時のラインは低く、中盤の選手もライン間を圧縮してできるだけコンパクトにブロックを作る。故にハーフコートで相手を待ち構える時間は多く、相手にボールポゼッションを委ねるのが常となっている(今季ポゼッションで相手を上回ったのは第8節のウェストハム戦のみ)。
同じロウブロックでも、前線からのプレッシングで肝だったリシャーリソンの穴を埋められていない現実も見え隠れする。
そして、ここでの問題はチェルシー時代のようなハイプレッシングを行うリスクを選ばずとも、相手により多く前進的なパスを許し、繋がせてしまい、シュートを打たれているということだ。
では、実際にエバートンはどれほどシュートを打たれ、ピンチを招いているのか探ってみることにしよう。
▼スタッツから考える、被シュート数と守備セットプレイ
10月中旬に公開された同じく「The Analyst」(Opta Dataに基づく)によるプレミアリーグのスタッツ記事を分析してみた。
(※本稿執筆時ではニューカッスル戦終了後、10月20日に更新されたデータを参照する)
まず、オープンプレイ。リーグ戦を11試合消化した時点(第12節ニューカッスル戦迄)で、エバートンは125本の被シュート数を記録した。これはリーグワースト4位の数値でオープンプレイのxGAは12.76、実際には流れの中から9失点を記録した。
他クラブと比較してみよう。
最もシュートを打たれたチームは意外にもトッテナム、計144本を打たれたがxGAは10.37とエバートンよりも危険な位置からのシュートは打たれておらず、実際はオープンプレイで10失点という成績だ(直前のゲームでマン・ユナイテッドに敗戦)。
ここで上位チームとの差を感じるのは、トッテナムは144本のシュートを打たれながら、攻撃では114本のシュートを放ち、xGは11.20で12ゴールを計上。エバートンはオープンプレイから78本しかシュートを放てず、xGは7.78で6ゴールという結果。トッテナムとエバートン結果的な数値には倍の差があることが分かる。
この比較から私が推察できるのは、シュートを打たれながらもいかに守→攻(ネガティブ・トランジションからポジティブ・トランジション)へと転じられるか、カウンターで相手のゴールまで迫ることができるかを考えられるスタッツだということ。
そして、前述のとおり安全策をとるが故にロウブロックの守備を敷き、スムーズに攻撃に転じることができないため、相手の攻撃をクリアやブロックで逃げ切る場面が多く、簡単にトランジションを明け渡しているのだ。ファイナルサードまで侵入されるケースが頻発しているひとつの要因である。結果、自ずと守備コーナーキックの回数も増えてしまうのも納得できる。
もちろん、トッテナムのようなクラブと戦術やタレント力の違いはある。ターコウスキを筆頭に守備面で素晴らしいスタッツを記録しているが、それがどれだけ攻撃に繋がっているか、と考え始めると難しい側面にぶち当たる。
話が逸れ過ぎないよう、今回はセットピースに関する記事のため、セットプレイに関わるスタッツも確認してみたい。
エバートンはセットプレイ(コーナーキックに限らずフリーキックを含む)で56本のシュートを受けている。この被シュート数はリーグトップ。2位はマン・ユナイテッドで49回。その後はボーンマスやノッティンガム・フォレストと続く。
現在セットプレイからの失点を「1」と記録するエバートン。数少ない前向きな要素に胸を張りたいところだが、この数字は我々に限ったものではない。
セットプレイからの失点数がエバートンより好成績なのはリヴァプール(0)、ウェストハム(0)の2チーム。同数にいるのがアーセナル(1)、トッテナム(1)だ。
また、4クラブそれぞれが受けたセットプレイからの被シュート数はリヴァプール(19)、ウェストハム(22)、アーセナル(20)、トッテナム(28)である。エバートンが(56)であることを踏まえるとその回数は歴然とした差がある。
以上から、エバートンがセットプレイで最も多くのシュートを与えているクラブでありながら、そこから生まれた失点数との割合では最もゴールを防いでいるクラブと理解することができる。ポジティブな目線もあるが、コーナーキックを始めとするその多さは大きな課題だ。
当然ながら相手にはセットプレイを与えない方が賢明とも考えられる。そもそも、アタッキングサードや、ペナルティエリアに侵攻されるケースを減らすべきではないのか。
ロウブロックで相手を待ち構える''安全第一''なシーンに加え、トランジションでポジショニングを怠り、緩んだスペースを突かれる場面も散見される。
結局のところ、ターコウスキやコーディの個人能力に依存し、ロウブロックを極めるわけでなく、ハイプレスにも振り切れず、中途半端なスタイルに陥っているのではないだろうか。
現状のスタイルを継続し、自陣に引き込みセーフティーにクリアで逃げるのか、コーナーキックに至る分析以前に多くの問題に直面するだろう。守備と守備コーナキックに費やす時間だけ、エバートンは攻撃のための時間を失っているのだ。いわば集中力の無駄遣いである。
「堅実」に見えた新しいシーズンのエバートンは、序盤戦を経て「臆病」なチームに見えてならないのだ。
さて、エバートンの守備コーナーキックの回数、オープンプレイのみならず、セットプレイの被シュート数が多いこと、ピンチの場面を弾き返し、なんとか奮闘して失点を抑えていることはご理解いただけたと思う。
後編では実際の試合から、守備コーナーキックの強みや弱み、その他特徴をお伝えしていきたい。前編ではその基本的な解釈を述べておきたいと思う。
私自身が勉強中だが、今後読者の方がエバートンの守備コーナーキックを見る助けになれば幸いだ。
◇コーナーキック分析
1.基本配置
守備/コーナーキックでは、エバートンはゴールキーパーを除いたフィールド・プレイヤー10人を守備に動員させている。ほぼ全員がペナルティエリアに陣取ることで、前線に選手を残す手法はとっていない。
相手よりも可能な限り数的優位な状況を作り出すことを優先しているようだ。コーナーキックから絶対失点しない!という意図が汲み取れる。
まずは基本的な配置を確認した上で、それぞれの役割を確認してみよう。
<ゾーン>
ゾーンディフェンスを担当するのは大きく分けて6名。ペナルティエリアからさらに深い位置、ゴールエリアのライン付近に3人が横並びするケースが多い。フラットな横列3人のうち、ボールサイドに近い1名はニアのグループに属する。ニアでもファーでもなく中央に構える2名はCBが担当。これは3CB、2CBを採用したどちらの試合にも併用されている。
<ニア>
図1のようにゾーンディフェンスのエリアでは、ニアに3人を縦列に近い形で配置する。
コーナアークのボールに対し、キーパーの前(ゴールポスト)に1名。横列3人の端、及び縦列中央に当たる位置に1名。その隣、ゾーンディフェンスではもっとも高い位置に1名だ。
<ファー>
最後方のゴールポストポスト付近、または中央ゾーンディフェンスと同一ラインに1名。ファーのエリアにポジションする。現在ではフルバックの選手が担当するケースが多い。
<マンマーク>
マンマークディフェンスで対応するのは3名。ゾーンディフェンスの選手たちが静的には基本配置通りに構える中、マンマークのためケースバイケースで相手選手のポジションによって担当エリアは変わる。
主に務めるのはFWやMFの選手が多く、攻撃側のメインターゲットをチェックする役割を担う。
<ショート>
相手プレイスキッカー、コーナーアークに近く位置するショートコーナー対策に1名を採用。真っ先にプレスをかける役割だ。主にここまで全試合スタメン出場のデマライ・グレイが担当している。
<基本配置まとめ>
前述のとおり、以上の10名がコーナーキックの守備につく。これは序盤戦の前半から後半にかけてフォーメーションが変わった中でも継続して採用されている基本配置となる。ただし、負傷による選手起用の差や選手の特徴によって担当の配置が変わることもあり、序盤戦の中で修正が加えられている。
また、GKピックフォードはほとんどのゲームでゴール中央に構えており、ポジション取りとしてパターンが変わるケースはほとんど見られていない。
さて、ここからは実際の試合からどのように基本配置と役割が機能しているかをチェックしてみよう。
…前編はここまで。
次号、後編にて実際のディテールを確認し、
エバートンの守備/CKに迫っていく。
2022年10月
月刊NSNO Vol.16
「臆病か堅実か?」
エバートンの守備/CKを分析する。
前編
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