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「新時代の到来-TFG特集-」NSNO Vol.32
はじめに
思い返せば、2022年に遡る。マンチェスター・ユナイテッド、チェルシーの元CEOピーター・ケニオン、アメリカの石油王ジョン・ソーントン、ポーランドの不動産王マチェク・カミンスキ。
彼らが手を組むコンソーシアムがエバートンの買収を狙い、クラブのオーナー、ファルハド・モシリとの独占交渉期間が設けられた。ベニテスで沈み、ランパードで耐えた頃だ。
それから、あまりに多くのことが起きた。
クラブが抱えた負債、その重荷とリスクを背負う覚悟ができる、モシリの提示した条件を相応の価値だと汲むような、懐の広さと本当の意味で野心を持った買い手はなかなか現れなかった。
F1やMLS、NBAといったスポーツの世界で、すでに複数のポートフォリオを持つMSPスポーツ・キャピタル。地元リバプールの実業家アンディ・ベルとジョージ・ダウニング。そこに融資を持ちかけたのはIT業界の億万長者マイケル・デルの資産を投資するBDT&MSDパートナーズ。さらには、国際的な投資家グループを率いるロンドンの富豪ヴァチェ・マヌーキアンや、MLBは元LAドジャースのゼネラル・マネージャーであるケビン・マローン。そして、時間だけが刻々と過ぎる中、我々を不思議の国へ誘った天使に見せかけた悪魔、ジョシュ・ワンダーと777パートナーズ。
減点の悪夢と度重なる残留争い。不透明、不確実、そんなワードばかり見かける時間が続いた。それでも好機と見て手を挙げたアメリカの実業家、イーグル・フットボール・グループのジョン・テクスターと、同じくアメリカ/テキサスに拠点を持つ資産家であり、一時は買収撤退したASローマを率いるダン・フリードキン。
たった2年だが、このnoteで経緯を遡れば、フリードキン特集と銘打った企画は一向に始まらないことだろう。
"白馬の騎士"を待ち続けたエバートン・フットボールクラブ。
暗黒の時代にこそ、真のサポーターが現れる。とは、よく耳にしたものだが、新たなオーナーは真の顔・頭脳として、私たちの愛するをクラブを本来の姿へと導くことは出来るのか?後に壮大なエピックのひとつとして刻むことはできるだろうか。
2024年12月19日、かねてより報道されてきた通り、クリスマスを前にしてようやく吉報が届いた。
Club Statement: Everton Football Club acquired by Roundhouse Capital Holdings Limited, part of The Friedkin Group. 🔵
— Everton (@Everton) December 19, 2024
冒険の夜明け。まずは地に足をつけ、ダン・フリードキン、そしてザ・フリードキン・グループを知るところから始めよう。
NSNO Vol.32
「新時代の到来
-TFG特集-」
◇ダン・フリードキン
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(写真:Silvia Lore/Getty Images)
ダン・フリードキン/Thomas Dan Friedkin
ダン・フリードキンは、自動車、ホスピタリティ、エンターテインメント、スポーツ、アドベンチャー産業における事業と投資を行う非公開のコンソーシアム、フリードキン・グループの会長兼CEOだ。
ビジネス界でリーダーシップを発揮するだけでなく、野生動物保護活動や航空、機会、教育など様々な慈善事業にも積極的に取り組んでいる。
フリードキン・グループが革新と進化を続ける中、ダンの企業へのコミットメントには、当社の価値観を継承する次世代のリーダーを組織内から育成し、鼓舞することも含まれている。
ダンはジョージタウン大学で学士号、ライス大学でファイナンスの修士号を取得。
ダン・フリードキン。1965年アメリカ/カリフォルニア州・サンディエゴ生まれ。フリードキン・グループを所有し、事業の中核を成すのは自動車関連。テキサス州ヒューストンに本拠を置くガルフ・ステーツ・トヨタ(GST)を傘下に収めている。ビリオネア・ランキングでは364位に入る億万長者である。
参考:ビリオネア・ランキング1位は皆さんご存知のイーロン・マスク、1桁台にはAmazonのジェフ・ベゾスや、Facebookのマーク・ザッカーバーグなど。前オーナーであるファルハド・モシリは1259位。(いずれも2024年12月18日時点)
ダン・フリードキンはアメリカの裕福な実業家とパイロットの家系に生まれた。 祖父のケニー・フリードキンは1949年にパシフィック・サウスウエスト航空を設立し、後にUSエアウェイズに売却された。 ケニーの息子(ダンの父)であるトム・フリードキンもまたパイロットであり、非常勤のスタントマンでもあった。そして、レーシングカー愛好家。1960年代にアメリカの5つの州で日本のトヨタ車を販売する権利を獲得した。
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1969年 ガルフステーツ・トヨタ設立
父トム・フリードキンは日本の自動車メーカーと提携し、テキサス州、オクラホマ州、アーカンソー州、ミシシッピ州、ルイジアナ州全域に自動車を販売する大胆な新規事業を立ち上げた。 ガルフ・ステーツ・トヨタはその後、世界最大級の自動車販売会社となる。
1969年、父が設立したGSTは現在、TFGの主要子会社であり、世界最大級の独立系ディストリビューターとして評価されている。 ダンは30代半ばでCEOに昇進し、2017年に父が他界した際に会社を引き継ぎ現在に至っている。
その後、12カ国に11,600人以上の従業員を擁するグローバル・コンソーシアムに成長していく。
◇TFG(=The Friedkin Group)
TFGとは
世界最大級の独立系トヨタ販売会社から、受賞歴のあるラグジュアリーリゾートまで、フリードキン・グループとその傘下企業は、「日常を超えたクラス最高の体験を提供する」という共通のミッションで結ばれている。
前述のGSTは、フォーブス誌の「アメリカ最大の民間企業」リストに常にランクインしており、ヒューストンの民間企業の中でも上位。GSTによるネーミング・ライツ(命名権契約)により、トヨタの名前はテキサス州トップクラスのスポーツ施設や娯楽施設を飾っている。アメリカにおける"トヨタの王"という異名も生まれた。
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MLS、FCダラスの本拠地
「トヨタスタジアム」
(愛知県じゃないほうだよ)
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「トヨタ・フィールド」
TFGのホームページ「COMPANIES」の一覧にはGSTにとどまらず、実に18もの傘下企業が並ぶ。もちろん、買収発表後にはエバートン・フットボールクラブもポートフォリオのひとつとして加えられている。
企業
フリードキン・グループは、自動車、エンターテインメント、ホスピタリティ、スポーツ、アドベンチャーなどの分野で事業を展開する、クラス最高の企業で構成される多様なコンソーシアムです。 世界最高のクルマで何世代ものドライバーをつなぐこと、旅行者が素晴らしい旅先で忘れられない思い出を作るお手伝いをすること、ハリウッドで最も魅惑的なストーリーを銀幕で実現すること、あるいは欧州サッカーの最高峰で競い合うことなど、私たちは人々の情熱に火をつけるような特別な体験を提供することに努めています。
TFGはエンターテインメント、ラグジュアリー・トラベル、スポーツと事業を多角化してきた。 例えば、TFGの投資部門であるフリードキン・インターナショナルは、ピカデリー・サーカスに近いロンドン中心部にオフィスを構え、主にハイテク事業に取り組んでいる。
フリードキンは家業を継いた後、映画業界に手を広げた。2019年アカデミー賞受賞作『パラサイト』を製作した映画製作会社『ネオン/NEON』を買収。
また、スタジオ「インペラティブ・エンターテインメント」を共同設立。ここで特筆すべきは、フリードキンは映画製作に対して傍観しているだけでなく、ハリウッドの超大作映画『ダンケルク』のために76年前のスピットファイア(イギリス製の戦闘機)を自ら海岸に着陸させ、全米映画俳優組合賞の「最優秀特殊スタント賞」を受賞した。「オッペンハイマー」でアカデミー賞を席巻したクリストファー・ノーラン監督がパイロットとスタントマンの資格を持つフリードキンを呼び寄せたのである。
2017年にはティモシー・シャラメ主演『ホット・サマー・ナイツ』を、その後も複数の作品に携わり、2023年には巨匠マーティン・スコセッシ監督とタッグを組み、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンスらを結集し、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を製作。第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、撮影賞など10部門でノミネートされた。
極め付けは2022年に製作された、『フレンチアルプスで起きたこと』でも著名なスウェーデンのリューベン・オストルンド監督、パルムドール受賞作品『逆転のトライアングル』で製作会社として携わったことだ。TFGのエンターテイメント部門として既に成功を収めていると言えるだろう。
What the world needs now.
— NEON (@neonrated) August 9, 2022
⁰Ruben Östlund’s Palme d’Or winner, TRIANGLE OF SADNESS, sets sail in theaters October 7. pic.twitter.com/xPNdfUAuVc
『トライアングル・オブ・サッドネス』(邦題:逆転のトライアングル)は、作品賞、監督賞、脚本賞など、アカデミー賞で最も名誉ある賞のいくつかにノミネートされている。 インペラティブ・エンターテインメントが30WESTと共同で製作し、NEONが配給する『トライアングル・オブ・サッドネス』は、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したほか、BAFTA賞3部門、ゴールデングローブ賞2部門にノミネートされている。
また、TFGはカンヌでのパルムドール受賞後にフランスサッカー4部に所属しているASカンヌを買収し、エバートン同様にサッカークラブを複数所有していることになる(こちらはこちらで苦戦しているようだが…)。
エバートンと映画業界が直接的に結びつくとは考えにくいが、今回を機にTFG関連作品に手を伸ばしてみてはいかがだろうか?
◇ASローマ
さて、ここまでのような自動車やエンターテイメント部門に力を注ぐTFGの傘下企業リストを眺めた時、我々フットボールファンが最も興味を惹かれるのは同じヨーロピアン・フットボールの歴史あるクラブ、イタリアの雄ASローマだろう。世界最高峰のクラブであり、100年近い歴史、イタリアのみならず世界中に熱狂的なサポーターを持つ。
直近では、ヨーロッパ・カンファレンスリーグ優勝、さらに遡れば3度のセリエA優勝、9度のコッパ・イタリア優勝、そして大陸のトップコンペティション常連クラブでもある。
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(写真:Silvia Lore/Getty Images)
スピットファイアでリアリティを、そしてローマでは監督と選手を空輸するダイナミックさを披露し、移籍を完了させている。フリードキンに関する資料を集めていくと、彼のワイルドな派手さを感じる一方で、ほとんど公での発言は残さない、といった特有のスタイルが見えてきた。業界では所謂"大物"オーナーではなく、謙虚で結束力のあるファミリー・グループであると評価されている。過去の写真を探ると、スタジアムやゴルフ場で脇に並ぶ人物が頻繁に映っている。息子のライアン・フリードキンだ。ライアンはインペラティブ・エンターテインメントの共同設立者でもある。そして父と共に率いるのがASローマだ。
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(写真:Richard Heathcote/Getty Images)
息子のライアンが今後エバートンとどのような関わりを持つのかが注目されている。ASローマでの職務から人をシフトさせる計画は今のところなく、外部からの採用を検討していることが報じられている。
ライアンはエバートンへの投資に熱心な姿勢を見せたほどイングランド・フットボールの大ファンであり、クラブの新時代を牽引する手助けをすることになると予想されたものの、ローマでの要職を辞してマージーサイドに移転する予定はないようだ。
ノッティンガム・フォレストのマリナキスオーナーと手を組むことになったリナ・スルーク(12月にCEOへ就任)の退任後、ライアンはスタディオ・オリンピコで暫定CEOを務めており、セリエAサイドに引き続きコミットしていることを強調している。
その代わり、エバートンには重鎮とされるその他の経営陣が配置され、彼らのビジョンを実行するための権限が与えられる可能性もあると指摘された。
TFGがASローマを買収したのは世界がパンデミックに覆われた2020年のこと。2011年からアメリカ資本となって以来、ボストン出身のジム・パロッタ氏が率いていた8年もの月日に別れを告げ、フリードキン陣営がクラブを引き継いだ。パロッタ政権で無冠に終わったローマにとって、新時代の幕開けとも捉えられた。2019年秋頃からスタートしたと言われている買収交渉はパロッタとの交渉が上手くいかず、コロナウイルスの影響が及び難航したものの、その間にクラブの財政状況が悪化。これが買収プロセスに拍車をかけ、20/21シーズン開幕前である2020年8月上旬に合意へと至った。
就任当初にチームを率いていたのはエバートンでも噂になったことがあるパウロ・フォンセカ。少なくとも、20/21シーズン開幕直後からフリードキンの影響が明確に兆候として現れたわけではない。おそらく、最初の大きな一手はそのフォンセカを解任し、ジョゼ・モウリーニョを招聘したことだろう。初年度のリーグ戦を7位で終えたローマは、3年連続でCL出場を逃しクラブの実績を踏まえれば低迷期に突入しかけていると評価されても過言ではなかった。2021年5月、大陸とイタリアを熟知した世界的な名将を引き入れた。目標はもちろんイタリアのトップ4へ返り咲くこと。その夏(21/22)には€130mを超える大型補強を敢行した。
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(写真:Fabio Rossi/AS Roma via Getty Images)
今季、ACミランと1年のローン契約を結んだエイブラハムは、フリードキン・ローマにおける最初の目玉補強だった。移籍金は€40mにも上る大型契約だ。加入初年度には37試合に出場、17ゴールをマークした。冒頭のカップを掲げたフリードキンの姿は象徴的な1枚だが、このシーズンに獲得したタイトルである。現リバプール指揮官、アルネ・スロットのフェイエノールトを下しての戴冠だった。
しかし、意外にも22/23シーズンは移籍金による出費を抑え、リールLOSCから獲得したゼキ・チェリク以外の面々は、アンドレア・ベロッティ、ネマニャ・マティッチといった経験ある実力者のフリー・トランスファーが軸となった。移籍金収支だけを見れば、1年前に当たる21/22シーズンは選手放出による収益がほとんどなく、€100m以上の赤字となっていたことが要因かもしれない。それでも、前年のエイブラハムを上回る大型選手の派手な補強を成功させ、選手の売却にも力を入れた。ニコロ・ザニオーロ、ジョルダン・ヴェレトゥ、パウ・ロペス、また将来性のあるカラフィオーリ(現:アーセナル)といった中核以上の選手を手放しスカッドの入れ替えが行われた。移籍金収支は€70m以上の黒字となる。
Eccolo! 🤩
— AS Roma (@OfficialASRoma) July 26, 2022
💎 @PauDybala_JR x #ASRoma 🟨🟥 pic.twitter.com/e2L1f4oCfG
上記、アルゼンチン代表パウロ・ディバラの獲得はオーナーの野心を示すには格好の補強となったはずだ。入団セレモニーの光景がそれを物語っている。
続く23/24シーズンでもこの傾向が続いた。補強はフリーとシーズン・ローンが軸。目玉はなんと言っても元エバートンのエースであるロメル・ルカク(ローン)。フリードキン自ら飛行機を操縦し、イタリアに連れて移籍を完了させるというアメリカンならぬイタリアン・ドリームを完遂。その他、リヨンのフセム・アワール(フリー)、PSGのレアンドロ・パレデス(€2.0m)、レナト・サンチェス(ローン)といった代表クラスの有名選手が加入。一方の放出面では、イバニェスやクライファート、その他若手の現金化にも成功し、移籍金収支を約€60mプラスで終えている。
22/23シーズンのECLに続き、23/24シーズンはELに出場したローマ。ここでも健闘を見せ、準決勝進出を果たしている。無敗記録を伸ばし続けていたシャビ・アロンソのレヴァークーゼンを前にして惜しくも散ることになってしまった。しかし、それを上回ったのが同じイタリア勢のアタランタだったことはなんとも皮肉だ。というのも、欧州カップ戦で結果を残していた様相とは裏腹に、リーグ戦でのトップ4という目標にはなかなか近づけないままでいるのである。
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セリエAにおけるローマの
過去10年順位表推移をピックアップ。
ピッチ上の成績が順風満帆とは言えない中で、TFG就任後に改善されたピッチ外の評価がある。クラブの売上高は、彼らがやってくる前の19/20シーズンの€150mから、22-23シーズンの最後に公表された決算では€224mに増加した。
トヨタやTFGのオーベルジュ・リゾーツとのスポンサー契約もあり、商業収入も増加した一方で、就任4年間で損失は半減した(€204mから€102m)。 チケットの売れ行きも大幅に伸びているという現状はプラスとして捉えることができる。だが、今年9月ローマはUEFAのFFPに抵触し罰金を支払っている。今夏24/25シーズンには大型補強を行なっているだけに明確な結果が求められている。ラ・リーガ得点王のアルテム・ドフビク、ユベントスからマティアス・スーレ、レンヌからエンゾ・ル・フェーの3人で€80m近くを費やし、無所属となっていた実力者、マッツ・フンメルスやマリオ・エルモソ、その他ローン選手なども含めて12人が加入している。
「59」。TFG買収後にASローマが獲得した選手の数だ。エバートンの同時期(20/21〜24/25)と比較すると22人も多いことになる。商業的にクラブの懐を暖めることに成功したTFGだが、その使い道がチームの成績へと着実に還元されているか、今一度その戦略を問う必要がある。PSRのボーダーラインと、僅少な資金で満足な補強を進められなかったエバートンの背景、その状況へ追い込まれるに至った失敗を繰り返してはいけない。
これは監督人事の採用面にも通ずる話だ。カンファレンスリーグを制したモウリーニョ時代に陰りが見えた後、クラブのアイコンでもあったダニエレ・デ・ロッシを暫定監督として抜擢。だが、選手時代に600試合以上の出場を果たした監督は約8ヶ月で愛する都を離れることになってしまった。3年の本契約を結んだあとの新シーズンとなった今季、1分け3敗とスタートダッシュに躓いたあと、クラブは冷徹な判断を下したのである。
しかし、そのクラブを受け継いだクロアチア人のイバン・ユリッチ(現:サウサンプトン)は就任した9月からたった2ヶ月で袂を分つことになる。
新監督に就任したのはミラクル・レスターでもお馴染みクラウディオ・ラニエリ。今シーズン終了後にはオーナーシップのアドバイザーを務める上層部の幹部として役割を移行するという話もある。要は、ローマの役員たち=TFGの面々にスポーツ面のアドバイスを送る立場になると予想される。
ローマは、2024年の初頭にGM(ゼネラル・マネージャー)が交代するという動きも発生している。
TFG買収後のGMを務めていたチアゴ・ピントは、ベンフィカでもダイレクターを務めていた経歴を持ちモウリーニョ招聘の立役者でもあった。しかし、就任から3年の節目で退任し、現在はボーンマスのダイレクターとして活躍中。次なる人事に動かなければいけないローマは、昨季終盤にニースの敏腕ダイレクター、フローラン・ギソルフィを新たな責任者として任命した。
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(写真:Giuseppe Bellini/Getty Images)
この度重なる監督解任、そして兵站、戦略、戦術を練っていくダイレクターの交代、身に覚えのある展開に聞こえてくる。ティフォージが抱く熱い思いの先で、所謂"迷走"とも言えるクラブの動向へ様々な邪推を浮かべてしまう。そんな喧騒の中で、エバートンの買収に手を伸ばしたオーナー・グループ。今、現地のロマニスタたちは何を想うか?両手に乗せられた歴史あるクラブは、互いに切磋琢磨できるのだろうか。
◇大忙し!エバートンの新体制は?
ASローマの戦績や補強、チーム事情を確認しエバートンではどのような戦略が実践されるのか気になるところだ。そう、二足の草鞋になりかねない。そんな懸念を抱いてしまう。
ここまでTFGの傘下企業について一部ではあるが触れてきたところで、新たに加わったエバートンの首脳陣、新体制について確認しておこう。この部分においては今後数週間以内に発表される見込みであり、現段階で判明していることをおさらいしておきたい。
まずは財政面。新時代の滑り出しとして明るい情報が届けられている。
すでにMSPへの£140mの負債をカバーし、クラブの日々の運営を賄うために£110mを融資しているという。
£800m以上あったクラブの負債を大幅にカットし、その中にはTFG自身や前オーナー、モシリへの支払い金も含まれている。 長年の債権者であったライツ・アンド・メディア・ファンディング(RMF)のローンは完済し、もう1社の米国の保険会社A-CAP(777パートナーズの資金調達先)との間で支払い計画が合意された。 この計画は、クラブに残る負債を新スタジアムを担保にして、長期の低金利で再編成するというものだ。ホッと胸を撫で下ろす、という心境が正直なところだ。
— Everton (@Everton) December 20, 2024
早速、新体制の就任発表後には、新スタジアムの引き渡し式に参列したTFG御一行。 2025年前半に予定されているスタジアムの内装工事を完了させるため、新たな資金を提供したとされている。
マーク・ワッツはTFGの社長であり、ブライアン・ウォーカーはローマのスポーツ投資戦略・開発担当副社長に就任。
TFG傘下のラウンドハウス・キャピタル・ホールディングス・リミテッド(ラウンドハウス)が正式にクラブを所有することになり、ワッツはグディソン・パークのエグゼクティブ・チェアマンに就任してクラブ運営を担当、ダン・フリードキンが取締役会長に就任する。
TFGの最高財務責任者であるアナ・ダンケルと、クラブの暫定CEOであるコリン・チョンも取締役に就任する。 クラブによれば、今後数週間のうちにさらなる人事が行われる予定だという。
ここで、正式に買収承認が決まった後の各関係者のコメントを確認しておこう。
Dan Friedkin writes to Evertonians following our takeover completion. ✍️🔵
— Everton (@Everton) December 19, 2024
ダン・フリードキン コメント抜粋
イングランドで最も歴史あるフットボールクラブのひとつを、私たちのグローバル・ファミリーであるフリードキン・グループに迎えることができ、大変誇りに思います。 エバートンは誇り高きレガシーであり、私たちはこの偉大なクラブのカストディアンとなることを光栄に思います。
(中略)
私たちはクラブにとって新しい存在ですが、エバートンが地元の文化や歴史、そして国内外のエバトニアンの生活において重要な役割を果たしていることを十分に理解しています。 私たちは、この素晴らしい街のコミュニティ、経済、そして人々へ積極的に貢献しながら、このレガシーを尊重することに深くコミットしています。
マーク・ワッツ コメント抜粋
私たちは、皆さんのクラブの新しい管理者となることを誇りに思います。 私たちは皆さんと共に、エバートンを野心とプロ意識に満ちた新しい時代へと導いていきます。 エバートンのスチュワードとして、私たちは言葉ではなく行動でクラブへのコミットメントを示すことを楽しみにしています。
私たちは、クラブには並外れた人材が働いていると信じています。 エバートンの歴史の中で困難な時期を乗り切るために示された回復力と献身は、見ていて感動的であり、私たちが築き上げるための素晴らしい土台となっています。
フリードキン・グループは、イノベーションとビジネス経験を原動力とする集中的なアプローチを取ります。 私たちの長期的なビジョンは、ファンの情熱とクラブの素晴らしい資質を活用し、エバートンの潜在能力を最大限に引き出すことです。 私たちの目標は明確です。
- 思慮深く戦略的な投資によるメンズ・トップチームの強化。
- エバートンアカデミーを通じてホームグロウンのスーパースターを育成すること。
- ウィメンズ・チームのピッチ上と商業上の戦略を明確にする。
- クラブの伝統を尊重し、エバートンは地域社会の中心であり続ける。
- 長期的な商業パートナーシップとリバプール市に利益をもたらすイベントを通じて、新スタジアムの可能性を最大限に引き出す。
- 世界のフットボール界におけるユニークで歴史的な名声あるクラブとして、エバートンの評判を高めること。
短期的には、クラブがここ数年ピッチ内外で大きな課題に直面していることは理解している。 そのため、当面の優先事項はクラブの安定化とピッチ上の成績の向上です。
我々は、新スタジアムの完成を確実にするために資本注入を行った。 この取引により、エバートンの負債の大半は株式に転換されるか、返済されるか、クラブの安定に有利な条件で借り換えられた。 やるべきことはたくさんあり、短期的にはPSRが制限要因として残っていますが、基本的な財務状況はかなり強固になりました。
ピッチの上では、今シーズンはまだ多くのことを戦わなければなりませんが、私たちのエネルギーは今、結果を出すために残された時間を最大限に活用することに集中しています。 私たちは、コリン・チョンが暫定的なポジションに留まることに同意したことを喜ばしく思っています。 コリンとエバートンの首脳陣、そしてすべての人々の努力とサポートに感謝します。
また、移籍期間中に協力し、エバートンの新たなスタートを促してくれたファラド・モシリにも感謝したい。
私たちの前途は長く、さらなる挑戦が待ち受けているだろうが、私たちはエバートンのモットーである『Nil Satis Nisi Optimum』に従って生きていくことを約束する。
ショーン・ダイチ コメント抜粋
「私の現役時代や、クラブの全体的な雰囲気、私の知識、そして私が学んできたことのいくつかについて彼らから尋ねられた。まるでお互いの脳を刺激し合うようなものだった。 カジュアルな会話だったよ。そこで、経済的な安定は彼らにとって非常に重要だとはっきり言っていたよ」
「彼(ワッツ)は私やスタッフ、そしてチームが前進することを支持してくれている。 彼らの言葉通り当面の財政的安定をもたらし、その上でクラブを誰もが感じている、あるべき姿へと押し上げていくのだと思う。 しかし、それには時間がかかるとも言っていた」
「彼らがここで達成しようとしていることには、もっと長い視野と大きなビジョンがあると思う。 これまで積み重ねてきたことは理解しているが、それはあくまで過去の話。 まだやるべきことはたくさんある。 それは何度も言ってきた。 現在進行形の挑戦だ。 買収は、より強固な感触、より安定した感触をもたらすかもしれない」
シェイマス・コールマン コメント抜粋
「私の観点からすると、エバートンの価値観はとても重要だ。 私はこのフットボールクラブが何であるかを本当に理解している。 ユニークなフットボールクラブだ。 自分たちのチームに特定のことを望むクラブなんだ。 特別なファンがいて、特別な街であり、彼らはここのフットボールを愛しているからだ」
「エバートンにとってこの4、5年は厳しいものだったが、買収の先にエキサイティングなことが待っていることをファンのために祈っている。短期的には、試合に勝つことだけを考えているよ。もちろん、ファンにとってはとてもエキサイティングなことだし、それに付随することもある。でも、この3、4年で、次の試合より先を見すぎてはいけないということを教えられたよ。 それは単なる決まり文句ではなく、真実だ。 ここ数年、(降格が)あと一歩のところまで迫ったことが何度かあったからね」
TFGが最初の公式声明で、今後の公約、スローガンとも取れるクラブへの理解度を示したことはサポーターとして純粋に嬉しく思う。
既にダイレクターのケビン・セルウェルや、分析部長のチャーリー・リーブスとミーティングを行い、フットボールの頭脳を担う2人からプレゼンを受けたとされている。
セルウェルやダイチの来期の行方は、あくまでも「結果次第」。ここからの半年が彼らのオーディションというわけだ。
おそらく、冬の移籍市場で派手に動き回ることは考えにくい。ローマでの1年目があったように、まずは足場を固め財務事情を整えていくことが優先されるだろう。しかし、25/26シーズン夏を迎える前には、多くの契約切れ選手を抱えており、買収問題の影響で契約更改の交渉がほとんど進んでいない模様である。ローン中の選手、今夏でフリーとなる選手たちをどれほどスカッドに残すのか、選手の放出や獲得状況によって、大混乱がおきてもおかしくない。
初陣チェルシー戦で観戦したTFGの重役たち
そんな今後の舵取りをまかせるTFGの中心人物たちが、就任後最初となるゲームに赴いた。(H)チェルシー戦だ。
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(写真:Carl Recine/Getty Images)
マーク・ワッツ
エバートン・フットボールクラブ
エグゼクティブ・チェアマン
ワッツは本業が弁護士であり、700人の弁護士を擁するテキサス州の法律事務所、ロック・ロードLLP/ヒューストン事務所の副会長兼マネージング・パートナーを経て、2011年に社長としてTFGに着任。会社法、証券法、ガバナンスなどで26年以上の経験を積み、TFG内でもフリードキンとの付き合いは長く、信頼の厚いスペシャリストだ。現在、民間不動産会社、ハイランド・リソーシズ、キャボット・オイル・アンド・ガスなどの取締役を務めるほか、グレーター・ヒューストン・パートナーシップやメソジスト病院財団など、さまざまな市民・地域社会の理事を務めている。10月、フリードキンがエバートンを手中に収めるための買収ビークル、「ラウンドハウス・キャピタル・ホールディングス・リミテッド」を設立し、買収が進んでいることを示唆させた。この会社には、マーク・ワッツが取締役として名を連ねている。
ワッツは、1980年にテキサスA&M大学、1984年にハーバード大学ロースクールで学んだ。フリードキン同様、非常に熱心なゴルファーであり、複数の米国クラブの会員権を保有しているとのこと。2020年にフリードキンがローマを買収して以来、ワッツはローマの取締役を務めてきたが、エバートンでより重要な役割を担うことになった。
ブライアン・ウォーカー
TFGの戦略担当であり副社長。テキサス工科大学で経済学と歴史学の学位を取得後、2003年から2010年までの7年間、アメリカ海兵隊に所属。 退役後、2011年から14年にかけてJ.P.モルガンの投資銀行アソシエイト、2014年から18年にかけてアメリカに本社を置く戦略コンサルティングファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニーのエンゲージメント・マネージャーを務め、2018年にTFGに入社。
チャーリー・ダニエル
2012年にリーズ大学で政治学と社会学の第一級学位を取得。 ロンドンでインベスト・アフリカとアフリカン・キャピタル・インベストメンツに勤務した後、2019年1月から2021年12月にかけてフィデリア・パートナーズ(旧オルトキャップ)の共同設立者兼ディレクターを務め、その後TFGに就任。
リシ・マジティア
ダニエルと同じくロンドンを拠点とするマジティアは、世界的な資産運用会社であるMONTEの投資・M&A戦略(特定の目標を達成するための他事業の結合・買収計画)を主導している。 資金調達とM&Aの分野で10年の経験を持ち、さまざまなセクターや地域の投資家や企業と仕事をしてきた。また、ゼウス・キャピタルとコヴィントン&バーリング LLPに勤務した経験があり、投資銀行業務と企業法務のバックグラウンドを持っている。32歳の彼は、ロンドン・ビジネス・スクールとニューヨーク大学スターン校でMBAを優秀な成績で取得し、オックスフォード大学で経済学・経営学の修士号を取得、2014年にアッパー・セカンド・クラスで卒業した。 コネティカット州ギルフォードににて航空・海運分野を中心に事業を展開している。
◇さいごに
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2024/12/07: サッカー・セリエA、ASローマ対USレッチェの試合中、チームオーナーのダンとライアン・フリードキンに対抗するASローマ・サポーターの横断幕。 ローマは4-1でレッチェに勝利した。
(写真:Antonietta Baldassarre/Insidefoto/LightRocket via Getty Images)
ASローマが今後、どのような足取りで復権へと突き進むのかは注目する必要がある。
TFGは買収前はもちろんのこと、プレミアリーグの承認が下りたことで、急ピッチで進めなければいけない問題が山積みである。25/26シーズンから正式にお披露目となるエバートン・スタジアム、率いる上層部の構成、クラブの財政、チームの補強や監督、ダイレクターといった人事・採用面など、スタートダッシュからあまりにも多くの荷物を背負っている状況だ。まさに険しい山道。ここから、リュックに詰め込まれた荷物を適切な中身へと整えなければならない。
クラブの負担を減らしていく進捗がある一方で、どのように利益を出していくのか、企業としてクラブを強化するための資金を作り出していかなければならない。新スタジアムに関連するネーミングライツやスポンサー契約といった収益の増加、様々な商業機会を掴み開拓していくことが求められる。
まさに多くの投資家たちがエバートンを欲しがった理由がここにある。777はもちろん、TFGもブラムリー・ムーア・ドックを含めた再開発の大きな魅力を感じたのだ。
凋落からの再起。夢のような開発が計画され、モシリは多くのスター選手とハリウッド志向のリクルートを繰り返し、スタジアムに多大な資金を費やした。予測不可能な戦火の渦にも巻き込まれた。しかし、クラブ運営が招いたものはここ数年のエバートンを見れば明らか。落ち込んでいくクラブ、奮わない成績、未来に向けて着々と進んでいった煌びやかな新スタジアム建設。
そして、フットボール・スタジアムはフットボール・スタジアムとしての役割を超越していくことが必要になる。グディソン・パークとは別の空間、役割、ルーティンが生まれ、街の人々の流れだって大きく変わる。入ってくる人もそうだろう。プラスティック・ファンという言葉を耳にした昨シーズンの記憶が蘇るが、エバートンもその時代の中に足を踏み入れていくのだ。今は相応と見られるチケット価格は来年、再来年、どうなっている?拡大されたスタンドを頻繁に埋め尽くせるだろうか?考え始めたらキリがない。
モシリ時代、あるいはそれ以前からクラブを見てきたファンにとっては、決してここで浮き足立つことはできない。されど、暗闇を歩んだ経験があるからこそ、一筋の光明が差し込むことの枢要な感触を得る。
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(写真:Robbie Jay Barratt - AMA/Getty Images)
新時代の幕開け。
2025年はどんな1年になるだろう。
成功か、失敗か、それが分かるのはもっともっと先の話。スタント顔負け、フリードキンに救出されたエバートン・フットボールクラブ。最初のフライトであるこの1年を、まずはじっくりと観察していくことにしよう。次の着陸で見えてくるものがあるはずだ。
参考文献
— BF (@bf_goodison) December 28, 2024
年末、スペースでも色々お話しさせていただきました。
みなさま、本年もよろしくお願いいたします。
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