喜多見奈美

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最近の記事

ランゲルハンス島の眠りと目覚めと協調性【統計力学の不思議世界探索】#28

ランゲルハンス島(pancreatic islets)とは、すい臓(pancreas)の体積のうち約5%を占め、島のように散在する内分泌腺の細胞群である。主な機能としては、血中の糖分濃度の変化に反応してβ細胞がインスリンを分泌し、全身の細胞が健康に活動できる範囲に血糖値を調整する。 すい臓の残りの約95%は外分泌腺で、消化酵素を十二指腸に送り出す。(血液が巡る範囲が"内"で、それに対して腸管の中は"外"とみなす。) ここまでは、生物の教科書や一般教養のレベルだと思うが、本論文

    • 過渡カオス数列(仮称)の世界へのいくつかの入り口

      Fly straight dammit! sequence(真っすぐ飛べこのっ!数列)という数列がある。この数列の説明は↓この動画の前半(1:33~7:49)を見てほしい。英語はわからなくても数字を見ればだいたいわかると思う(common factorは公約数、gcdはgreatest common divisor最大公約数のこと)。 この動画を見て私がまず思ったのは、数学的帰納法で「n=kで成り立つならn=k+1で成り立つと言っても、n=1のときで成り立つとは限らないので

      • 自己駆動粒子系の相転移とそのエントロピー変化【統計力学の不思議世界探索】#27

        直径8.4cmのプラスチックの球体の中に、重りをつけたモーターが入っていてモーターの回転とともに重心位置がぐるぐる回る。球体が転がる回転速度・回転軸がモーターの回転と一致していれば、モーターの動力によってまっすぐ転がっていくが、本実験の設定では動きに制限がかけられ、モーターの回転速度より球体の転がる回転速度が遅い。そのために、重りが推進力を生む角度に来た時、球体の向きは毎回異なっていて、球体はふらふらと向きを変えるカオス的な動きをしようとする。 この球体をたくさん集めて、頻繁

        • じゃんけんにおける非自明な統計的振る舞い【統計力学の不思議世界探索】#26

          きょうはじゃんけんをするよ。 グー、チョキ、パーのうちすきな手をえらんで100万回くらいしょうぶをしてみよう! 統計力学の不思議世界探索、今回紹介する論文はこちら。 (今回も最新ではなく、むしろ古典と言ってもいい2001年の論文です。) Rock–scissors–paper and the survival of the weakest じゃんけんと最弱集団の生き残りhttps://homepages.ecs.vuw.ac.nz/~marcus/manuscripts/R

        ランゲルハンス島の眠りと目覚めと協調性【統計力学の不思議世界探索】#28

          論文紹介シリーズ【統計力学の不思議世界探索】の方針について

          1年近く経とうとしている論文紹介シリーズ(【統計力学の不思議世界探索】というシリーズ名を定めたのはつい前回のことだが)。人工知能の発展によって、特に先日発表されたOpenAIのo1が大きな契機であるが、開始当初はちょっと思いもよらなかったような方針が見えてきたのでそれについて書きたい。 「arXivで見た統計力学の最新の論文のうち、週1ペースで気になったものを一般人向けに紹介する」というスタイルは、最初はもっぱら自分のためだった。物理学専攻の修士課程を修了し、それとは全く関

          論文紹介シリーズ【統計力学の不思議世界探索】の方針について

          動物の群れの意思決定(誰がリーダーでどう影響するのか)【統計力学の不思議世界探索】#25

          ミツバチの8の字ダンスの研究が有名であるが、多くの動物の群れ(イワシの大群やヌーの大移動など)にとって、良い餌場の方向を知っていたり群れを的確に導ける個体は、群れの中でも年長者や感覚の鋭い個体のようなごく一部だと知られている。そのようなリーダー格の個体が、群れにどれほどの割合いるのか、ごく一部でも群れ全体にどれほどの影響を及ぼしているのかをシミュレーションして統計力学的に調べるのが本論文の目的である。 統計力学の不思議世界探索、今回紹介する論文はこちら。 (今回から【統計力

          動物の群れの意思決定(誰がリーダーでどう影響するのか)【統計力学の不思議世界探索】#25

          Vicsekモデルの初出論文を読む(簡潔で美しく深遠!)【論文紹介】#24

          今回はまた、古典的な名論文を紹介したい。 魚や鳥や草食哺乳類の群れなど、自己駆動粒子系を記述するモデルの代表例であるヴィチェック(Vicsek)モデルの初出論文である。本論文にはVicsek modelとは書いてないが、筆頭著者のTamás Vicsekの名前からのちにそう呼ばれるようになった。 今や界隈では知らない人はいない超有名モデルだが、本記事では知らない人にも伝わるように書くのでご安心ください。(というか本論文自体も、当時Vicsekモデルが存在しない世界にVicse

          Vicsekモデルの初出論文を読む(簡潔で美しく深遠!)【論文紹介】#24

          都市交通のボトルネックが都市全体に及ぼす影響【論文紹介】#23

          なぜこんなものが季節の風物詩になっているのか奇妙だが、渋滞の季節だ。(時候の挨拶) 渋滞学などで、高速道路の渋滞は比較的研究は進んでいるが、たくさんの交差点で道路がネットワーク状に複雑に絡み合った都市の中での渋滞は未解明な部分が多くある。 今週紹介する論文はこちら。 Percolation transition in dynamical traffic network with evolving critical bottlenecks 変化する臨界ボトルネックを持つ動的交

          都市交通のボトルネックが都市全体に及ぼす影響【論文紹介】#23

          ライサマ祭りだワッショイ!ワッショイ!【時候コラム】#4

          夏はお祭りの季節ですね(挨拶)。 https://x.com/bertisnanu/status/1816069276748648494 気象界隈では、夏に発生する積乱雲を楽しみにしている人がかなりの割合いるように思います。 (1)高度十数キロに及ぶ雄姿、それが上空を通過していく様はまず見た目からわくわくしますし、(2)雷や(3)強風や(4)大雨などアトラクション的な楽しみもたくさんあります。時に(5)人的物的被害が起こることもありますが。 これは、人間界の祭りでもかなり

          ライサマ祭りだワッショイ!ワッショイ!【時候コラム】#4

          カードゲームUNOにゆらぎの定理を適用してみた【論文紹介】#22

          カードゲームUNOの山札と対戦相手をお風呂とみなす。そうして、自分の手札の枚数が増えたり減ったりする統計的な振る舞いにゆらぎの定理を当てはめてみると、ゲームの興味深い解釈ができるようになる。 今週紹介する論文はこちら Emergence of Fluctuation Relations in UNO UNOにおけるゆらぎの定理の適用可能性 2406.09348 (arxiv.org) ゆらぎの定理についての解説はこちらの動画に譲る(説明がかなり丁寧なおかげで長いが、55:

          カードゲームUNOにゆらぎの定理を適用してみた【論文紹介】#22

          結び目理論超入門(凝縮系物理に関わる結び目理論)【論文紹介】#21

          まず、結び目理論の入門として、ありそうな誤解を一つ解いておく(私がしばらく誤解していたことだが)。 結び目理論は、3次元空間中の結び目そのものを扱うのではない。結び目を2次元平面に描いた結び目図式とそれに対する操作のみを扱う(下図A)。一旦2次元に落とすために、やや回りくどいことをやっているようにも見えるが、2次元に落とすおかげで扱いやすくなっているという恩恵は大きい。 本記事では、結び目不変量(同じ結び目なら同じ値、違う結び目なら違う値になるもの)の代表例である、ジョーンズ

          結び目理論超入門(凝縮系物理に関わる結び目理論)【論文紹介】#21

          対流圏という乱流の花園【時候コラム】#3

          地面が太陽に照らされる。 地表付近の水蒸気の多い空気が暖められて上昇し、積雲が湧きたつ。 水蒸気を含む空気が露点高度より高くまで断熱膨張することで乱流が可視化されている。 なんと美しい光景だろう。 現代の気象予報技術では、数十km程度の解像度の一定範囲で積雲が湧きたちそうだということは予想できる(天気予報で「大気の状態が不安定になる」というのがそれ)。しかし、積雲1個1個の発生位置や形や規模は全く予測不能で、せいぜい1時間くらい前にわかるのが関の山だ。 地球が太陽に照らさ

          対流圏という乱流の花園【時候コラム】#3

          正解のない社会での合意形成のダイナミクス【論文紹介】#20

          哲学者のゴットハルト・ギュンターは、主観しか持ちえない我々がどのように思考を精緻化するかを考え、ヘーゲルの弁証法に対する批判として複弁証(polycontexturality)を提唱した。(これまた定まった訳語がないようなので、ここでは複弁証と訳す) まず、ヘーゲルの弁証法は簡単に言うと、テーゼ(ある命題)とそれを否定するアンチテーゼを考え、その2項対立ではなく2つを包括するジンテーゼに至るという思考法である。ジンテーゼという一段高い思考に至る過程のことをアウフヘーベン(止揚

          正解のない社会での合意形成のダイナミクス【論文紹介】#20

          群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

          人混みの振る舞いを大規模に調査するため、オランダで5番目に大きい駅であるアイントホーフェン(Eindhoven)中央駅の3,4番乗り場の階段とエスカレータの部分に次のような観測装置を置いた。 一日の利用者は約46,000人である(パンデミック前は約77,000人だったそうだが)。この装置によって2021年4月から2022年5月まで約1年間のデータを取り、従来の研究より3桁も多くの群衆の動きのデータが得られた。 今回紹介する論文はこちら。 階段上の群衆力学の大規模統計とその

          群衆力学(Pedestrian dynamics)から見るヒトの形(ヒトは球とみなしてよいか?)【論文紹介】#19

          「これはスモウ」「スモウってこれか」言語集団におけるラベル付けの発生【論文紹介】#18

          話し手(Speaker)側の画面に3つの図形が表示され、そのうち一つがランダムに選ばれて黒枠を付けられる(下図a)。顔の見えないところにいる聞き手(Hearer)にも同じ3つの図形が見えていて、どれか1つを選択できるようになっている(下図b)。その聞き手に同じ図形を選んでくれるように、話し手は黒枠で選ばれている図形の特徴をアルファベット6文字以内で伝える。並び順はランダムに変えられているため、左、中、右という伝え方はできない。話し手と聞き手を交代しつつ、正解した数だけ両者とも

          「これはスモウ」「スモウってこれか」言語集団におけるラベル付けの発生【論文紹介】#18

          あつまれブリッスルボットの平原(協調運動の発生起源)【論文紹介】#17

          日本語資料がないのが不思議なほどだが、ブリッスルボット(bristlebot)というものすごくシンプルな仕組みで自走するロボットがある。 歯ブラシのブラシ部分だけを切り取って、スマホのバイブパーツと電池を付けただけのもので、ブラシの毛を足として振動によって前進する。あと、全く必要ないが目を付けてかわいくしてある(←重要!)。 今週紹介する論文はこちら。 A Mechanical Origin of Cooperative Transport 協同輸送の機械的起源 2402.

          あつまれブリッスルボットの平原(協調運動の発生起源)【論文紹介】#17