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部屋の中で気配がした。
「やぁ、帰ってきたね」
ブルーダは直ぐに窓を開けてくれた。
にゃっと声が出た、何故か嬉しかった
「ネロ、ホーリーナイト、その傷は? おいで、手当てをしよう」
ブルーダは命の水を布に浸し私の傷を拭いてくれた。
アルコールが沁みて背の毛が逆立つ思わずブルーダの手に爪を立ててしまった。 まずい、怪我をさせた。
「大丈夫だよ」
ブルーダは命の水がしみこんだ布で自分の手の甲を拭った私の血とブルーダの血が白い布の上で混ざる
「まるで、僕たちは兄弟みたいだね」
ブルーダはほっこりと笑う額に、笑顔と不似合いな白くて深い十字の傷。
私の打ち身が思ったより酷くアバラも折れているらしい、夕方には熱が出た。
ブルーダはストーブの前に椅子を置き、クッションを置き私の寝床を設(しつら)えてくれた
私はそこで、寝込んだ。
ぽかぽかと暖かく時折、額を撫でてくれる手を受け入れているとグルグルと喉が鳴る。餌と水は椅子の後ろへ運んでくれる。なにやら、木の箱を部屋の隅に置きトイレにしてくれた
外は日に日に寒くなっていく。私の身体は、日に日に元へ戻っていく。猫が喉を鳴らす、グルグルと言う音は低周波で、打ち身や骨折に効く。
同じ猫目でも、犬科の動物にはまねのできない猫科だけの特徴だ。
猫の骨折は犬の骨折の1/2の日数で治る。私はブルーダに看護されて、うれしくて喉を鳴らし自分の身体を癒していた。
人間の家に住まい大切にされるのは、使い魔にされて追い出されてから初めてだが悪いものではない・・・
いつの間にか年越しと、人間が言う日になっていた。
猫でも、少しだけ厳かな気持ちになる。2~3日前から外は雪が降り出していたから、散歩をしなくなった。
トイレは、部屋の隅にしつらえられたもので用を足す。
大陸のガリアでは人間もツボに足し外へ放り投げるとブルーダから聞いた、下に人が通っていたらどうするのだろう。汚いなぁと思う。
「大陸の貴婦人は、ハイヒールという、かかとの高い靴をはくのだけど、それも、道を歩いているときにドレスに汚物がつかないためのものなんだ」
奇麗事を言っても、んこまみれの、神皇の街。
ブラバス諸島では、疫病のことも考えて、シヴァ方式(簡易水洗)だから、そんなことはない。
ガリアの人間と今の私はトイレの足し方が同じらしい。私はトイレに立ち、箱の淵に四肢を踏ん張って用を足す、次にに右の前足で、丁寧に砂をかける、排出物は恥じらいを持って隠さなければならぬ。
ほら、これでガリアの人間より私のほうが上等だと証明された。
ブルーダは、久々にブラバスで年越しだと言っていた。
グリューワイン(温めて、砂糖とシナモンを足したワイン)を呑みながらガリアやロマーナ、ラティン、イスパニアの話などをしてくれる。
長いすに寝そべって身づくろいをして感心なさそうな顔で聞いているが、実は興味津津で耳はそちらへ向けている。
先ほど聞いたトイレの話なども、中々興味深い。
あの日から、こちら魔女裁判は無い。
ドミニカニス、白銀の騎士団も相対した黒い軍団、シヴァの正規軍ゾルダートもエデン屋敷から、シヴァ本国へ引き上げたらしい。誰でも新しい年は家族と過ごしたいのだろう。
シヴァかぁ、いいな、魔女裁判もないし、比較的自由な商都エデンより更に自由な気風らしい。
ひっこそうかしらん。
私は、そのイメージをブルーダに、心のネットワークで伝えた。こんなに頑迷な宗教組織、神皇がでかい面をする間はエデンから離れた方が賢明かもしれない。
厳かでもないが、年が明けた。神皇の国々では、新年4日だけ休んで5日目から仕事をする。
5日目になると、窓の下が騒がしくなった。人々が仕事に出て、生活の営みが普段に戻る。子供たちも外へ出る、ブルーダは、そんな喧騒を聞きながら命の水のお湯割を飲み
ヒルデガルドの思い出に浸っている。
「ヒルデガルドに初めて会ったのはエデンに有った、父の支店だった」
思い出に浸るくらいなら、動けば良い、引っ越そうよ! 私は、ネットワークを駆使して感情で、そう伝えた。
「そうだね、ヒルデガルドはシヴァの城館に居ると言うから行ってみようか」
おいおい、ちょっと違うと思ったが部屋の中で、飲んだくれて、ぐだぐだしているより、ましなので賛意を表明した。
「うにゃぁん」
「旅費を造らなくちゃ、シヴァの両親に送ってもらうのを待てないな、スファラドの画商が絵を売ってくれと言っていたんだよ」
ブルーダは、うれしそうに部屋を飛び出した。
スファラドは、元々、砂漠の民で神皇の言葉を伝える最初の預言者を出したと言う。
だが、彼らが、その預言者を殺したため定住地を追われ世界中に散らばり、半ば、蔑まれている。
彼らは、智恵を持ち驚くほど勤勉で財力を蓄えているものが多い
ブラバス諸島ではシヴァの先代の赤毛の王やマサカド・カンムー等の力で市民権を得ている。
ただ、長年、迫害に耐えてきたため一筋縄では行かない人物も多いように、猫の私には見える。
ブルーダには、どう見えているのだろう・・・
リビングから、アトリエにしている部屋へ移った、開いている窓から外を見る、空が蒼い、お日様が金色に輝いている。
雪は止んでいるが、夜半に降った分が、つもって一面真っ白だ、まぶしい。人間が歩くたびに、半分凍った雪が割れてざくざくと音が立つ
寒いせいか子供達が嬌声をあげて、駆け回るほかはいつもの半分くらいしか人通りが無い。
そして、それはやってきた。誰が歩いているわけでもないのに雪に足跡が着く、確かな足取りで。
まっすぐに、このアパルトマンへ向かってくる。
4階の部屋だから足跡が、彼方から続いているのが見える。
人間が見たら、悪魔だとか悪霊だとか騒ぐのだろう。
足跡は、律儀に窓の真下までゆっくりと歩いてきた。そして、そいつが唐突に4階の私の目の前に居た。
窓から差し込む金色の陽光の中に黒い髪に反射した銀色の輪を輝かせ浅黒い顔で、にこやかに微笑む。
すらっとした身体を皮の服で包み、弦楽器を持っている。顔はスファラドの典型的な形をしている。
卵形の輪郭に、少し大きめの通った鼻筋。鳶色の瞳はきらきら輝いている。
人としては魅力的な男だろう人間のメスには、さぞもてるだろう。
ミンネゼンガー吟遊詩人が、この男の、人としての仕事だ。
まだ、書物が貴重な私が生きている時代、物語や出来事に節をつけて唄い語り聞かせて、生計をたてる。そんな職業があった。
物語を聞かせ、旅先で得た知識を披露し、見たものを皆に伝える。
だが、この男の本当は、人ではない。トミー・シュタルプそれがこの男の名前。
私は何故か知っていた。
ポロンっと弦が鳴った。トミーが私に微笑みかけている。
私はストーブと床の陽だまりで温かいはずなのに、背筋を逆立てた。
「ひさしぶりですね、こんなに早く生まれ変わってくるなんて」
言葉のひとつひとつに優しい節がついている様だ。
だが、トミーほど、剣呑な奴は居ない、私の背中の毛が更に逆立った。
トミーの指は弦を優雅に撫でている。
「僕が、怖いのですか」
また、ポロン♪
ポロンと鳴る度に寒気がする。
「早く生まれ変わるために、猫になった?だから、前のときより智恵が足りなくて不安と恐怖を感じる?」
にこにこしていて、しゃべり方も丁寧だが、癇に障る。
大きなお世話だ、不安も恐怖も必要だから有る感情だ、それに、どう対処するかが生きるということだ。
「そうですね、それを学ぶために前は恐れを知らなかった貴方が今は、怖れを感じているのかな」
学ぶことなど、何も無い、ただ、知っていることを知り、思い出し、それを体で体験する、それが身体を持って生きる事。
私の中で声がして言葉を紡いだ、私はどこにつながっているかを思い出した。
「おやおや、今生も怖れを知らないようだ、そして黒猫になって哲学者に為られた」
そんな訳は無い、私は唯の黒猫だ
「黒猫にも判る、生きるということの ことわりをどうして人間というやつは、わからないのでしょうね」
トミーの声は自然にメロディに乗り、唄になっている。
私は状況に慣れてきて、陽だまりの中、あくびをする、後ろ足で、首を掻く、金色の陽光に私の黒い毛が飛んで、きらきら光る。
ある事を思い出せば、怖いものが無くなる、私はそれを思い出した。
「誰もが、肉体と心の死が、すべての終わりだと思っている」
身体を持って生きている誰もが死んだ事が無い、不可解なものだと思っているから、死を恐れるのだ。
私は漠然と、何度も死んでいると思った。
「そして、貴方はいつも、私とニヴルハイムではなく、愛しい想いと共にヴァルハラへ行かれる」
行って悪いか、ヴァルハラなら案内役はWalküre、綺麗な戦乙女だ。
何が悲しくて、男の死神と道行をせにゃならぬ?
だいたい死んだ後の事は、思い出せない、それが生きているという事のルールなのだろう。
前世だの生まれ変わりなどという奴は、今を懸命に生きていない奴の玩具に過ぎない。
ポロンっと鳴った弦が優しいメロディを紡ぎ出した。
「今度は、僕と行って見ませんか、いつもと違って楽しいかもしれませんよ」
私は返事の変わりに、また、あくびをした。
いつも通りで良い。
いつものほうが楽しいから、トミーといかないのだろう、こんなやつのロジックにひっかかる私ではない。
黒猫を舐めるな。私は前脚の肉球をピンクの舌で丁寧に舐めた。肉球を掃除するのは実に心地よい。
「簡単です、いつもみたいに、じたばた足掻いて、闘わないで想いを捨てて身を任せれば良いのです」
トミーのメロディは心地よく、気持ちが落ち着いてくる、楽しくさえある、蠱惑(こわく)と言う言葉がぴったりだ。
私が人という未成熟な生き物だったら、いつか惑わされたかもしれない。感情の量だけたっぷりで、天気のように変わる想いを持った者、神にすがるもの。
「神という存在を自分の外に創り、そこに責任転嫁しちゃえば良いのです簡単でしょう」
それが出来ない想いもあるのだ、それをしたら、私は私じゃない、幾度(いくたり)生まれ変わっても変わらない想い、それが私と言う命だ。
トミーのギターの旋律が官能的な曲を奏でた。
「貴方は、強い命ですね、想いが強いから、命も強く成り、強い命は美しい思いを遂げようとする。でも、その強さゆえに、弱いものが滅びるのを見て悲しみ、苦しみ、泣いてきたのでは無いですか」
判らない、私は猫だ、今を生きることしかしていない、過去も過去世もないし、未来は、未だ来ていない、そして、未来は、今を積み重ねて造る物だ。
欲しい未来と言うのは、懸命な今を積み重ねないと、高さが足りなくて届かない、欲しいと思うなら思うほど、今を必死に生きること。すごく簡単だ。
子供の握りこぶし大の頭しか無い、猫に難しいことを言うもんじゃない。
「だから、過去と言う甘美なおもちゃで遊ぶ画家に、今を積み上げることを教えようとしているのですか、それとも自分が刻んだ×印を思い出して、生まれ変わってそばにいるのかな」
別に、そこまで考えていない。思い出の中にしか居ない女を現実に見て、もう一度振られて、新しい未来へ行けるように、違う今を積み上げれば良いと思った、その手伝いが楽しかっただけだ。
「人間に、そんな単純だけど難しい事が出来ますかね」
人間も猫も関係ない、命ならば出来る、そして、想いが命と言う奴だ。
「まぁ、この世に神の代理人なんてものが居るうちは、無理ですね。闇も光も全てで有る神のひとつなのだと判らないのですから」
トミーはやけに嬉しそうに笑う。
「猫に生まれた貴方だって、そうでしょう、最初は智恵の猫、カラス猫。縁起の良い猫と言われていたのに、神の代理人同士の争いで、悪い事は神と対立する悪霊・悪魔のせいになったとたん、黒い身体ゆえ、最強の使い魔と言われ迫害される身になった、忌み嫌われる存在になったじゃありませんか」
人に迫害されても、忌み嫌われても陽光は私の身体を温めてくれる、迫害されたことを恨んでも身体は暖まらないし、腹もくちくならない。
「前の貴方は賢王、勝利を慶ぶ人と呼ばれ愛されていたのに」
愛されるために生きるのが、命じゃない。
「やれやれ、語り部として猫になった身で、そのええかっこうしぃが何処まで通用するやら、お手並み拝見しましょう、愛しとおせるかな」
トミーは皮肉に笑った。
小さな黒猫に喧嘩を売るなど、つまらない奴だ。
「喧嘩なんて売ってませんよ、その証拠に良いことを教えてあげます」
今度、トミーは本当に親切そうに笑った。
「神皇教皇庁がガリアから、元のラティンのロマーナに戻り、ブラバスの利権を再び狙い始めたのですよ、この島国に魔女裁判を持ち込んで、混乱させ、主権を今の王侯連合から、神皇庁へ取り戻そうとしている。前の貴方が苦労して作った貿易や甜菜(てんさい)の栽培で得られるようにした、貴重品、砂糖の売買で作り出す利益が悲劇の引き金になります」
前の私なんて、知らない、今生きているものがなんとかすれば良いのだ。
「ははは、無責任な。僕の仕事が増えちゃうじゃないですか」
労働は尊い、たんと働くが良い。
「でも、せめて、画家に教えてやってくださいね、カウントベリーの大司教は、黒猫等、悪魔の使途と暮らすものは問答無用で死刑とする布告にサインしたそうですよ、明日から行使されます。密告者には金13枚と言う褒美つきで」
また、ぽろんっと弦が鳴る。
「イン・テラ・デセルタ・エト・インウィア・
エト・インアクオーサ
荒れ果てた地に道無く、また水も無く。
ノウィット・エニーム・ドミヌス・クイ・スント・エイス
神は神のものを知り給う」
トミーは、一節歌い、やけに朗らかに笑うと、陽光の中にすっと消えて行った、耳の奥に、弦楽器の音が余韻を残している。
トミー・シュタルプ、シュタルプはゲルマニア語、ブラバスの言葉ではDEATHと書く。
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