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地震と大運

先日、「大地震は科学で予測できるのか?」というタイトルで東北大学教授の遠田晋次さんが出演されている番組 ( https://www.youtube.com/watch?v=Dt2chotCalk ) を視聴したのですが、

地震にも周期があって、いつ頃に次の地震が起こるのかを予測はできるが、
地震の周期というのは千年、百年単位なので、予測といってもピンポイントではできず、どうしても幅のあるものになる、という話をされており、

南海トラフ巨大地震に関しても、「今後30年以内に70~80%の確率」というかなり曖昧な表現になってしまうのも仕方がないのだそう。


この話をきいて、後天運である「大運」の捉え方もおなじだなと改めて勉強になった次第です。

後天運には、大運、年運、月運、日運がありますが、
大運は10年の長さの気、
年運は1年の長さの気、
月運は1か月の長さの気、
日運は1日の長さの気、がめぐります。

この一年で何がしたいですか?と聞かれれば、何か具体的なことを答えることはできますが、
この先10年で何がしたいですか?と聞かれて答えられるのは、具体的な事ではなく、ざっくりとしたことぐらいだという人がほとんどだと思います。

このように人間がはっきりと認識できる時間幅は1年程度であり、
10年の時間幅のものははっきりとは認識できない、はっきりとは感知できないことから、
大運の10年幅の気は「想念」というはっきりとしたカタチのないぼんやりしたものとなり、
年運の1年幅の気は「現実」というはっきりしたカタチのあるものになるのだということ。

大運の気の現象化は2,3年ほど前後することがあるということも、
地震の確率が「今後30年以内に70~80%の確率」と表現されることを参考にすれば納得もできますし、
大運の気がどのような感じで流れているのかも想像しやすいなと感じます。

そしてその地震の確率が曖昧な表現だとしても、いつ来るのかはさておき来ることは来る、やっぱり来たね、となるのと同様に、
大運の気もぼんやりとしたものだけれども確かにそこに流れていることから、その大運中には認識できなくても、その10年を総括すればそういえばそうだった、と認識できるもの。

地震と大運にもまた「世の中は相似形(フラクタル構造)できている」という話に通じる点を見いだせることがなんとも興味深いとおもうのですが、
どうでしょうか😊

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