見出し画像

僕がペーパーバックを読み始めたわけ⑪

 この3月も私はジェイムズ・ティプトリー・JRの“HER SMOKE ROSE UP FOREVER”
(ARKHAM HOUSE, 1990年)を読んでいる。休むに似た私の読書スピードであるが、じつは本書のピークにもうたどり着いていた。なぜなら、この傑作選は「接続された女」と「歩いて帰った男」が並んでおり、これらティプトリーの大傑作がコンボで読めるこのラインが本書のクライマックスと言って過言でない。ティプトリーファンにとって至福の読書体験なのは間違いないでしょう。
 “THE GIRL WHO WAS PLUGGED IN”のヒロインはフィラデルフィア・バーク。語り手によって “the ugly of the world”とも言われたこの17歳の少女は、彼女にとり神に等しい推し詣でのあとに、ひとり公園で命を絶とうとする。からくも救命されたそのとき、身よりのないことを確認されつつ彼女がスカウトされたのは、彼女が精巧な機械装置に接続され、絶世の美少女デルフィとして生まれ変わることだった。
 「接続さたれ女」はこんな感じの未来版シンデレラ・ストーリーなわけですが、スラングまじりで毒舌な語り手によってハイテンションに進行するこの話は、けっしてめでたしめでたしで締めくくられることはない。というか、予想以上にエグいラストで、中学生の私は本作の王子さまであるポールが本当に大嫌いでした。でもいま読むとポールの描かれ方も含蓄があってぜんぜん嫌いにはなれない(だってフィラデルフィア=デルフィの愛した人だもの!)。
 悲しくてグロテスクで滑稽で、だからこそこの現実と同じいとしさがそこにある。本作がサイバーパンクの先駆とされるのは、きっと、このような現実とのつながり方にもあるはずと思う。以下は引用を!

She's sure he hates her now, all she wants is to die. When she finally understands that the fierceness is tenderness, she thinks it's a miracle. He knows―and he still loves!(p72、ラスト一文のイタリックを改変)

いまではポールが自分を憎んでいるものと思いこんで、ひたすら死にたいのだ。だが、その彼の激しさが優しさなのだと、ようやく理解できたとき、彼女はそれを奇跡だと思う。この人は真相を知ったのに――なのに、まだあたしを愛してる!
(『愛はさだめ、さだめは死』(伊藤典夫・浅倉久志訳、ハヤカワ文庫p205―206、「接続さたれ女」は浅倉久史訳です、あと、本作の語り手って「フェレット」なんですかね、だとしたら要素が多い!)


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集