自己駆動粒子系の相転移とそのエントロピー変化【統計力学の不思議世界探索】#27

直径8.4cmのプラスチックの球体の中に、重りをつけたモーターが入っていてモーターの回転とともに重心位置がぐるぐる回る。球体が転がる回転速度・回転軸がモーターの回転と一致していれば、モーターの動力によってまっすぐ転がっていくが、本実験の設定では動きに制限がかけられ、モーターの回転速度より球体の転がる回転速度が遅い。そのために、重りが推進力を生む角度に来た時、球体の向きは毎回異なっていて、球体はふらふらと向きを変えるカオス的な動きをしようとする。
この球体をたくさん集めて、頻繁にぶつかり合うような狭い円形の壁で囲ったフィールドで動かしてみると、ぶつかり合いによってバラバラに動く状態と向きが揃った動きをする状態の相転移が発生する(補足動画1A)。

そして本論文では、この現象の観察から自己駆動粒子系におけるエントロピーと温度を定義して相転移について考察する。

統計力学の不思議世界探索、今回紹介する論文はこちら。
Entropy of state transitions in macroscopic activematter
巨視的活性物質における状態遷移のエントロピー
Entropy of state transitions in macroscopic active matter | Research Square

1個の球は直径8.4cmで、フィールドは直径38cm、これは球4個を並べてちょっと隙間ができるくらいの大きさのフィールド。入る最大の個数は14個で、外周に10個、内側に4個が並ぶ(図1A)。
球の運動としては、並進が2自由度(フィールドの中心から見て半径rと偏角θ)と、回転が1自由度(一般には、地球の自転とその自転軸の歳差運動のように球の回転は2自由度あるが、ここでは主要な成分のみ見る)ある。

自走粒子系では、往々にして時間反転対称性がある(録画を逆再生しても区別がつかない)。
まず14個で動かしてみた例として、動画1B, Cのように、各球がぶつかり合って細かく揺れるだけの状態と、全体的に回転する状態がある。この2状態は、左右に並べてある時間反転したものと見比べてもどちらも同じように見える。しかし、動画1Dのように相転移が起こるところでは時間反転対称性が破れるのが見てわかる。
時間の矢とも言われる時間反転対称性の破れは、一般に忘量(エントロピー)の増大方向によって説明される。(エントロピーの解説は、こちらの前提知識2を参照 エネルギーとエントロピーを司る神々のゲーム【論文紹介】#9|喜多見奈美 (note.com) 実験的に、本記事ではエントロピーのことを「忘量」と書いてみます。)

忘量を定義するためには、すべての状態数を数えなければならない。そのために、球の存在位置を、最密充填である14個の球の並びに対応してフィールドを14分割したエリアでカウントする(図1D)。
微視的な状態としては各エリアで、球の3つの自由度がある閾値を超えて速く動いている場合に状態を1つカウントして、図1Eのように各エリアで0~3の値を取る。
(なんだか恣意的な設定にも思えるが、本来の量子力学的な波動関数n波長分という飛び飛びの値を何とかこの実験のスケールで真似たものと解釈できる。)

微視的な状態数Ωを全部数える式が本論文の(1)式である。

(書き写すのも面倒な複雑な式だが、ミクロな状態数を全部数える式だと感じ取れればよい)

そして忘量Sは定義より、S=logΩで計算できる。
本実験では粒子数14なので、力業的に全粒子の状態を数えて忘量を厳密に計算できてしまう(現実の$${6×10^{23}}$$個とか粒子がある場合はそんなこととてもできず近似に頼るが)。

また粉体温度Tを、球の運動エネルギーの平均として次のように定義する。
$${T=\frac{1}{2δN}\Sigma^{Ns}_{n=1}(v_n-〈v〉)^2}$$
(↓この記事でも登場した、粉体力学で広く用いられる尺度である。
球の衝突と密度変化だけから起こる相転移(牛を球とみなして何が嬉しいのか)【論文紹介】#15|喜多見奈美 (note.com))
粉体温度も忘量と並んで巨視的状態の評価の値として今後使う。

図1 A. 実験セットアップ B. 青が重心位置、赤がマーカーの位置 C. 運動の3つの自由度 D. 球の状態を見る14のエリア分割 E. 各エリアでの3自由度のうち閾値を超えたものがいくつあるか 0は球が1つもない状態 F. 4つの巨視的状態 G. 忘量(黒線)と粉体温度(緑線)で見た相転移

球14個で巨視的な状態としては、次の4つの状態が観察される(図1F)。
状態a:局所的な回転の自由度のみを使用し、正味の変位がほとんどない頻繁な衝突を特徴とする状態
状態b:外側のリング上の球の運動は局所的な運動のままであり、内側のリングは方位角的に同期する状態
状態c:状態cとは逆で、内側のリングは局所的な運動で、外側のリングは方位角的に同期する状態
状態d:両方のリングともに方位角的に同期している状態
うち、状態a, dは安定で、状態b, cはaとdの遷移の間に現れてすぐ壊れる不安定な状態である(図1E)。動きが速い回転している状態では各エリアで自由度が2観測され、内側or外側で回転しているかどうかが色でわかる。特に60秒過ぎの状態aからdの遷移が明瞭に見える
図1G、動画2Bの忘量と温度を見てみると、活発に動く状態dに遷移した途端に温度も忘量も急激に上昇している。

遷移の様子を詳しく見るために、温度と忘量を縦横軸に取ってみたのが、図2である。

図2 A. 忘量を横軸、粉体温度を縦軸にとっての状態の分類
B, C. 縦横軸は同じで粒子数14(B)と粒子数9(C)で、何度も実験をやってみての状態密度をカラーマップで表示

図2Aの粒子数14では、忘量も粉体温度も低い状態a, bと、忘量も粉体温度も高い状態c, dにきれいに分かれている。それも、温度は連続的に変化するものの、忘量は不連続にジャンプする。これは、水などにもみられる典型的な相転移の兆候である。
また、実験を通して観測された状態の頻度を、粒子数14と9の場合でヒートマップで表したのが図2B, Cである。
粒子数14では、系が状態aとdを中心とする2つの点の周りに局在することを示しており、これは状態aとdの双安定配置(それ以外の状態はほとんどとらない)を示している。
粒子数9での結果は、隙間が多めで動きやすいために、全体的に温度が高めで広い範囲の状態を取っている。それでも、忘量は間が空いて2領域に明瞭に分かれているのは驚くべき結果である。

最後に、粒子数を14,12,10,8と変えてみた結果を、粒子数の区別なしにプロットしたのが図3A(動画2B)である。粒子数の変化は、液体⇔気体の密度の自然な変化とも解釈できる。

図3 A. 粒子数を変えた実験も含め、横軸を温度にして縦軸に忘量を取ると3つの状態が見える B. 参考に水などの現実の物質での3態の温度と忘量

温度を横軸、忘量を縦軸に取ると、温度を変化させたときの忘量の飛びによって3つの状態に分けられる。これらの状態は、
球が無相関のまま局所的な運動を行う固体、
球が方位角方向に同期する構造をとる液体、
球がフィールドの空隙領域内でカオス的に動く気体
と解釈でき、それぞれの状態間では忘量が不連続に変化する。これは、水などの物質が固体、液体、気体と相転移するときの温度と忘量の関係に似ている。
水の相転移による忘量の変化についてはこの資料が詳しい。
chapter11.pdf (osaka-cu.ac.jp)

ここまでの実験結果を受けて、以下私の感想だが、本実験における球体の集団の相転移はわかった、しかし水などの現実の相転移する原子は、なぜこんなものがあるのかわからない。量子力学的に考えても、例えば陽子や電子がなぜこのような質量を持つのかはわからない。ヤン-ミルズ方程式の質量ギャップの存在証明(≒陽子や電子がなぜこのような質量を持つのか)問題は、ミレニアム問題の一つとして100万ドルの賞金がかけられているが、まだ未解決である。
モーター駆動の球体を14個集めただけで、この世界自体の不思議にちょっと足を踏み入れさせられる、深い読み味の論文だと思う。


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