「スカッド・チェック24-25」NSNO Vol.30
8.1現在の移籍動向
スカッド・チェック
GK
◇不動の守護神が
パフォーマンスを維持できるか。
最も勢力図が変わらないポジション。
おそらく、契約更新を交わした頃からピックフォードの照準はEURO2024に定められていただろう。最後の最後で自国の栄冠を逃したものの、今大会の守護神はとてもポジティブだった。持ち前の反射神経で幾度となくチームのピンチを救い、我々の知るピックフォードが胸を張ってパフォーマンスを発揮した。23-24シーズンは加入後1番と言っても過言ではない充実した成績を残し、大きな国際大会を経て新シーズンに臨む。
あえて身構えるとすれば、休みなく戦ってきたピックフォードが燃え尽き症候群のような状態に陥らないか?ということ。スイッチを切り替え、目前に控えたプレミアリーグでスムーズなスタートを切れるか、ベテランの域に入る安定感を求めたい(同時に、ピックフォードに安定感を求めるのは野暮な気がする)。良くも悪くも変わらないだろう、という心情。
そんな「1番」の座を脅かしたいのが虎視眈々と準備を続けるジョアン・ヴィルジニア。昨季はカップ戦のみの出場機会に留まったが、充足の出来栄えで、今季はプレミアリーグでの経験も徐々に積み上げていきたいのが本音だ。世代別代表経験のあるビリー・クレリンや、ナショナルリーグで自信を深めたハリー・タイラーも控えている。国でも家でも譲らないピックフォードが躓くようなら、次世代の選手たちにチャンスを与えるのも監督の役目だ。
ネクスト・ブレイク
→ジョアン・ヴィルジニア
DF
◇ブランスウェイトが鍵━━
オブライエンの加入で盤石の中央、
不安定な両サイドの持久力が懸念。
今夏、表のテーマがジャラッド・ブランスウェイトの慰留だとすれば、裏のテーマはフルバックの安定感を築くことだ。
マン・ユナイテッドからの二度の入札を拒否し、あくまでもクラブが評価するスタンスを強調したエバートン。現在、ブランスウェイトの大幅な給与アップを含めた契約更新に取り掛かると噂されている。リーグ屈指のディフェンス力を武器に互いに切磋琢磨してきたのがゲーム・キャプテンも務めたジェームズ・ターコウスキ。
歳を重ね、ベテランとしての円熟味を増すリーダーと、実力を証明した若き大器はまさにチームの二枚看板。ここを維持することはショーン・ダイチ監督の攻守に渡る戦略を保つための必須項目である。
一方、DFラインでマルチ・ロールの計算ができたベン・ゴドフリーの退団により、サイドと中央の両ポジションで枚数が減ったと捉えている。CBは居場所を失いつつあるマイケル・キーンと、ローン・バックしたメイソン・ホルゲイトの2枚が控える。クラブは放出を視野に入れているとの噂も。主力に比べ心許ない二者だが、ターコウスキとブランスウェイトが怪我なく稼働できるなら目を瞑ることとはできる。しかし、欲を言えばブランスウェイトの後継者となりうる人材を備えておきたいが、優秀で若い守備者を連れてくる競争力は今のクラブにないことを憂いてしまうことも事実だ。
と、ここまで書き記し期待すらしていなかった矢先、競合ひしめく移籍市場で驚きの一報が。一本の実直な矢が、フランスで名を上げた上昇株を射止めることに成功。アイルランドで繋がりのあったシェイマス・コールマンの後推しが響き、人気銘柄ジェイク・オブライエンを獲得した。
さて、懸念はフルバックだ。成長著しかった左サイドのヴィタリー・ミコレンコは昨季終盤に負傷。早いリカバリーを見せEURO2024に参戦するも、再びプレー中の怪我によって戦線離脱した。23-24シーズンの序盤同様に、夏の間はメンバーに名を連ねない可能性もある。純粋なレフトバックはミコレンコしかいないことが不安視される。
右サイドはクラブの象徴、スキッパーであり主将のコールマンが、グディソン・パーク最後のシーズンに向けて1年の契約延長を決断。チームの士気が上がったことは間違いないが、ベスト・コンディションを見極めて部分的な出場に留まるはずだ。
負傷しがちなネイサン・パターソンは今夏増量して身体がひと回り大きくなったと話題だが、肝心のフィットネスが整わない限り、先発を維持し続けることは難しいはずだ。まずは攻撃的なセンスを披露する土台を築きたい。スポーツ・サイエンティストの分析を取り入れたアイルランド・キャンプの成果を待ちたいところ。
この不安定なスカッド状況において代わりとなるのが、夏に39歳の誕生日を迎えたアシュリー・ヤング。ワイドアタッカーも含めて離脱者の穴を埋めてきたベテランだが、お世辞にもプレー精度が高いとは言えず。コンディションを保ち、いつでもピッチに立てること、チームを鼓舞するムードメーカーとしての価値は大きいが、足を引っ張る場面が目立ったのも確かである。またも彼のプロフェッショナルさに助けられるのか?頼らずとも戦える持久力が試される。ワイドにガーナーを起用する選択肢もあるが中盤の層を考えると緊急時に拠るだろう。
ネクスト・ブレイク
→リース・ウェルチ(ローンの噂あり)
→イライジャ・キャンベル(PSMで出場機会を得るLB)
→ロマン・ディクソン(快速が自慢の有望株)
MF
◇ガーナーの飛躍に期待、
ポスト・オナナは誰が埋める?
£50mの移籍金とその他条項を付帯してチームを離れることになったベルギー代表アマドゥ・オナナ。振り返れば、彼をベンチに置くことはエバートンクラスのクラブにとって贅沢な話だった。
昨季はPSR違反による減点が重なり、幾度も窮地に立たされた。そんな中で奮起したのはイドリッサ・ゲイェ。自身の通算レコードを更新する得点数に絡み、消耗しやすい戦術で持ち味を発揮。再評価に値する素晴らしいシーズンを過ごし、クラブは1年の契約延長オプションを発動。また、フランク・ランパード期に獲得した逸材、ジェームズ・ガーナーも怪我を乗り越え本領を発揮した。加入年から大幅にプレータイムを増やし、欠かせない存在となっている。ふたりの貢献はダイチのハイ・ターンオーバーなフットボールを体現するに至った。
ベンチの機会が増えたオナナを手放したことで、スターティング・ラインナップに大きな穴を空けるわけではないが、プレミアリーグを戦い抜くには戦力ダウンという見方もできる。
では、誰が埋めるのか?
ひとり目の候補者はアストン・ヴィラから新加入のティム・イロェビューナム。プレシーズン・マッチでも早速出番を得てチームに馴染むことが期待されている。ただし、昨季のユセフ・シェルミティがそうだったようにシーズン序盤はU-21で様子を見る可能性もある。
2人目の候補は従来のボックス・トゥ・ボックスではなく、前線のフィニッシャーとして活路を開いたアブドゥライェ・ドゥクレだ。イリマン・エンジャーイやイェスパー・リンドストロムの加入、ニール・モペイがまだチームに残る可能性は残されており前線の選手層は充実。セントラルMFとしての出場機会は増加するかもしれない。
もう一つ候補を挙げるとすれば、このポジションにはまだ新選手獲得の噂が残されている。ダイチは現状5名の獲得でこれ以上は資金的に難しいことを認めているが、放出面の進捗次第では、新たなターゲットの確保に踏み切るかもしれない。
復帰の目処が立っていないデレ・アリは今夏の状態や移籍市場の動向によってスカッドに組み込まれるかが左右されそうだが、トッテナムとの契約問題を含め次の情報を待つしかないだろう。実戦に至るには適切な段階を踏むべきだ。
ネクスト・ブレイク
→ティム・イロェビューナム(新加入)
→ジェンソン・メトカーフ(昨季アカデミー最優秀選手賞を獲得)
イロェビューナムに加え、アカデミー産のメトカーフは若手有望株の筆頭候補だ。トップチームに帯同、ベンチ入りの機会も増え夏のアイルランド・キャンプにも加わった。下部カテゴリーへローンの可能性もあるが将来的にマクニールやハリソンに代わる存在として期待が募る。
FW
◇酷使、順応、確立…
課題克服が勝負の分かれ目
今夏の移籍ゴシップから察するにダイチ&セルウェル陣営は前線に変革を起こしたいと考えているはずだ。対戦相手から対セットピースへの対策はますます強固になる可能性があり、生命線を封じられた場合の術を鍛えるべきだ。ダイチは度々、攻撃面に求める「生産性」というワードを使っている。昨季におけるオープンプレーからの得点力の低さを考えれば無理もない。
チームに残った純粋なワイドアタッカーがマクニールとルイス・ドビンのみだった中で、ジャック・ハリソンを再びシーズン・ローンで獲得し、最低限の維持に成功したWGエリア。ところが、実質イロェビューナムとのトレードという形で期待の星ドビンを失い手薄な状況に。それでもプレシーズンで新加入のエンジャーイがワイドポジションを担ったように、前線にオプションが増えたことは大きなポイントだ。
スターティング・メンバーの固定化がある程度予想されることから、マクニールとハリソンが昨季同様に酷使される状況は改善していきたい。アルノー・ダンジュマが計算しづらい戦力だった昨季を踏まえると、エンジャーイがどのポジションで順応していくかは重要だ。現状、プレシーズン・マッチでは2トップを採用しその一角に入るパターンも観測された。
そんな想定をする中、7月下旬に朗報が舞い込んだ。WGに限らずトップ下や中央でのプレーも得意とする実力者、イェスパー・リンドストロムの獲得が発表された。買取オプション付きのシーズン・ローンにてナポリから待望のアタッカーを迎え入れた。単調な選択肢に陥りがちなチームのバイオリズムを変化させる役割に期待したい。
攻撃陣が充実してきた一方で、気がかりなのは契約更新の話が進んでいないカルヴァート=ルウィンの行方だ。順調に見えたザ・フリードキン・グループの買収撤退は、空いた口が塞がらない衝撃的なニュースだったが、新たな投資家の話が具体的に決まらない限り、契約延長が滞るかもしれない、という報道もある。プレシーズン・マッチでは決定機を逃すなど、まだ大きな印象は残せていない。契約更改がなければ来季でフリーとなることもあり、クラブはオファーがあれば放出の構えを辞さないとのゴシップも。
立場が不透明なのは控えのベトやユセフ・シェルミティも同様である。他クラブの関心が取り沙汰されるベトは、キャンプで好調だった1人に挙げられているが、実戦でも早い段階からアピールを続ける必要がある。本人もプレミアリーグへの適応に苦しんだと語っているが、直向きな姿勢が功を奏し、昨季とは異なる姿を見せて欲しい。
3番手のシェルミティは他者と違ったプレーメイクとボール・テクニックでアピールに成功している。経験を積むため下部カテゴリーへのローンなども噂されているが、プレシーズンではキレのある複数ゴールで存在感を見せている。この期間にダイチとセルウェルのテストを切り抜け、夏の終わりにトップスカッドに残ることができるか、立場は当落線上にあるだろう。
そして曲者モペイはこの不確定なエース争いに割って入れるだろうか?SNSでのバズり具合よりも、ピッチ上で味を占めて欲しい。
攻撃面の「生産性」向上は「順応」と「確立」なくして達成できない。それは個人と組織どちらにも当てはまる。
ネクスト・ブレイク
→ユセフ・シェルミティ
◇ざっくり予想布陣
スライゴ・ローヴァーズ、サルフォード・シティ、コヴェントリー・シティとのゲームを踏まえると、予想としては4-4-2のベース・フォーメーションが妥当。フレンドリー・マッチという要素もあり、ダイチのプランによりオーソドックスな陣形を採用した経緯もあるかもしれない。新加入選手を試していく段階が推移する中で、ドゥクレの立ち位置がどうなるのかは注目ポイント。ハイプレス→素早い撤退→ダイレクト・スピードを活かしたカウンター、という基本構造の中でどの選手が最も必要とされるのか、もしくは戦い方をいかに変化させるかは楽しみな部分だ。
▽スリーバックの可能性
焦点はフルバックの起用方法だろう。もし、LBに補強が敢行されなければ、当面はミコレンコとヤングで維持していく必要がある。右のオプションとして経験があるガーナー同様にブランスウェイトをサイドで採用することも可能。一方で、フォーメーションを変更するならミコレンコをLCBに降ろし、左WBに運動量の豊富なマクニールを配置する手立てもある。オブライエンが加わったことでローテーション+3CBで臨む選択肢も。
出場機会を与え、カップ戦で慣らし、ビッグクラブ相手のゲームで5バックを敷くケースもあり得るはずだ。ダイチがこのシステムに自信を持っていることは考えにくいが、専門家・セルウェルのサポートと提案があれば挑戦する価値はあるはずだ。エンジャーイとリンドストロムがライン間で躍動する姿も妄想済みだ。在籍するスカッドを鑑みても、理にかなったシステムの一つとして試す場面が訪れるかもしれない。
残された準備期間、プレストン&ローマ戦でテストするのもアリだろう。
◇さいごに
ここまでのプレシーズンでは、いささか張り合いの無い試合内容が続いている。楽観的な姿勢を保つとすれば、現在のタームは選手たちのコンディションにおけるバロメーターを推し量る段階だろう。昨夏のプレシーズン同様、技術面は二の次に、各選手の体調面をスポーツ科学の分野から重点的に調整中だ。試合後もランニング・データを必ず確認しているというダイチ陣営。既に新加入選手にも同ポジションのライバルたちが過去にどれだけ試合中に走行距離を記録したか、アナリストと共に最低限走る必要のある目標値を共有している。それでも、セットピース練習に時間を割いている、というアシスタント・コーチであるイアン・ウォーンの発言は印象的だった。
ふと思い出したのはモイーズ政権時代の"スロースターター"と称されたチーム情勢である。
今季のクラブ成績としての目標は、大前提として"残留"であることは間違いない。もちろん、プレミアリーグが定めたルールを守った上での話だ。
過去にセルウェルが言葉を残したように、適切なステップアップが求められている。急に背伸びをしてトップ6を目指すようなチームづくりではなく、昨年が15位なら次は12位、翌年が12位なら次は…と着実に歩んでいく戦略を図っている。
それは今夏の補強動向にも強く現れている。過去のエバートンがどのような失敗を重ねてきたか。そこにはDoFを超える、管理できないほどの野心と権力が影響を及ぼしてきた。PSRに代わるスカッド・コストルールも迫っている。現在の財政事情が物語る側面はあるものの、身の丈に合う、適切且つ挑戦的、非常にポジティブな夏を過ごしていることは、本来エバートンが維持するべきスタンスを思い出させてくれる。
「あの頃」の"スロースターター"にはトップ4、あるいは欧州圏内を狙うモイーズ・エバートンに対する揶揄も含まれていた。しかし、群雄割拠、現代のプレミアリーグで生き残る術、今のエバートンが目指す位置としての"スロースターター"は別の意味合いを込めたいと考える。
①まずは残留し、25-26シーズンの開幕を新スタジアムと共にトップリーグで迎えること。②高く目標を設定するのであれば、ボトムハーフの中でより良い順位に達すること。③順位が一桁台に乗るようなことがあれば万々歳だ。④ダイチの哲学は常に勝利を目指すこと。その結果、最終的に必要なだけの勝ち点を奪う。⑤今、短期目線で現実的に目指すのは欧州への切符では無い。
そのためにチームのパワー、ペース、エナジーをいつピークに持っていくか?ボーンマスやクリスタルパレス、そしてエバートン。23-24プレミアリーグで怒涛の追い上げを見せたチームは特徴的な進捗と成果を残した。選手層や戦力がビッグ6と比べて劣る中下位のクラブにとって重要な戦略である。総じて言いたいのは焦らなくていいということだ。
エバートンは23-24シーズン、リーグ内でも負傷離脱者が少ないクラブのひとつだった。満足に補強ができない中、スターティング・メンバーを固定化したリスク&ダメージと隣り合わせでありながら恩恵も授かった。チーム完成度を高める要因のひとつとして考えられる。
選手交代の少なさは、昨季リーグ戦終盤で方向転換が見られたが、今季はどのように推移するだろうか。
◇
ここまで、新シーズンのスカッド・チェックを通してピッチ上の展望をお送りしてきた。本来ならば、クラブを率いる新しいオーナーを歓迎し、本当の意味で"チェック"する機会を期待していたが、残念ながらそうはなっていない。しかし、俯いてばかりもいられないし、明るい要素も着実に芽生えている。
2年と続かなかった監督リクルート、及ばない指揮官の定着。安定とは程遠いシーズンを繰り替えす中で、ようやく年を跨いでダイチの3シーズン目が始まった。おそらく、嫌気がさす期間も訪れるだろう。一辺倒で、トレンドとは無縁、武骨で古風、無味無臭な試合だって一度や二度では済まないだろう。
だが、強くなるために必要な時間を過ごしていると思う。誰もが経験しえなかった勝ち点減点を乗り越えて、晴れてプレミアリーグでの戦いを続けることができる。今回チェックしたスカッドが、数年後には「あの頃は良かったよね」と仲間内で会話に花を咲かす、眩い思い出話へと変わるかもしれない。
その眩さは、いつもクラブとそこで戦う選手たちを照らしてきた"ホーム"があったからこそだ。
さあ、全世界のエバトニアンが経験したことのない、グディソン・パーク最後のシーズンが始まろうとしている。そのシーズンと立ち会い、待ち受けるモーメントの数々、このスカッドとともに戦える、限られた時間を謳歌しよう。スロースタートでも、出鼻を挫かれても、私たちの居場所は未だプレミアリーグにある。当たり前ではない喜びを嚙み締めよう。
開幕戦、ブライトンとのゲームは
日本時間8/17(土)23:00キックオフ。
『SHINE BRIGHTLY』
グディソン・パークでのラスト・ダンスが幕を開ける。
2024年8月
NSNO Vol.30
「スカッド・チェック 24-25」
終