PCオーディオに挑戦⑯:USB外部電源オプションの再実験(1)
☆プロローグ
『PCオーディオに挑戦』の⑨と⑩で、リニア電源についてのいくつかの実験を既に行った。割高でサイズも大きいリニア電源は安価で小さいスイッチング電源よりも、音質が良くなければならない。しかし、⑨と⑩では明確な優位性は見つけられなかった。電源スイッチが付いているという非オーディオ的理由でエルサウンドの電源を使い続けている。ところで、出川式CPMも理屈に惹かれて使用しているのが本当のところ。ここらでUSB外部電源オプションの使い方を見定めるために比較実験をいくつか追加しよう。
まず比較実験に使えそうな手持ちのものを列挙する。
(ア) iFi audio、iPower II、出力: 9V & 2A
(イ) エルサウンド、特注アナログ電源、出力 : 9V & 5A
(ウ) 出川式CPM
(エ) コトヴェール、容量 : 最大5Aまで
(オ) ファインメット・コモンモードチョーク用トロイダルコア
(ア) iFi audio、iPower II、出力: 9V & 2A
(イ) エルサウンド、特注アナログ電源、出力 : 9V & 5A
(ウ) 出川式CPM
(エ) コトヴェール
(オ) FINEMETトロイダルコア
これらを使って、オリオスペックのcanarino fils9 Rev.5のPCIeスロットにあるSOtMのtx-USBx10GというUSBモジュールに給電する。このモジュールのマニュアルには、外部電源の入力は最大で9V、5Aと記載されている。
なお、コトヴェールをつけないと(ア)iPower II 自体が良くならないのと、他の機器にも漏洩ノイズで侵食してしまうので、最初から組み合わせておく。また、(オ)出川式CPMの効用もはっきりさせるべきなので、FINEMETを2次側の当て馬にする。したがって、1次側では(ア)iPower II & (ェ)コトヴェールと(イ)エルサウンドのリニア電源との比較なのであり、2次側では何もつけないのか、(ウ)CPMだけなのか、(オ)FINEMETだけなのか、(ウ)と(オ)を組み合わせるのが良いのかを比較しながら、順次検討していく。
上記を図式化して列挙する。①が現状のシステム。
①リニア電源 ⇒ 出川式CPM ⇒ SOtM、tx-USBx10G
②リニア電源 ⇒ SOtM、tx-USBx10G
③リニア電源 ⇒ FINEMET ⇒ 出川式CPM ⇒ SOtM、tx-USBx10G
④リニア電源 ⇒ FINEMET ⇒ SOtM、tx-USBx10G
⑤コトヴェール ⇒ スイッチング電源 ⇒ 出川式CPM ⇒ SOtM、tx-USBx10G
⑥コトヴェール ⇒ スイッチング電源 ⇒ SOtM、tx-USBx10G
⑦コトヴェール ⇒ スイッチング電源 ⇒ FINEMET ⇒ 出川式CPM ⇒ SOtM、tx-USBx10G
⑧コトヴェール ⇒ スイッチング電源 ⇒ FINEMET ⇒ SOtM、tx-USBx10G
比較音源
PCM系(FLAC96/24)
(a)アンドラーシュ・シフ「シューベルト、作品90-4、アレグレット」
(b)ジョン・バティステ「セント・ジェームズ病院」
(c)中島美嘉「雪の華」
DSD256
(d)ショーロクラブ「ヒロシマという名の少年」
PC以後のシステム概要は、SOtM、tx-USBx10G ⇒ USBケーブル⇒ NOSモードのMAY DAC ⇒ XLR ⇒ HEGELプリ ⇒ XLR ⇒ P-4600ステレオ片ch使用とする。
☆①と③の比較から
(a)アンドラーシュ・シフ「シューベルト、作品90-4、アレグレット」
『DSDの旅①:鍵盤楽器』でもとりあげたアンドラーシュ・シフのフォルテピアノによるシューベルト。使用しているフォルテピアノはシフが個人的に所有しているものらしい。ずいぶんと気に入ったのか、ブラームスのピアノ協奏曲も録音しているようだ。レーベルはECM。キースジャレットの有名な録音を出したレジェンダリーレーベルであり、非常に素晴らしいのである。まずピアノの右手の打鍵音が右側に定位する。そして左の打鍵音が左側に定位する。つまり、横からではなく鍵盤に向かうシフの位置の少し後方くらいがリスポジといった仕方の音の配置に思える。一部のサラウンド用のマイキングがもたらす没入感に近しい音楽空間なのであるが、サラウンドよりも精緻である。さらにフォルテピアノの虚飾のない明るい素朴な音色で、モダンピアノのたてるノイズとはまったく違う、そんな古いピアノ本体が軋む音を含めて、鍵盤の感触を悦んでいる。古楽とは絶対に愉しいはずなのである。まずもって奏者にとって。その本質的な悦びが伝送されていた。
この愉しい晩年のシューベルトアルバムであるが、その信号に並行する電源線を、日立のFINEMETトロイダルコアに通して1巻きすると、生々しさがましましになり、むわっとオーラが立ちのぼる。その香気がウィーンのそれなのかどうかは知らない。しかし、死に急ぐように音楽空間に誘引されるシューベルトの波長が実はそのすぐ先にはあるのかもしれない。あまりに爛漫な再生音と言えるだろう。もちろん愛すべきものだ。
(b)ジョン・バティステ「セント・ジェームズ病院」
FINEMETでチョークしたならば、ピアノの間奏で刺々しくなるのではないか?と、選曲してみた。深い意味で刺々しいのだ、決して煩くない。上のアンドラーシュ・シフのフォルテピアノと同じ傾向で、再生音の全体の雰囲気が良くなる。「セントジェームズ病院」での喪失から自己喪失に至る慟哭を表現しようと、バティステはピアノの間奏で強く弾いて弦を突っ張らせるように打鍵を繰り返し、金属音を鳴らしまくる。こうした表現は、耳に痛くて煩いのはダメであるが、逆に丸めてしまっては、エモーションが乗らない表現になってしまう。FINEMETによって曲の抱えるエモーションが純化されているようだ。
コモンモードチョークとエモーションの高鳴りとは、解剖台の上のミシンと傘の出逢いよりも、ずっと怪しげである。しかし、挿入される打ち込み系の低音の質感が向上しているのだから、ありうる話であろう。この打ち込み系低音はズン、ズン、と淡泊なサウンドでつまらない低音であったのだが、FINEMETによって、音像の襞が見えてきてそれなりに表情のある低音であると体験できたのだった。
(c)中島美嘉「雪の華」
USBをバスパワーでPCを電源とするのではなくて、セルフパワーでUSBを通して音楽信号を伝送する際のその外部電源の品質は、USB伝送に最も直接的な影響を与えてしまい、その電源の音が信号に乗ってしまうのかもしれない。オーディオシステムでUSBの信号とUSB外部電源ほどに信号と電源が近接するプロセスは他にあるだろうか。音楽信号と電源のクリティカルな近さなのだろう。
『PCオーディオに挑戦⑩:リニア電源(2)』で中島美嘉「雪の華」に関して、「クリップしたような歪みを感じた」というコメントを書いておいた。今回のFINEMETチョークにより緩和していたと思う。中島美嘉の声はそもそも聴きにくいということはないはずだが、聴きやすくなった。尾崎豊的な脆さを孕んだ彼女のエモーションが伝送されていた。また、この曲はオーケストレーションがなされており、多様な音色であるのだが、一番の下のエレキベースの再生音がとてもよかった。この種のオケを絡めたポップスやロックは低音が膨らみ過ぎて、全体の色彩を壊してしまいがちなのであるが、FINEMET有りでは、オケの下に入って存在感をはっきりと出しながら、オケとのグラデーションを達成する、タイトな低音になっていた。
上にシフとバティステの項で書いたのと同じく、情感の伝送特性が大幅に向上し、低音の表情が見えるタイトな表現が得られるのは、S/N比の改善とまとめることができるであろうか。電源の比較をしていたのであった。もうこれでいいじゃないかと比較のモチベーションはだいぶ低下しているが、続けるとしよう。
(ア) iFi audio、iPower II
(イ) エルサウンド、特注アナログ電源
(イ)のリニア電源は、(ア)のスイッチング電源よりも1次側は高品質である。漏洩ノイズが少ないのだ。2次側は(ア)が勝るのではないか。特に(エ)のコトヴェールで1次側をガードして「アクティブノイズキャンセレーション」ごと沈静化してやると、(ア)のスイッチング電源の2次側はいっそう質が高まるのかもしれない。
しかし、(イ)のリニア電源の2次側のDC出力をFINEMETトロイダルコアに通し、1巻きして、出力するならば、非常に生々しく、情感のこもった、雰囲気のある再生音になり、品位の高い低音を聴取できる。それは、(イ)リニア電源の2次側のノイズフロアに問題があったということなのだろう。巻き回数の調整で音質を変えられるのは実に都合がよい。
(d)ショーロクラブ「ヒロシマという名の少年」
菅田正浩監督の『ヒロシマという名の少年』(1987)のテーマソングで、アコースティックギターのデュオで演奏されることが多いのかもしれない。例えば、村治佳織さんのデッカ移籍デビュー盤の"Transformations"は武満徹のギター用作品を多数フィーチャーしているが、そこではイギリスの田舎町のスタジオで生き物たちの鳴き声や野を渡る風の音込みで、さらには携帯の着信音込みで、ギターデュオによる録音がなされている。
ショーロクラブはアコギとバンドリン、ベースというトリオなので、トランスクリプションによる演奏である。私のストレージ内にあるショーロクラブ『武満徹ソングブック ー コンプリート』は2011年に初出の盤に、新録を加えて日本コロンビアから新たに発表したもののようである。初出と『コンプリート』で10年の月日が経過しているはずだ。アルバムの音質は同じではない。特に、同じボーカリストを採用しているので、年月の経過は楽しむべきなのかもしれない。私が聴いているのはDSD256である。
実は、この『武満徹ソングス ー コンプリート』はあまり気持ちよくなかった。DSD256だから買ってしまったし、「DSD256」という規格が売りになってしまっているアルバムに思えていた。アナログテープを再生して、それを録音したような平面的で、くすんだ音色が古ぼけているように感じられていたのだった。「ヒロシマという名の少年」に関して言えば、村治佳織のようにスタジオのある種の弊害を強みに変えてしまうようなスペシャルな音楽空間とは言えないし、アコースティックギターだけのミニマルな掛け合いにもならない。
今回、FINEMETでDCケーブルをチョークした出音をチェックするDSD音源を選んでいて、他に試したいものがなかったから選んだのであった。バンドリンというのを意識したのが初めてなので、ギターとバンドリンの区別は不明だが、三人の奏者が横並びして、ギターとバンドリンの高域がとても綺麗であり、ベースも右から入って他の2人の高域を引き立てるべく、領分を外さないバンドサウンドを奏でていた。泣きたくなるほど感動したわけではないが、彩を感じる再生音になった。
このコンプリート・アルバムは多士済々なアーティストが絡んでおり、演劇的な楽曲も含まれている。ジャケ写の武満さんはなんとも言えない表情が素敵である。きっとこのお顔のような微妙な情感を湛えた演奏でありアルバムなのであろうから、私としてはいっそうエモーショナルな伝送ができるシステムの構築を頑張るとしよう。
☆おわりにかえて
『ルームチューニング⑤』で大振りの今治タオル2枚で、スクリーンにカーテンをかけるという話を書いた。それ以来、部屋の電気を消すと、ほぼほぼ何も見えない暗闇になる。下の画像はオーディオ再生しながら、リスポジで撮った写真である。2枚目はアキュフェーズのロゴが光っているのが分かると思う。1枚目はリスポジ後方のプリアンプの電源LEDが今治タオル式カーテンの切れ目のスクリーンの白色部分に当たってうっすらと青く光っている。心霊写真ではない。この青い光と足元の「Accuphase」マーク以外は、闇である。
オーディオシステムに混入するLEDの出す漏洩ノイズはやれる限りは対策している。LEDのパネル部やカバー等のもたらす反射音の混濁も必要以上に対策している。こういう対策を進める前に、部屋の電気を全部消して、闇の試聴を何度か実験したが、まあまあであった。
ある程度システムを煮詰めてきて、オーディオルームをできるだけの闇にしてみて思うのは、ヒトの視覚システムはオーディオのリスニングを邪魔しているかもしれないということだ。映像付きだから明らかに音質が悪いのにそれを好む人もいるので、長くなるが誤解のないように説明しておこう。
UHDやBlu-rayやDVDを再生するユニバーサルプレイヤーは、上級機は音声回路と映像回路を切り分けて、映像回路を遮断できるようになっている。つまり音楽信号だけを再生する場合に不要な映像回路をシャットアウトすることで、電源の余裕を作ったり、漏洩ノイズを遮断したりと、入出力の回路を閉じることができる。これと同じようなことが、目を瞑るという意識的な努力によってはできない。目を瞑るという意識が漏洩ノイズになるのだ。
物理的な暗闇の中での試聴は、特段の努力もなくごく自然と視覚の回路が閉じられて、聴覚に全振りした状態で、おそらく、音楽体験に没入することができるのではないだろうか。それは音質を良くするかもしれないし、悪くするかもしれない。なぜなら、今の条件では視覚の闇は音に向き合うというだけの話だからだ。音の良し悪しが、よく聴けるのだ。比較試聴にはうってつけであろう。
難点がある。すぐに寝落ちする。(笑)