さむそんっ。ロンシャンで小さく叫んだ。〜競馬歴_2008
競馬歴、前回は1998年のことを書きました。
今日は、いきなり10年飛びますが2008年について。
先日、ディープボンドが凱旋門賞の前哨戦・フォワ賞に勝ったのを見て、2008年にフランス現地で観戦した凱旋門賞について書きたくなりました。
「・・さむそんっっ!!」
さてさて2008年の個人的思い出のレース。
メイショウサムソンが日本から参戦した凱旋門賞。
言わずもがな、世界最高峰のレース。
残念ながら日本馬は数々の名馬が挑んだが、未だ未勝利。
この年。自分は、まだ結婚もしていなかったし、府中の近くに住んでいたので足繁く競馬場に通っていた。
国内遠征も敢行、新潟競馬場に初めて行ったりも。
そして秋、前から一度は現地観戦したいと思っていた凱旋門賞のためにフランスへ。
レースは・・ザルカヴァの圧勝だった・・!
サムソンはザルカヴァより遅れること約6〜7馬身でゴール。(後方、内ラチ沿いの馬がサムソン。)
今見返すと、直線入り口あたりではサムソンの隣には勝ったザルカヴァがいた。
ザルカヴァの進出とともに、サムソンも一瞬伸びそうな気配を見せる。
あのとき、「・・さむそんっっ!!」と小さく声を上げた。
しかし、ザルカヴァが前方の馬群を割って伸びたのに対し、サムソンは余力が残っていなかったようで伸びあぐね、十着に終わった、、
サムソンはこのとき五歳。
実は前年四歳時にも凱旋門賞参戦のプランがあった。しかし、馬インフルエンザに感染し出走を見合わせた。
前年の方が馬も若く、また相手関係でもチャンスが大きかったのでは、と思ってしまう。
ザルカヴァはちょっと強すぎた、、
そして、ザルカヴァ強そうだなと思いつつ、サムソン応援馬券をごっつり勝ってしまったんだよなぁ。。
・・レース後、夜のパリを徘徊し、なぜかインドカレーを食べたのはいい思い出。
ウオッカvsダイワスカーレット(天皇賞秋)
あとこの年のハイライトと言えば、稀に見る良きライバルだったウオッカとダイワスカーレットの最終対決。
何回見ても凄いレース。
ダイワスカーレットは負けはしたものの、普通なら馬群に沈んでおかしくないペースでの逃げだった。しかも半年の休み明けでである。
あの粘り腰はすごい。
自分はこのレース、スカーレット頭で買っていたので、直線でウオッカとディープスカイが並ぶ形で伸びてきたとき、「ああ、もうだめ、、」と思った。
そこからのスカーレットの二枚腰、今でも信じがたい。
結局、ハナ差2cmで負けたが、「2cm」なんてもはや「ハナ差」ではない。
「ハナの皮差」と言えないか。
(※新機能「ルビをふる」をここで強引に使う。笑。)
国内のレースではこの天皇賞・秋が思い出に残る。
牝馬の活躍(というか個人的な馬券)が印象に残る。
その他のレースでは、ブエナビスタのジュベナイルフィリーズが思い出。
あとは、オークスのトールポピー。
この二レースはけっこう儲けさせてもらった。なので、個人的に牝馬が活躍したな〜と思ってしまうが、よく考えたらこの二レースは牝馬限定戦だった、、
ただ、天皇賞秋はウオッカ、ジャパンカップは牡馬のスクリーンヒーローだったが、締めの有馬記念はダイワスカーレットが余裕の勝利。
牝馬が引っ張った一年だった、と言ってもいいのではないだろうか。
クラシック路線は二冠馬が出ず、わりと混戦模様で面白い年だった。
菊花賞馬・オウケンブルースリの強引なネーミングも印象に残る。
本当は「オウケンブルースリー」とつけたかったんだろうけど、規定の9文字縛りがね、、
ただ、オウケンブルースリは「ブルースリ」だからこそいいのだ、とも思う。
今年の凱旋門賞、日本は三本の矢で臨む。
最近、以下の記事を読んだ。
サムソンの担当厩務員だった加藤さんによると、サムソンは「強靭なメンタル」という大切な資質を持っていたのが最大の長所だったとのこと。
他馬にぶつけられると、「俺がいちばんだぞっ」と、またスイッチが入ると。
そんなサムソンでも馬群を割ることができなかった凱旋門賞。
さすがに世界最高峰のレース、出走馬は「強靭なメンタル」の持ち主ばかり。
そんなレースに今年も果敢に挑戦する日本の馬と陣営を、今年は日本から応援する。
現地で前哨戦を勝ったディープボンド、そして父は凱旋門賞馬バゴのクロノジェネシス。これに、日本生まれのスノーフォールを加えた三本の矢。
思えば、2011年のドバイワールドカップも三本の矢だった。
勝ったヴィクトワールピサ、二着トランセンド、そして当時の現役最強馬と言っていいブエナビスタ。
勝つチャンスは例年以上に大きいと見ているが、さてどうか。(もちろん、日本生産馬・日本調教馬ではないもののブルームで参戦濃厚な武豊の騎乗にも期待。)