
クイックに理解する「プレバリューとポストバリュー」
近年、スタートアップ業界で頻繁に耳にする「プレバリュー」「ポストバリュー」という言葉を耳にしたことはありますか。エクイティファイナンスの現場では当たり前のように使われているこれらの用語ですが、正確に理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。
プレバリュー(Pre-Money Valuation)とは、端的に言えば資金調達前の企業価値を指します。一方、ポストバリュー(Post-Money Valuation)は、調達後の企業価値を表す指標です。これらの概念は、スタートアップの資金調達において極めて重要な役割を果たしています。
では、具体的な事例を通じて、これらの違いを詳しく見ていきましょう。
プレバリューとは
企業価値100億円のスタートアップA社を例に、プレバリューの考え方を具体的に解説していきましょう。この企業の株式構成は以下の通りです:
・発行済み株式総数:1,000万株
・1株あたりの価値(株価):1,000円
この場合のプレバリューは、シンプルな計算式で表すことができます。
プレバリュー=1株あたりの株価×資金調達前の株式総数
このケースでは、創業者である1名の株主が企業価値100億円の会社を単独で保有していることになります。つまり、企業の価値すべてが一人の株主に帰属している状態で、プレバリューは「100億円」となります。

ポストバリューとは
では、先ほどの企業が新たな資金調達を実施するケースを見ていきましょう。
[資金調達の条件]
・調達前の株価(プレバリュー):1,000円
・プレミアム:10%
・調達時の1株価格:1,100円(1,000円 × 1.1)
・新規発行株数:200万株
この条件で第三者割当増資を実施した結果、A社は22億円(=発行株数200万株 × @1,100円)を新株発行により資金調達できました。
新しい企業価値(ポストバリュー)の算定
122億円 = プレバリュー(100億円)+ 調達金額(22億円)
つまり、この資金調達によって企業価値は22億円増加し、122億円という新たな企業価値(ポストバリュー)が形成されたことを意味します。

株式の希薄化を理解する
ここでは、増資や新株予約権の発行など、新たに株式が発行される際に必ず議論される「希薄化(ダイリューション)」について解説します。
希薄化とは何か
希薄化とは、新株発行により発行済株式総数が増加することで、1株当たりの価値や既存株主の持株比率が変動することを指します。この現象は、「経済的希薄化」と「所有権希薄化」という2つの側面から考える必要があります。
先ほどの事例を用いて、それぞれの希薄化について詳しく見ていきましょう。

経済的希薄化
これは1株当たりの価値が低下する現象を指します。今回のケースでは:
発行前の株価:1,000円
発行後の株価:1,016円
出資者が既存株主よりも高い株価で資金調達に応じているため、トータルの株価が上昇し、むしろ、既存株主にとってはプラスの経済効果が生まれています。(経済的希薄化なし)
所有権の希薄化
こちらは既存株主の持株比率(議決権比率)の低下を指します。
発行前:持株比率100%
(=自己保有1,000万株 ÷ 発行済み株式総数1,000万株)発行後:持株比率83.3%
(=自己保有1,000万株 ÷ 発行済み株式総数1,200万株)
明確な所有権の希薄化が発生していることがわかります。
結果、この新株発行に伴い、既存株主の経済価値は増加していますが、持分比率は低下し、企業への影響力は減少しています。
上記事例は増資を引き受けた出資者が既存株主よりも高い株価を受け入れた場合ですが、一方で、企業価値の上昇局面だけでなく、下落局面での新株発行についても理解を深めておく必要があります。特に、業績不振などにより、既存株主の取得価格を下回る価格(ディスカウント価格)での増資は、既存株主にとって大きな影響をもたらします。

このように、ディスカウント増資では経済的価値と支配権の両面で既存株主の権益が減少することになります。ただし、これは企業存続のための必要な選択である場合も多く、長期的な企業価値の回復を見据えた判断として捉える必要があります。
ポストバリューと希薄化の密接な関係
上記のとおり、ポストバリューの増加が必ずしも既存株主にとってプラスとならないことがご理解いただけたのではないかと思います。調達価格がプレバリューを上回る場合、企業全体の価値(ポストバリュー)は上昇し、既存株主の1株当たり価値も向上しますが、所有権の希薄化は避けられません。
しかし、調達価格がプレバリューを下回る場合は、企業全体の価値は増加するものの、既存株主の1株当たり価値は低下し、経済的価値と所有権の双方が希薄化することになるのです。
このように、新規調達による企業価値の変動(ポストバリュー)と希薄化は表裏一体の関係にあります。特に調達価格がプレバリューを下回る場合は、既存株主にとって大きなリスクとなることを理解しておく必要があります。資金調達の際には、この企業価値と株主価値の変動メカニズムを十分に考慮することが求められるでしょう。

株式譲渡の場合
プレバリューとポストバリューという概念は、新株発行(増資)に特有のものです。この点を理解することは、企業価値評価の本質を把握する上で重要な意味を持ちます。

企業価値は、その企業が保有する事業基盤や資産、そして将来にわたって生み出されるキャッシュフローによって決定されます。そのため、新たな資本の流入や資本構成の変化がない限り、企業価値そのものは変動しないのです。
この原則を具体的に示す好例が株式譲渡の場合です。例えば、ある企業の100%株主が保有株式の20%を1株@1,100円で売却したとしましょう。この取引で株主は2億円の売却益を得ることになりますが、これは株主個人の経済的利益に過ぎません。この取引は企業の財務状況やキャッシュフローに何ら影響を与えないため、企業価値は従前の100億円のまま維持されることになります。
つまり、プレバリューとポストバリューは、企業の資本構成に直接的な変化をもたらす新株発行や増資の場面でのみ意味を持つ概念です。株主間で行われる既存株式の譲渡は、企業の資本構成には影響を与えないため、プレバリューやポストバリューという概念は適用されないのです。