サンドウィッチとは立って食べるものだった
もう20年も昔になってしまったが、フランスはパリ郊外にあるナンテール劇場で研修していた頃、私はサンドウィッチを座って食べることがなかった。劇場の中二階にあるカフェテリアは本番がない時間帯でも常にオープンしていて、劇場スタッフや関係者の胃袋を一手に引き受けていた。休憩時間には日本からやってきた演出家の卵を珍しがってか、方々のテーブルから呼び出されては、稽古の感想や昨日見た演目についてどう思ったのかを聞かれるのである。
当時の私は毎日のように劇場に通っていた。2年間の研修期間中に観劇した舞台は500本以上。私の意見を聞くことをみんなおもしろがってくれていた。特に演出家や演出助手が相手のときは、私も真剣だった。少しでもお世辞や嘘を混ぜると見抜かれる気がした。逆にあまり酷評するのもよくなかった。人の文句を聞きながらではメシを楽しめない。だからどんなにつまらない劇を見ても、どこか良いところ、おもしろくなりそうなところを見つけることに必死だった。ポジティブに話を切り出す。結局は全部演出家自身に跳ね返ってくるのだから。演劇人のマナーを食事で尽くす。そこにはどこか緩やかな連帯感があったように思う。
私は、サンドウィッチ片手にウロウロする。一般的なものは「ジャンボン」と言われるハムとチーズが挟まったものだったが、私は「プレ」、鶏肉にマヨネーズとトマトが挟まっているものをよく食べた。ジャンボンよりプレの方がマヨネーズのおかげで呑み込みやすいのが理由だった。私は各テーブルに呼ばれ、手短かにポイントを抑えて話をする術を身につけていた。何のことはない、立っていることがコツだった。もし、椅子に座ってしまうとおしゃべりなフランス人から逃れることは至難の技なのだ。次のテーブルに向かうためには、必ずエスプリ(冗談)を言わなければいけないことも自然と学んだ。今でもパン屋さんでプレを見つけると緊張が走る。あの時のサンドウィッチ外交を思い出すからである。
三浦基