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「あまつさえ、僕は」
 ブルーダは言葉を失った、何も言わなくなったが、彼に繋いだネットワークが、その先を私に見せる。

 フォンに布告の執行を迫られたヒルデガルドとマリアの二人は、妃ルナの手引きで、シヴァの城内に入った。
 同時にヒルデガルドの実家は穀類倉庫他を王家が差し押さえ、父母使用人共、シヴァの城塞都市の壁の内側に移った、マリアの家族も同様だ。
これで手を出せなくなったフォンは、王家に直接交渉するのではなく、前任者に対して出されていたヒルダとマリアの婚姻秘蹟願いに目を着け、二人の婚約者だった男に手を回した。

「僕がフォン司教に話を持ちかけられて、飛びついたのは神皇教会の権威をもって、ヒルデガルドと結婚させてくれると言われたから、だって、僕にはそれしかヒルダと結婚する手立ては無かった。
一度は彼女を捨てたけれど、破門にならないで一緒に成れるなら、こんな良い事はない。そう、良い事はないと思った、だって悔しかったから。
僕が卑怯なふるまいをして彼女の心が離れたのと、それに伴って、何故彼女が僕を選んだか、わかった。

だってねぇ」

私は前脚の側面を舐めて右の顔を拭う、4回続ける。

「僕は、シヴァのロッソ王に少しだけ似ていたんだ。
そうか?なんて突っ込みはナシだよ、ヒルデガルド自身の口からも、そう言われたんだから。
そう、わかるだろう、ヒルダが本当に恋していたのはロッソ王だったんだ、けれど親友のルナ王妃のご主人だから、いかんともし難いし、ましてや子供を産むなんて。
僕は身代わりで、でも身代わりでも彼女と添えるのならそれも良かったのに。
フォン司教の布告でヒルダの恋の道が返って開けたと言う訳さ、彼女はマリア共々、王の側室になったんだ。
妃に気を使うだけで、本当に恋しい男と同衾し、場合によっては子供を産むことだって赦される。

僕は嫉妬に狂った、そしてヒルデガルドを恨んだ。
僕を捨てて、王に走るなんて、どう考えたって王の方が見栄えが良いし、男の中の男だ。」


そうかぁ?と私は聞きながら、左前脚の側面をざりざりの舌で舐める、顔をこすること4回。

「フォン司教は物腰も丁寧で、言葉も優しかった。
結婚の秘蹟願いが出ている以上、神の力を持って必ず僕とヒルダを結婚させてくれると。
仮に彼女の心が他の男にあったとしても、結婚してしまえば何とかなると言った。
若い貴方にはわからないでしょうが、添い遂げるうちにおいおいわかるものです。
教師が生徒に言い聞かせるように言ってくれた。

ゲルマニア系のテンプル騎士団がルナ王妃の動向を探った。
ルナ王妃は用心して、出歩く時はいつも3人で、それに王のつけた護衛が影から2人。
護衛の付くことに窮屈を覚えた3人の女は、ある日護衛を撒いて、僕の実家が水をくむ泉の傍まで、薬草を摘みに来ていた。
テンプル騎士団の斥候から、その知らせを受けた僕とマリアの婚約者は、騎士団と一緒に馬車で泉のある森へ向かった。
僕達は、はらはらしながら後をついていくだけだったが、屈強なテンプル騎士はあっという間にルナ王妃と二人の側室を馬車に押し込め、教皇区のフォンが待つ教会へ拉致してきた。

神皇区の教会で覚えているのは、そんなに大きくはないが、一見質素に見えて、素材やステンドグラスがとても豪華な教会だったと言う事。
きっとシヴァ王ロッソの趣味なんだろう、どちらかと言うとラテン系の華麗さを持った建物だった、いや一見質素で中身に凝るのは、ここエデンの気質かもしれない、彼はシヴァのエデン屋敷で産まれていると聞いた。
白い外壁、内側も白い大理石を張り巡らせ、高い天井からの光が回り、美しく明るい。
ステンドグラスから射す光は白い壁に映え、重厚な樫の祭壇とコントラストをなしていた。
明るいけれど、ひんやりとした荘厳な空気、そこに神皇教の聖歌隊の制服であるブルーの服を着けた、金髪をコロナに剃ったフォン司教。
彼は本当に聖職者に見えた、そう、ルナ王妃と問答をするまでは。
「司教さま、このように野遊びの途中を拉致しなくても、正式に使者を頂ければ、夫と共にまかりこしますのに」
 ルナ王妃の声は落ち着いていた、朗々と石造りの建物に響くアルトの声。
「拉致などと人聞きの悪い、訴えを聞き、そちらの娘さんたちに事情を聞かねばと思っただけです」
 フォンも穏やかに返す。
「この者達はシヴァ家の領民、更に今は私の侍女です」
 王妃は二人の友を指した。
「おや、私どもではシヴァ王の第二夫人第三夫人と聞いておりますが」
ルナ王妃はぎくりとした。
「誰がそのような戯言を」
フォンは楽しそうににやりと笑う。
「4人で閨を共にされているとか」
 表情が聖職者の物ではなくなっていた。
「同じ扉から中へはいりますが、次の間に控えております」
「さもありなん、シヴァ王ともあろう方が神皇教の教義に反して、複数の妻帯をする等ありえませんからな、別の建屋に跡継ぎを創るために内緒で囲うならともかく、正妻と閨を共にする等、万一教義に反すれば、破門」
 破門と言う伝家の宝刀を抜いてフォンが勝ち誇る。
「王が誰よりも信仰深いのは司教様が誰よりもご存知のはず」
「えぇ、このように環境の良いところへ土地を賜り、新しい教会の建立にもご尽力いただきました」
街中から隔離されてフォンはロッソを恨んでいた。
「2人にお聞きになりたい事とは?」
「この者たちが申しますには」
フォンが2人の僕達を指を伸ばした右手で指し示す。
「婚約者をシヴァ王に奪われたと」
 フォンの言葉に、僕は頷いて肯定した。
「馬鹿な」
「更に、シヴァ王は神皇教会に属す初夜権も、掠めた泥棒だと聞き及びますが」
 くくっとカケスのようにフォンが喉を鳴らす。
「王を侮辱するのは許しません」
 ルナ王妃は柳眉を逆立てた。
「更に」
フォンが意味ありげにいやらしく笑う。
「王はご自身の婚姻のときも、初夜の立会いを拒まれたとか」
 フォンは追い詰めるように言った。
「あれは前任の司教さまに証拠を確認していただいております」
 王族の結婚は同室に聖職者が立ち会い、二人が結婚したのを確かめる風習なんだ、でもロッソ王はそれを拒み、血の付いたシーツで証拠とした。
「血のついたシーツとやらですか、申し送りは見ましたが、私としては認めがたい」
 フォンの目が光る。
「何をおっしゃりたいのです?」
「司教の権利として調べさせていただきます」
 今にも笑い出しそうな嬉しそうな表情だ。
「すけべ、今更調べて何がわかると」
 ルナは王妃らしくない言葉づかいだった。
「何千人の乙女を見ている私です、たちどころに、いつ破瓜したかは判ります」
 フォンは右の中指と薬指を上に向けて蠢かせた。
「嘘をおっしゃい」
 ルナの目が険しくなる。
「それから、2人の娘さんの初夜権は王ではなく、神皇教会に属します、つまり前任者から受け継いだ私に」
「それは結婚を前提にしたことでしょう、婚約は破棄されています」
「えぇ、ですから、結婚の秘蹟願いが出ている以上、破棄には当たりません初夜権を行使した後に、この若者たちと娘さんたちの婚礼を私が祝福を与えましょう」
「嫌です」
ヒルダとマリアが同時に叫んだ。 ヒルダは僕を見もしない。
「そう言っていますよ」
ルナがフォンを睨んだ。
「おや、お怒りになったご尊顔もお美しい、だが、何度も言いますが婚姻の願いが前任者に出されているのですよ」
フォンが羊皮紙を翳した。
「一度戻り、王と参ります」
 ルナは二人の腕を掴み帰ろうとした。
「ご多忙な王にお手数をかけるまでもありません」
ヒルダとマリアが騎士に腕を抑えられ、振りほどこうともがく。
「おやめなさい」
 ルナが騎士たちを振り返る。
「ルナさまは私がお調べして、神の祝福を」
フォンは腕を伸ばし、ルナの肩を掴んだ。
「先代の司教は行使しなかったようですが、たとえ王妃であれ、権利は行使させていただきます」
フォンは蛇の笑みを浮かべた.
「女は好きでもない男の権利など認めないわ」
ルナ王妃は気丈に言い返した。
「神はアダムのあばらでイブをつくりたもうた、あばらが何を言おうが、アダムは気にしませんよ」
「おばかさんね、フォン、どんなに偉い男も女が産み育てるのよ」
悲鳴があがった、聖堂にならんだ3つの祭壇。
その上に白い布が敷かれ、マリアがあちらで、僕のヒルダも3人の騎士に押さえつけられた、衣服が短剣で裂かれていく。
「やめろ、約束が違う」
僕は懸命に叫んだ。
「お前に最初にやらせてやる、だが、早くしろよ、あと二人待っているんだからな」
屈強な騎士が短剣を光らせながら言った、もう一人は既に下帯を解いていた。
あちらの祭壇では、マリアが裸にされ、騎士にのしかかられ、婚約者は為す術も無く、立ちすくんでいる。
このままではヒルダも同じ事になる。
僕は意を決して、ヒルダにのしかかった、二人の騎士が下卑た声で僕をはやし立てた。
僕はヒルダに目だけで、僕の意思を伝えようとした、手足を他の2人に抑えられたヒルダは、顔を振り泣き叫んでいる。
「ヒルダ」
僕の声にヒルダは一瞬僕を見た。僕は視線で守ると伝えたかった、だが彼女の口から出たのは。
「ハイネス、助けて」
 僕は嫉妬に燃えた、どうして僕を受け入れない、こんなに愛しているのに。
ハイネスとはロッソ王に対する、ヒルダだけの呼び方、王子の時分に逢ったので、ずっとそう呼んでいると、城周辺の人々から漏れ聴いている。
 この女は僕の女だ、僕は狂った、必死にキスをした、嫌がる唇に唇を押し付け、舌で歯を探った。
 恋人同士だった時は、ヒルダも嬉しそうに唇を吸い、歯を開き舌で戯れ笑ったのに。
彼女の目に遭ったのは恐怖と嫌悪、歯は固く閉じられ僕を拒む。甘い声を産みだした愛撫から身をよじり逃れようともがき、表情を強張らせ、身体に鳥肌を立てている。
 そんなに僕が嫌いか? 本当に目の前が真っ暗になるんだよ、絶望って奴を始めて知った。
僕は僕自身を嫌いながら、でも凌辱を辞められなかった、僕がヒルダの上から降りたら、その途端、待っている騎士が自分の番だとのしかかるに決まっているから。
尻や背中を叩かれながら、野卑な声で早く済ませろと言われた。僕は焦りながら、絶対に降りるもんかと頑張っていた。

「ロッソぉおお」
ルナ王妃が悲しそうに叫んだ。
 不意に血の臭いがした、ルナ王妃を抑えていた、テンプル騎士の隊長の髭面が動脈血でボールみたいに吹き上げられている、大きな動物の動脈を切るとぷしゅーって音がするんだなと、僕は間抜けに思っていた。
 フォン司教の身体が紙みたいに、樫の祭壇に飛ばされて跳ね返った、身体のぶつかる鈍い音と、頭部がぶつかった、ごんっと言う音。
「呼んだ?」
赤毛の偉丈夫、ロッソ王が左の拳骨を握って、ルナ王妃の寝台の傍らに立っていた。
「ロッソ?」
ルナ王妃は首だけ回して夫を見上げた。
黒い胴当て、その中央に後ろ足2本で立って踊る紅いイノシシの紋。同じく黒い甲冑の籠手をつけている。
切り落とされた騎士団隊長の髭面は石の床に落ち、ごろりと転がった。目を見開き、口から血を流している。
ざぁっと音を立てて血が降った。大男は切り倒された大木のようにどうと倒れる。
「司教さま、これはいかに?」
血刀をもったまま腕を広げ、自らの胸当てに踊るイノシシのように、おどけて言っているが、ロッソ王の目は笑っていない。
剣を振り血を払うと、ルナ王妃を振り向く、瞳が優しい。
「来てくれたの?」
「必ず助けに行くって、いつも言ってるじゃない、遅くなって悪かった」
ロッソ王がふわりと笑った。

「シヴァ王よ、神皇の定めた初夜権の行使に逆らわれるか?」
フォンが殴られた頬をさすりながら、しわがれた声で言った。
「初夜権ねぇ」
 剣の柄を逆手に持ち、ロッソ王が笑う。
「民を治める王族は特に初夜まで破瓜は無いもの、もし穢れていれば浄化の儀式、火あぶりにするかしないかは私の胸先三寸。更に神聖なる教会を血で汚し、神を恐れぬ所業、これ以上逆らえば破門は免れませんぞ」
萎れたところから樹液を滴らせながら、威厳を保とうとしたが、フォンのセリフは滑稽そのものだった。
「騎士の血は穢れで、乙女の血はあり?」
ロッソ王がとぼけた調子で言う。
「うっ」
フォンは言葉につまった。
「神皇の教書には、出血をもって破瓜とすだっけ?乗馬なんかしていたら破瓜しても出血することは少ないんだぜ」
 王は女体の神秘講座の講師のように言った。
「だいたい、嫁になって数年経った女に、突っ込んだら初夜に処女だったかどうかわかるのかい?」
「それは天啓で」
「ほぉ、随分便利な天啓だな、ならば突っ込まなくてもわかるだろうてモンじゃねぇか」
王はエデン弁と言われるべらんめぃで啖呵を切った。
「・・・」
「要は良い女とやりてぇだけじゃねぇか、ろくに口説くこともできねぇでよ、このキモオタ野郎が」
吐き出すように言葉を叩きつける。
「王と言えど、たかが地方豪族。神を司る神皇庁への数々の愚弄」
フォンの顔色が赤くなったり蒼くなったり、微妙に変化する、コメカミに青筋が立っている。
「地方豪族だけど、女房は綺麗だぜ、おめぇが突っ込みたがるくらいな」
「ちょっ・・ロッソ」
ルナ王妃が聞いていて赤面した。
「人の女房無理やり、しかもただで突っ込みやがって」
「何を言ってるの」
ルナは焦っていた、ロッソの調子がはずれてきた、こういうときロッソ王は真剣に怒っている。
「それに、俺は神皇庁を愚弄していないぜ、神皇庁を語って極悪非道を尽くす、キモオタ坊主を糾弾している」
「おのれ、破門だ」
フォンが大声で怒鳴る。
「破門だ!」
 フォンが決め台詞のように繰り返し叫んだ。
「それ」
ロッソは諸刃の大剣の切っ先をフォンに向けた。
「なにを?」
血に曇る切っ先を見てフォンが後ずさる。
「その台詞おぬしが連発する破門ってやつ、家来や郎党が聞くとさ、びびっちまうから」
「そう、破門された者は世界に生きる場所が無い」
「と、ここいらの田舎者は思ってしまうからさ、士気にかかわるじゃない、だから一人で来たの」
 ロッソはにやりと笑う。
「ほぉ、良い心がけだ」
「本当に生きていけないんだよな、破門になると、周囲の国と付き合えなくなるし」
ロッソが困ったような顔をしてみせる。マリアやヒルダを犯していたテンプル騎士団は裸ながら、剣を握ってロッソ王ににじり寄る。

「では、我らに帰依なさるか?」
フォンがずるそうに笑う。
「嫌だ」
「はぁ?」
「だから、嫌だって」
「破門されたものは生きていけませぬぞ、古のブリトン王ですら、破門を解かれるためにバリモッサで飲まず食わず、3日3晩はだしで雪の中で許しを請うた」
「今のブリトン王は、離婚したくて新しい国教を造ろうと企んでいるみたいだぜ」
「なんと」
「人の女房に突っ込むことは考えても、そういう情報には疎いか、フォン、女てなぁ、大切なんだぜ、柔らかくて良い匂いがして、可愛くて、居てくれることを考えるだけで切なくなる、そんな相手、おまいさんに居たかい」
「・・・・」
「それに、神様とは自分で話すさ」
「なんですと?」
 フォンは耳を疑うと言う表情をした。
「おめぇみたいな、うすら馬鹿キモオタが偉そうにする腐った神皇庁なんて、いんちき通訳はいらねぇって言ってんのさ」
 ロッソ王は右の頬でうっすらと笑う、牙を剥く虎の表情。
「古より神の家を守ってきた神皇庁を愚弄するか」
「馬鹿ぬかせ、神皇庁を貶めているのはおめぇ達だろうが、人は神様と言葉が通じないって決めつけて勝手に通訳を買って出てよ、それを世襲にして免罪符だなんだと民をだまくらかして食い物にしやがって」
 緑の瞳が光った。
「選ばれた者にしか、神は言葉を賜らない」
「はぁん、そうですかねぇ俺はいつも話してるぜ、神様は誰にでも話しかける。まるで、友達に話すように、親が子供に話すように、話している。
何千年も前からの戒律だなんだってややこしくするから、こんがらがるのさ、こんがらせて銭にする。良い商売だな。要はおまえら邪魔だよ」
「神の使いをなんと心得る」
フォンは激昂して顔面が真っ赤だ、ロッソに殴られた頬桁は内出血で紫になってきた。
「それにおまえが神の僕で、破門をたてに、神様を愚弄する越権行為するなら、俺が神様に成り代わって成敗しろとさ、俺の神様はおっしゃっている。腐れ神皇なら破門上等、悪魔とでも抜かしやがれ」

忍び寄った騎士が剣を振り上げる。
刃風。
ロッソ王はすでにその場にいなかった。
「悪魔」
叫びながら裸の男たちが、ロッソを押し包み斬りかかる。
突いてきた剣の手首を摑み、関節で捻る、剣を持った裸の男がもんどうり打って仰向けに倒れる。
王はかかとで鼻のすぐ下を思い切り踏みつける、絶命。
と、同時に剣を左から右へ、テンプルの剣を握った腕が飛び、ロッソ王の刃が対手の乳から左の腰骨の上まで切り下げる、ずりっと身体がずれて倒れる。
ざぁと水が降り注ぐ音、降り注いだのは鮮血だ。

「どーもー、ご紹介に預かりました、悪魔です。悪いけど、強いよ」
 ロッソ王は低い声で言うとにやりと笑った。目の前の相手の鳩尾を刺し貫いて直ぐに蹴り飛ばす。
刃が人の身体から抜けた勢いで、そのまま後ろへ。いま、まさに斬りかからんとしていた男の首の右に刃が食い込む。ばっくりと開いた傷口から、血がしぶきになって吹き出す。

「さっきまで女に突っ込んでいた、濡れた筒をぷらぷらさせて、神も悪魔もねぇもんだ」
ロッソ王は囲みを抜けて、入り口の方へ走る。2人がロッソを斬り立てようとそちらへ移動した。
「これで女どもへの、とばっちりは無いな」
ロッソはまた笑う。
斬りあい、空を切る刃の音、跳ね上げられる金属音。
つぎつぎ振り下ろされる、斬り込みを、ダンスのようなステップで紙一重でことごとくかわす。

床近くに構えられた剣が跳ね上がる、ロッソの動きは稲妻、速度が桁違いだった。 4人いた騎士は既に骸になっていた。


ヒルダ、マリアが解放された、不意に僕の目の前に赤毛の美丈夫が立った、僕を見てにやりと笑う。
血の滴る大剣の切っ先がこちらを向いたと思ったら、額が冷たかった、血が垂れてきて、目が見えなくなったら、額に熱さと激痛を感じた、僕は自ら流した血の海の中を転げまわる。

「フォンよ、最後の最後に最高の女に突っ込めてよかったな」
ロッソ王が血刀を下げて歩み寄る。
「王よ、汝の蛮行は全て赦そう」
 フォンが悪戯が見つかった小僧のような薄ら笑いを浮かべて言った。
「別に赦してくれなくてかまわん」
 王はにべもない。
「汝の子々孫々、繁栄するよう神の祝福を」
 司教はなんとか機嫌を取り結ぼうとする。
「だから、おまえの神さんはいらんって、自前で誂えるから良いよ」
「坊主殺すと七生たたるぞ」 
 フォンがやけくそになって叫んだ。
「おいおい、どこの国の脅しだよ」
ロッソ王が猫みたいにしなやかに跳躍する、切っ先を天に向け、ステンドグラスに届けとばかりに跳ね上がる。
そのまま振り下ろされた剣が石の床の手前で停まる。刃筋は誰にも見えなかった。
「インキュバスめ」
低い声でフォンがつぶやいた、それが最後の声。
上から徐々に、額、鼻、胸元に赤い線がはしり、小さな赤い玉がぷつぷつと浮かぶ、そして突然爆発するように血が弾け、フォンが真っ二つに左右に分かれた。
「おめぇに言われたかねぇって」
ロッソ王は床に落ちていた聖歌隊の服で剣を拭うと腰に収めた。

酔ったブルーダとネットワークを繋ぐと、いつもこの物語を見せられる。
私はブルーダと同じ心境になってとても恥ずかしい、そして人のオスを軽蔑する。
そこまでして、交尾がしたいものか・・・私はいつも、ここで嘆息する。目の前に繰り広げられる、いやしい行いにうんざりだ。
弱いものを押さえつけて、受け入れたがらないものを、無理やり受け入れさせる、それこそ魔の想い、翻せば愛情乞食だ。
オスは愛されなければ受け入れてもらえない、どんな生き物もメスが主体だ、それを無理やり・・・。
そんなことをすれば、ますます愛されず必ず痛い目に遭う、まず相手に痛い思いをさせることに自分の心が痛いではないか、そして力づくで受け入れさせたとしても、それは自分の愛なのか? 受け入れよという傲慢。

余談だが猫の交尾は、メスに苦痛を与えるから、終わったら直ぐに逃げないと、爪の一撃を貰ったり思い切り噛まれたりする。
実際、メスの取り合いで怪我をするより、メスに傷を負わされるオスのほうが多いくらいだ。それでも、メスが受け入れてくれなければ、どんなオスでも諦める。
その辺はわん公どもとも異なり、わが猫族は誇りを持っている。
だめなら、次を当たれば良いのだ。
交尾をするというのは愛をまじわすという事、メスが受け入れてくれて初めて成り立つ、どうして愛してくれと力づくに訴え蹂躙するのか、自分が自分であれば、きっと受け入れてくれる素晴らしいメスはきっと居る、私はそう信じている・・・
猫は生来の風来坊かもしれない、自分を創りつつ風に乗って流れて行けば良い。
人のオスは、力づくか?
なにか、愛という自然の感情とは違うもので動いているのが人というものか?でなければ、嫌がるメスと無理やり交尾したり出来ない。
本当に胸糞の悪くなる連中だ。強姦等ができるやつは死刑でよい。

あぁ、でも好きなシーン、赤毛の王が猫のようにジャンプしたと思ったらフォン司祭は頭のてっぺんから縦に真っ二つにされた。
いつもここで喝采してしまう、手が肉球でなければ拍手したいところだ。
ブルーダは、初めて斬られたショックと、罪悪感と痛みで気を失い、それから、ヒルデガルドに逢っていない。
気づいた時、ラテン系のテンプル騎士団により教会から出され、医者へ担ぎこまれていた。
額に刻まれた傷の由来はいつの間にか知れ渡りブルーダはシヴァの紳皇区に居られなくて大陸に渡り、ガリアやロマーナのアカデミアで絵を学んだ。
元々絵心はあったので、ヒルダの絵ばかり描いていても、そこそこ、売れてブラバスへ戻り、実家の支店があるエデンに住み着いている。
私はブルーダのネットワークでこの物語を見る度、感情をかき乱される。いささか疲れてきた。

翌日、陽のあたる部屋で、私は長椅子から動かないように言われた。言葉がいつもと違い威厳にあふれていたので、つい従った。
スモックを被ったブルーダはキャンパスを広げて、筆で色を置いていく。ベースは黒、目のところに、黄色をグラデーションで染めていく、それがやがて金色に見えてくる。
首の所にワンポイントの赤、筆が踊るように動き布地の上に私の姿が映されて行く。
長椅子に座っている私は金色の刺繍がしてある紅いリボンをつけられている、刺繍は文字だ。

"Holly night"

ブルーダは一度イメージを創ると、それを元に描いていくらしい、ほとんどあっという間にキャンバスが色で埋まる。
私を描いたキャンパスにサインと「ホーリーナイト」と題名を入れた

「君は聖なる夜、聖なる闇、黒き幸」
描きあがった絵を見て、ブルーダは文字通り自画自賛。勝手なものだ、私は、あくびをした。
部屋中、テルピン油の匂いに包まれている、あくびをして息を吸い込んだら臭くて敵わないので散歩に出かけることにした。
私はブルーダにせがんで窓を開けさせた。
「聖夜を前に魔女狩りが激しくなっているし、神皇々帝の犬といわれる、ドミニカニスがカウントベリーから来ている、街の人も圧迫されて、魔女狩りのまねをしないといけないから危ないよ」
 ブルーダは心配そうに言った。
なぁに、金ぴか坊主の親玉が怖くて猫はやっていられない。神の犬が怖くてNeroは、やっていられない。ドミニカニスはロッソに負けているのだ。ロッソ(紅)に負けるなら、ネロ(黒)にも負けるだろう。


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