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えばとん情報2025.1.21「変化を恐れずに」

◇プレミアリーグ第21節vsトッテナム-レビュー

終盤に許した2失点はご愛嬌。と言えるのは、前半の圧倒的なパフォーマンスがあったからだろう、少しばかり嫌な記憶をフラッシュバックさせる展開だったのは正直な気持ち。グディソン・パークが熱を帯び、私はリビングで拳を上げた。先制点でシャウトした瞬間、妻が苦笑いを浮かべた。

さて、偶然というのはタイミングがもたらす不思議な時運である。エバートンがプレミアリーグにおいて、ホームでスパーズ相手に勝利を記録したのは12/13シーズンまで遡る。第一次モイーズ・エバートンが最後にスパーズと対戦したゲームだ。

デンプシーに先制を許したエバートンは、終盤にドラマを引き起こす。90分、ネイスミスが繋いだボールが前線まで駆け上がったコールマンの下へ。即座に上げられたクロスはファーに走り込んだピーナールが頭から飛び込んだ。名手ロリスの壁を破り同点に追いつく。

だが、試合はこれで終わらなかった。ジャキエルカが放り込んだクロスをまたも頭で繋いだピーナール。逸れたボールは相手の背後を突いたイェラビッチに渡り、あとはネットへ向けて触るだけだった。アディショナル・タイム、試合を最後まで捨てなかったエバートンは終了間際の2ゴールで、ビラスボアスのスパーズを華麗なる逆転劇で下した。

相性の悪さは折り紙つき、苦手とするスパーズとの対戦でこれ以降勝利したのはアンチェロッティの時代のみ。20/21開幕戦のセンセーショナルな幕開けと、FA杯5回戦、コーヒカップを片手に勝利を確信したアンチェロッティ・エバートンの名シーンが生まれたゲームである。時を超えて24/25シーズン、第二次モイーズ体制による最初の勝利はグディソン・パークでもたらされることとなった。モイーズ・イズ・バック。

◇変化

ダイチが頑固な一貫性の中に、少なからず調整を加えてきたことはこれまでにも綴ってきた。しかし、モイーズが就任2戦で披露したのは紛れもなく調整を越えた変化である。アストン・ヴィラ戦のレビューでも指摘した通り、大きな悩みの種とエバートンが抱えた問題の顕著さが改めて浮き彫りになった一方で、ポジティブな空気を察知したのは私だけではなかったはずだ。

前提として、今回の対戦相手であるスパーズの状況が決して良くなかったことは記しておきたい。ハイラインでの可変システムと、特化した攻撃性を可能にする守→攻の中枢的存在であるロメロとファン・デ・フェンを欠き、エースのソランケも不在。負傷者が絶えない不安定な飛行を続けるスパーズは本来の魅力を失っていたと言っても差し支えないだろう。エンジャーイがドリブルを仕掛けた相手がファン・デ・フェンだったら…と考えそうになりながら、そっと胸の内に留めた。

それでもエバートンにとっては先に述べた通り、近年なかなか勝つことのできなかった相手であり、リーグや欧州コンペティションで残してきた実績には明確な差がある。今季も実力の違いをまざまざと見せられたばかりだった。

今回は上記で取り上げた、スパーズ戦におけるエバートンの変化について触れていきたい。
次節以降でも着目しておきたいポイントである。


⚫︎横幅・距離を広げたビルドアップ

前節アストン・ヴィラ戦では約50%の保持率を記録したエバートン。ビルドアップではぎこちなさが含まれるものの、ダイチ・フットボールとは異なる仕掛けが見受けられた。今節のスパーズ戦でも引き続き採用されたのが、ワイドに幅をとったボール運びだ。試合を通じての保持率は後半のインテンシティの低下とともに下降したが、随所に効果的な場面が創出された。

最も分かりやすいのは2点目のシーン。上記U-NEXTのショート・ハイライトではブランスウェイトの楔のパスから始まっているが、フルタイムの動画から確認すると28:12〜で獲得したオフサイドからプレーが始まっている(実に20本近くのパスを繋いだ!)。この日、初先発に抜擢されたRBオブライエンが大外タッチラインの際まで開き、逆サイドのミコレンコも同様に大きく幅をとる。両FBがワイド・ポジショニングでスパーズの守備陣形を広げさせる効果がある。

そして映像からも分かる通り、ターコウスキとブランスウェイトの距離感も特徴的だ。互いに両サイドのハーフレーンまで開き、パスはミドルパスに換算されそうな領域まで広がっている。アストン・ヴィラ戦では、この両CBの間にゲイェやマンガラが落ちる(サリーダ)の形式を取らず、ピックフォードが最終ラインに加わるビルドアップの手法を用いていた。中盤セントラルに人を残し、より前線へボールを運びやすくする狙いがある。

2点目のシーンでは、ポステコグルーのアグレッシブなスタイルを逆手にとったシーンと捉える。前線から精力的にチェイシングするソンとクルゼフスキの距離を広げ、相手プレスの連動性によるプレッシャーの影響力を弱めている。ミドルサードでパスコースを作りに入ったのはゲイェとエンジャーイ。選手間の距離が遠いことで、移動距離が互いに増え、相手のMFラインがプレスをかけるにも時間がかかる。エンジャーイとゲイェは互いにダイレクト・プレーでレイオフに成功。詰め寄ったサールとグレイを一気に剥がし、反転後のスペースメイクに成功した。

ここで大きいのは画面外に開いたミコレンコだ。左大外レーンでポジショニングすることで対面するポロをピン留め。過去、これまでのゲームではエンジャーイが大外に開く配置が軸となり、ミコレンコはブランスウェイトと同じ高さ、または近い距離でビルドアップに加わっていたことが多く、相手側からするとミコレンコにもエンジャーイにもプレスに行ける距離感にあり、いざエンジャーイにボールが渡っても2枚を同時に相手にするような場面が多くなっていた。

スパーズ戦
2点目のビルドアップ切り取り。
もしダイチのビルドアップなら…
エンジャーイは外と中からプレスを受ける状況に。
突破しても次のDFが待ち構える。

今季、ダイチのビルドアップではミコレンコが高い位置を保つ場面は少なく、エンジャーイが数的不利の孤立した状態からボール・プレーを開始するシーンが目立つ傾向にあった。

2-4のビルドアップで互いの距離を広げることにより、パス交換中の相手の移動距離は増加+コンパクトな陣形を分散、自陣でのパススピードのアップとダイレクトプレーを折り混ぜることで、沈黙していた鳴かず飛ばずのオープンプレーに風穴を空けたゲームとなった。


⚫︎ハイプレスと可変システム

ゲイェの2アシストは相手陣内からと、自陣ハーフコートから創出された。行動範囲が広くなるほど、水を得た魚のようにピッチの両端を駆け回った。イロェビューナムとガーナーの不在が続く中、チームに欠かせない存在として持ち前の実力を発揮している。

そして、スパーズ戦で印象的だったのは前節から変更となったスターティング・メンバーの2人であるリンストロムとオブライエンだ。先制のシーンに絡んだリンストロムはスパーズのビルドアップが綻んだ瞬間を逃さなかった。立ち上がりから明確な狙いとしてハイプレスが実行され、MFラインには豊富な運動量が求められた。

前節、ハリソンとヤングの連携について指摘をした中、モイーズは的確に右サイドのラインを変更した。リンストロムとオブライエンの関係性として、保持時のパートナーシップはまだまだこれからといったという状況だが、リンストロムのベクトルが前を向いた時の俊敏性は大きな武器となっていた。攻撃時にオブライエンが高い位置を取ることで、リンストロムはWGの位置まで前進。高い位置から仕掛けることが可能となり、自陣右サイド側にポジショニングする傾向にあるルウィンが孤立する場面を軽減。このゲームでルウィンに最もボールを配球したのはGKのピックフォード(10本)。ここに次いでオブライエン(5本)、リンストロム(4本)の2人で9本のパスをルウィンへ繋ぎ、右サイドから好機を演出することに成功。高精度のクロスを放ったオブライエンの新たな可能性も垣間見られた。
仮に右で詰まった場合には再度ボールを後方に下げ、左サイド側へのビルドアップを開始。2点目のエンジャーイはまさに右から左へ展開するビルドアップによって生まれている。

クラブ公式もリンストロムのスタッツをピックアップしたようにチームトップのチャンスクリエイト数を記録。細部を見てみると、4つのうち2つはセットピースによるものだが、オープンプレーではルウィンへ2度のチャンスメイク、先制点ではショート・カウンターでプレアシスト、3点目となるオウンゴールではファーに走り込んだターコウスキへクロスを届けた。

さらに守備面でも大きな貢献を残した。前線からのハイプレスを可能にしたドゥクレ、ゲイェ、マンガラ、エンジャーイ、リンストロムのMFラインはかなり消耗の激しいプレーが続き、ハイターンオーバーの続く展開の早いゲームを実践。

スパーズ戦、リンストロムのヒートマップ。
via Opta Analyst

スパーズがエバートンのハーフコートに押し入ると、4バックから5バックへと移行。オブライエンが中央に絞りリンストロムはサイドの深い位置まで帰陣。ハイプレスを敢行する中で上下動の多いタスクを担った。Optaの記録では、タックルは両チームトップの5回成功、ボールリカバリー5回、インターセプト2回と高い守備貢献を果たした。


⚫︎エースが久々の得点

エースに待望のゴールが生まれた。モイーズは「(ルウィンに向けて)クロスなどのチャンスメイクを倍以上に増やす必要がある」とプレスカンファレンスで語ったが、その言葉通りチーム全体のチャンスクリエイト数は「6」から「11」へとアップ、そしてルウィンのシュート数は倍増した(ヴィラ戦:3本/枠内1→スパーズ戦:6本/枠内2/得点1)。

ドミニク・カルヴァート=ルウィンのプレミアリーグでのゴールは、2024年(9月アストン・ヴィラ戦)以来となるもので、16試合続いたプレミアリーグでの無得点記録に終止符を打った。 また、このゴールはプレミアリーグ通算57得点目となり、ティム・ケーヒル(56得点)を上回ってエバートンで歴代3位に浮上した。

Premier League.com

特筆したいのは、ルウィンがようやくゴールエリアでのボールタッチ数を増やしたことにある。ダイチ・フットボールで継続してきたルート・ワン戦術におけるロングボールの受け手としてのタスク。相手と競り合い、サイドへ流れてボールを収めても味方の援護が遅く(或いは遠く)、孤立する場面はファンの溜息を誘うシーンとして頻発した。

しかし、前述の通りオブライエンの大外配置、リンストロムの列上げが功を奏し、ピックフォード以外からの配球面が向上。相手ゴールに近い位置でのプレー機会がより多く創出された。
下記サンプルをチェックしてみよう。

ルウィンのボールタッチ

ウルブズ戦タッチマップ(83分に交代)。
主にミドルサードでのタッチに留まり、ファイナル・サードではゴールエリアよりも大外サイドでのプレー機会が多い。
イプスウィッチ戦タッチマップ(フル出場)。
ゴールエリアでのプレー機会はあるものの、ボールタッチの機会自体が少ないケース。
今節スパーズ戦タッチマップ(フル出場)。
2-0で勝利したイプスウィッチ戦の倍に当たる36回のボール関与。ゴールエリアでは10回のプレー機会が訪れた。尚、36回の内訳は前半18回/後半18回。

これまで、幾度かルウィンの"プレーするべきエリア"について指摘してきた。それは現地・極東関わらず共通見解になっているほどだが、アンチェロッティの意図した言葉が後になってよく分かる。ハイライン&主力不在のスパーズとはいえ明確な変化をもたらしたモイーズの狙いと手腕は勝利に値するものだった。

ここで、ルウィンの援護役であるドゥクレのタッチマップについても触れておきたい。ドゥクレといえば「どこでも」がお馴染みの愛称ではあるが、そのボールタッチにはある変化が現れた。

直近、フォレスト戦のドゥクレタッチマップ。
広い範囲でボールプレーに関わっていることが読み取れる。
今節スパーズ戦のドゥクレタッチマップ。
中央でのボールタッチが著しく減少している。

前節アストン・ヴィラ戦のレビューでは、ドゥクレのヒートマップとサイドに流れる役割について言及した。今節でもボールタッチにその傾向が見られたのは偶然ではないだろう。

ハイボールがルウィンに目掛けられた際、ドゥクレがルウィンの背後や近い距離でルーズボールを狙う立ち位置にいるのはイメージしやすい部分であると思う。またサイドに流れてポジティブ・トランジションでのカウンターに備える場面が多く見られている。ボールが集まる位置にドゥクレは走る。密集地帯でプレッシャーをかけ、ネガティブ・トランジションで相手にストレスを与えるのがドゥクレの大きな役目だ。しかし、ドゥクレに欠けているのが保持からの展開力。ここからは推測になるが、モイーズはドゥクレにボールハントとルウィンのサポート役を託し、孤立するシーンの軽減と、必要以上にルウィンを大外で走らせないようにさせる狙いがあると見ている。また、ドゥクレがサイドに流れることで、中央に余白を生み、ゲイェやマンガラが入り込むスペースを残している。

主体となるのは展開ではなく「預ける」こと。近距離でのパス配球がメインに。

実際にスパーズ戦ではビルドアップの時点からハイプレスに至るまで、ゲイェやマンガラは高い位置に進出し、ショート・カウンターに繋げることに成功している。この日のゲイェはチームトップのパス本数(37本中35本を成功)を記録し、また最もアタッキング・サードにパスを送り込んだのもゲイェである(13本)。

ルウィンがより多くボールを触れるため、それも出来るだけゴールエリアの近くでプレーさせるための狙いが、順を追っていくと紐解くようにして見えてくる。

⚫︎まとめ

ポイントをまとめると…

  • リンストロムとオブライエンの抜擢。リンストロムを高い位置に押し上げるオブライエンの位置取り。

  • チャンスメイクや展開力に劣るドゥクレを中央でボール関与させるのではなく、ボールサイド及び、トランジションでのボールハント、サイドに流れてゲイェとマンガラのプレースペースを提供する。

  • 運動量豊富なゲイェが高い位置でボールリカバリー、さらにより高い位置でショート・カウンターに参加することができる。ビルドアップでは最終ラインまで降りず、重心を下げすぎない。

たった1試合のサンプルに過ぎないが、今季の残り試合で観察したい部分がよりクリアに、大いに見られたゲームだったと思う。右サイドにボールを集め、リンストロムのサイドで密集を作れば、左サイドへ繋ぐビルドアップでアイソレーションの盤面を作ることができ、ミコレンコの幅をとった位置どりやエンジャーイの突破力が活きてくる。

ここには、スパーズ戦の前半で示した通り、多大なエネルギーを消耗する側面も孕んでいる。ビルドアップで互いの距離が開けば、過剰な負担が増し、もしパスワークで失敗すればネガティブ・トランジションでは一気に大きなピンチに陥るだろう。リスクはある。

後半の体力が落ちた時間帯から、選手交代を行った後、キーンとヤングを投入した受身の時間帯にはまだまだ怖さも残っている。

しかし、変化を恐れないことは重要だ。まだ試行錯誤のフェーズにあると言ってもいいだろう。それでも、早い段階でダイチ・フットボールに無かった攻撃的要素に改善の兆しが見え、オープンプレーに光明を見出したのは大きな収穫だ。

プレミアリーグで戦うエバートンにとって、ここから対戦する全てのチームが、我々と同等以上の猛者たちである。一貫性の難しさと向き合ってきた長い期間、新たな一手がグディソン・パークに今季最高の盛り上がりを与えることに成功した。

喜びたいところだが、それはまだ始まりに過ぎない。長らく下位に沈んできたエバートンにとって、シーズンが終わるまでまだいくつもの試練が続くことはよく理解している。

変化の冬、この先の戦いを刮目して楽しんで行きたいと思う。

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BF
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