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26w4d506gの男の子③突然の出産

2019年10月7日(月)
妊娠26週4日

覚悟はできてたけど、それは本当に
突然決まるものだった。

明日で突然の入院から2週間経つし、
あと3日で目標の27週に入る。
きのうは日曜日だったから娘と一緒に
面会に来た夫と、27週いけそうだね。
なんて話をして少し気が抜けた翌日の朝。

1日3回食事前に行う赤ちゃんの心拍の確認。
今朝も寝ぼけながら、それが始まった。
慣れてきたけど、眠気に弱い妊婦にとって
病院の朝は早い。
予定日より少し早く切迫早産になりそうで入院している妊婦さんは、これを10~15分。
私は予定日より3ヶ月前だし、赤ちゃん小さいしでこれを先生のOKが出るデータがとれるまで早くて30分。
赤ちゃんが小さすぎてお腹の中で移動しちゃうと心拍計からズレてしまうので、さらに延長になることもよくある。
その間は身動き取れないし、赤ちゃんの胎動を感じたらスイッチを押さないといけないから寝てもいられない。
何度かウトウトしたことあるけど…

今日も眠気と戦いながら胎動スイッチを握りしめていた。
眠いなぁ…眠い…今日あんまりスイッチ押す時もないし…赤ちゃんも寝てる…?
他にやることがないので赤ちゃんの心拍の波形に目を向ける。
あれ…?素人の私が見ても波形がフラフラしてる…?
え、定期的に心拍落ちてる…。
見ているとこっちまで息苦しくなるような波形をしている。
マラソンランナーが、
ちょっと頑張って走って、
あぁキツイ…ってスピード落として、
また頑張って走っているその繰り返しのよう。
これはちょっと…嫌な予感がする。
赤ちゃん寝てるんじゃなくて元気ない…?

とりあえず検査は終わった。

パタパタパタパタ…

もう足音でわかる。
担当の先生の独特なスリッパの音が、
私の病室へ駆け込んできた。

「赤ちゃん、今朝胎動少ないね?心拍もきのうあんなに良かったのに全然違うね?
お母さん、赤ちゃん出しましょう。」

Dr.コトーの先生みたいに普段穏やかに話す先生が走ってきたんだ、事の重大感がスゴい。

「今朝の心拍は…私が見てもわかります、あれは苦しそうでした。先生、赤ちゃん出してあげてください。お願いします。」

「わかりました、朝から元々予定が入ってる病院の全手術より、先に手術するから今からすぐ準備始めるよ!7:30には病室を出る!」

そうと決まれば、看護士さんの手際のいいこと!!
あっという間に手術着に着替えさせてもらいスゴい勢いで準備が整っていく。
いま7:00かぁ…大変!パパに連絡しないと!

「もしもし?決まった!今から帝王切開してくる!7:30には病室出るって!うん、いいよ
間に合わないから慌てないで!手術おわる頃いてくれたらいいよ!頑張ってくる!うん、行ってきまーす!」

出産は2度目だが、帝王切開は初めて。
でも、やるしかない。
しかも、今すぐに。
自分の不安と緊張を吹き飛ばすように
軽めのノリで夫への報告を済ませた。
注射も苦手な夫が「あいつスゲぇな…」
ってあっけにとられてるところを想像すると笑えてくる。
そう、その調子だよ私。
弱った赤ちゃんは今から突然お腹から出されて、それから保育器の中で安定するまで治療を受けなきゃならない。
誰より不安なのは今日突然外に出される赤ちゃんだもん。
私が不安がってどうする、よく言うでしょ。『母は強い』って。

夜勤でゆうべいてくれた看護士さんが、
そのまま手術室まで付き添ってくれた。
移動する間も、私が気丈に振る舞うから
それに合わせて明るい話題でずっと話してくれた。
手術台に乗ってからも、ずっとその看護士さんが力強く私の右手を握っててくれた。
私の不安より、その看護士さんの握りしめる手から伝わる「赤ちゃん生きて産まれて…」という本気の願いの強さが勝っていた。
何があっても受け入れる覚悟を決めている私よりはるかに強く、ひたすら命あることを隣で願ってくれているのが本当に心強かった。


麻酔が効き始め、私が事前に用意した
ディズニーのパレードの曲が手術室に流れる。
聞く余裕なんてないかと思っていたけど、
帝王切開の場合は自分ですることは何もないので、本当に用意してよかった。
看護士さんも先生も、いざ手術が始まるとさすがに私と談笑してくれない。
なにせ県内で年間5人いるかどうかのサイズの赤ちゃんの手術だ。
お腹に意識を集中しないように、音楽に意識を持っていこうと努力した。


「よし!赤ちゃん出ましたよ!」
と言われ、一生懸命赤ちゃんがいる方を顔が向ける範囲で覗く。
「大丈夫!赤ちゃん頑張ってるよ!」
もちろん、産声はない。
知っていたから、そんなことどうでもいい。
赤ちゃんはお腹から出したら、
大急ぎでNICUに向かう時に一瞬見えるかもくらいだと、事前に聞いていた。
正直、次に帝王切開後の処置を済ませた私と再会するとき、この子が生きている保証なんてどこにもない。

だからお願い、今生きているなら、
ひと目見たい…

と思いながら一分一秒の勝負の世界で赤ちゃんの処置をしてくれている看護士さんたちの方を見つめる。
なかなか見えない…

「赤ちゃんNICU行きまーす!」

私の手術台の横を、最低限の処置だけして
保育器に入った赤ちゃんが急いで通った。

それは一瞬だったはずだけど、
今でもスローモーションで思い出せる。

「…見えた!!」
思わず声を出すと、見えた?と看護士さんが聞いてくれた。

「よかった…想像してたより大きかった…」
あれなら、今からの治療がんばれるかもしれない…よかった…
姿を見て初めて、安心して泣いた。
私と一緒に涙を浮かべてくれた看護士さんは
赤ちゃんと一緒にNICUへと向かった。

安心したのと、私のお腹の後処理に時間がかかったのとで現実逃避もかねて、私はしばらく手術台の上で寝た。

病室に戻る途中のベッドのガタガタで目を覚ました。
病室では夫と母が待っていた。
「お疲れさま、結構時間かかったね」
「うん、赤ちゃん出すまではあっという間で、私の処置全然終わらないからヒマすぎて手術台の上で寝たもん」
「寝たの?さすがだわ」
「赤ちゃんね、一緒見えたの。たしかにお肉は付いてないけどさ、手足が思ってたより長くて!想像より全然実際のが大きく感じたから、なんか安心しちゃった♪」

そもそもノンフィクション書いてるけど、
この術後の夫婦の会話、全く脚色してない。
今振り返ると、メンタル激強夫婦だな。


しばらくして、先生が説明にきた。

·赤ちゃんは生きていて、NICUでの治療をスタートしている。
·600g超えている想定だったが、実際は506g
·産まれた赤ちゃんの状態をみると、あと数日早く出してあげてもよかったかな…
·赤ちゃんのことは今後はNICUの先生から
·私のお腹は普通の帝王切開より大きく切ったから塞ぐのに時間がかかった
(小さい赤ちゃんほどどこにいるか探して出す感じだから、キズは逆に大きくなる)

「先生、私も赤ちゃんの心拍見てましたから、今日出してもらったことがベストだったと思っています。ありがとうございます。」
という話をした。


疲れたし、おなかのキズが痛むのも怖いから
その日はまたたくさん寝た。


産声が聞こえる。
産まれましたよ、とおなかの上に乗せられて赤ちゃんの体重を感じる。
病室に戻って自分が落ち着く頃には、
赤ちゃんを抱っこできる。
ママも、パパも、
駆け付けたじーじばーばも。
産まれたその日に、一緒に写真が撮れる。
それが普通分娩だった長女の時に経験した、
最初の出産だった。
それがどんなに奇跡的なことだったのかと、
あまりに真逆な出産を経験して、
初めて気付いた。
本当に、すべての出産が奇跡の集合体だ。

その奇跡の意味の深さは、
1度の経験じゃまだまだ理解できなかった。

こんな経験を積んでもなお、
『絶対にもう二度と出産したくない!』
とは思ってないんだから、本当に人間って、
母親って、強いな。


•*¨*•.¸¸☆*・゚

④へ つづく

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