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宮本浩次氏エレファントカシマシ感想Ⅵ
夏にかならず聴く曲はエレファントカシマシの「歴史前夜」だ。私はこれを歌う宮本浩次氏にひたすらに夏を感じる。また、ステージ自体が熱をもって生きる夏のたかまりのように感じていつも胸がいっぱいになる。
「歴史前夜」とは、エレファントカシマシがただ1回だけ披露した楽曲である。2003年8月3日ひたち海浜公園のROCK IN JAPAN FESTIVAL だ。名作『扉』のレコーディング中の彼らは収録曲「歴史」を仮歌のままうたう。
スキャットやニセ英語でうたわれるロックを私たちは知っている。「歴史前夜」もまた、それらの歌と同じく洋楽的にのびのびと抑揚あるメロディーをかなでている。だが「歴史前夜」にはそれらよりも無垢な魅力を感じる。
まず、それが仮歌であって、これから言葉になる途上のものであるという来歴は貴重だと思う。たとえば「歴史」はlet me see(ええとor見せての意)に聞こえなくもないし、「夏の夜」ははっきり歌っているのだ。
歌声が楽器のような音でなく未定のままコトバに向かう志向がある。
また、フェスにたいして余力をのこさぬ本気さがある。自分たちがいま作っている曲が最高で、それをいま披露することがベストだと考える発想がここにはうかがえる。不器用なほどストレートな情熱が投じられるのだ。
いまこのとき特別なこの時間にふさわしいものを生み出そうとしている。
そして、この楽曲をこの場で完成された作品へとつむぎあげる宮本浩次氏の凄さがある。仲間の演奏、自分が発した音、観衆の反応。それらのひびきを受けとめてさらに一歩踏み出していく気合いと才能に魅了される。
瞬間に生起するこの現実をつかんで輝かせる無類の創造性が発揮される。
ジャンルそのものの、情熱そのままの、類ない才能のくもりなさの輝きに「歴史前夜」を聴くものは出会う。あらゆるものの一瞬の昇華に触れること。それが「歴史前夜」があたえてくれる夏なのだ。
それが確かに日付をもった現実の夏であったこと。このことに胸のうずきを感じる。きっと世界の祝福であるようなフェスはいつかまた訪れるのだ。「歴史前夜」は私に世界にたいする希望さえあたえてくれる。
(「歴史前夜」は『ROCK'N ROLL BAND FES&EVENT LIVE HISTORY 1988-2011』というDVDで、『日本 夏』というライブアルバムで聴くことができます。アルバムがプレミアがつきすぎているので前者がおすすめです。)