女には向かない職業?
「本当にこの本借りますか?」近所の市立図書館から、ある日謎の電話がかかってきた。他館にしかない本を取り寄せてもらっていた。
「どういうことですか?」と尋ねると「ひどく汚いんです」という返事。電話をかけてくるほどだからよっぽどのことなんだろうなと想像できるが、一体どんだけ汚いのかかえって興味が湧いて「とりあえず見て決めます」と答え、いそいそと図書館へ。
1980年発行のその本『女には向かない職業』(P.D.ジェイムズ著)は確かに古びていた。縦に細長いペーパーバック版でもともとの紙質が粗悪な上、背表紙以外のページがむき出しの三辺は日に焼けてこんがりとした茶色に。パラパラと頁をめくってみると、何のシミなのか焦げ茶の絵の具を筆で散らしたような大胆なシミが点々と踊っている。
とはいえ子供の頃、虫の食ったひも状の跡が幾筋も目立つ本を手にしてきた私にとっては、ちょっとかび臭いのが気になるくらいで、古いけれど決して読む気がうせるほど汚らしい本ではなかった。
読んでみるとありがちな推理小説っぽくない、なかなか味わい深い内容。小さな活字がみっしり詰まった2段組みで、頁が黄ばんでいることもあって老眼にはかなり読みにくいが、結末が気になってあっという間に読み終わってしまった。
探偵事務所に勤務する20代半ばの女性が主人公。探偵というのが「女には向かない職業」らしい(現代ではアウトな題名だろうか?)。
冒頭でいきなり唯一の相棒で事務所責任者が自殺。まだ新米の彼女はたった一人で事務所をやっていけるのか困惑し落ち込む。
そこへ早速仕事の依頼が。自死した息子の動機を調査してほしいという依頼に彼女は単身挑んでいく。
探偵という設定のせいなのか、訪れた家の様子、相手の容貌、心理状態、また彼女の胸に去来する直感や疑問などについて、かなり細かく丁寧に描写している。本筋とは関係ない場面の描写まで念入りにしてくれる。それが主観を排し、極めて客観的な描写をこころがけているせいか、食傷気味になることがない。どこか風景描写のようでかえって心地よく、ゆったりとした気持ちで読み進められる。
たぶんこの本の一番の魅力は、大げさとは無縁な愚直なほど丁寧な描写が、不慣れな仕事に時にははったりをかましながら、全力で取り組む彼女の初々しさとうまくマッチし、かつ際立たせている点ではないだろうか。
癖のあるベテラン探偵や、彼の頭脳が導き出す意表をつく謎解きを期待して読んだりしたらガッカリするかもしれない。
経験不足ながらも真相を究明しようと、持てる力をふりしぼって奮闘する主人公だが、どこかぎこちなく常に自信のなさがつきまとい、読んでいてハラハラする。
最終盤、謎解きの回収場面になってその魅力が半減してしまったのが残念。彼女の胸にずっとわだかまっていた謎が解けた点は良かったが、テンポよくいきたい謎解き場面も描写がちょっと丁寧すぎたかな。