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親父は寺に執着していた、墓守が楽しみだったみたい。
菩提寺は、元々千代田の城の中にあって、大阪夏の陣の後、北側の要塞として外に建立された。

葵の紋が着いていて、それなりに歴史があるから、それを守っている自分が好きだったみたいだ。

本人は、重要文化財になっていることくらいしか知らず、当家の墓所が千代田の城から移った事も知らなかった。

徳川の寺筋は寛永寺と増上寺に繋がる2派が有り、当家の菩提寺は増上寺・先は知恩院に繋がる。

簡単に言えば、寺格が高い名刹で、そこの檀家の自分が好きだった。

子供の頃、盆暮れ彼岸の4回は、必ず墓参り、後日、母方の祖父が亡くなってからは、上野の寺もコースに入った。

「上野は町民の寺だから」
明治とは言え、祖父は自分で墓を買った、そこの寺の紹介で祖母と出会ったのだから、四の五の言う筋ではない。           

子供の頃から母の実家を腐す親父が、どんどん嫌いになった。


介護に入ってからも、先に亡くなった母を、そんな風に鞭打ったので、言い返したことが有る。

「お父さん、徳川の旗本は寛永寺で臨済禅や曹洞宗なのですよ、うちは、ただの御家人でしょ? ヒラだから浄土宗」
親父は惚けたふりで逃げようとした。


「お父さんの爺さんと婆さんが、小石川の薬草園は当家の所有だとか、馬鹿な事を言っていましたよね、江戸時代、薬草園の職員で薬草の世話をしていただけなのに、意味わかります?」
フランスベッドの椅子の上で、ソワソワしている。

「士分でも、乱波素破だから、薬草、裏を返せば毒の世話をしていたのです、だから、あなたも、そうやって毒を吐くのですか?   5人も子供を生んでくれた女に、しかも自分が追い詰めて癌で死なせたのに」


母が死んだ時、孫で有る僕の子の面倒を看て、疲労が貯まり、癌になったと散々責められたから、ちょっとお返しを(笑)

元嫁を貰いに行った時に、熊本の山の中で、やんごとなき辺りより古い家系の岳父から、どこの馬の骨と言われ、まだネットの無い時代、国会図書館を含む、あちらこちらで民俗学までしっかり調べておいたのが、この時も役に立った。  イビられると、きっちり対策をするタイプです(笑)

それ以上言うのは止めておいた、母の事を想うと、悪い仇だけど、今は、なんとか生き残ろうとしている弱い生命だ。

他の宗派、他家の寺との付き合い方は知らない。
でも、親父がやっていたのは年に4回墓参り、お布施は、ずっと  5千円/月で 年6万円、修繕や行事の時は都度、ご協力させていただく。

布施は、盆と暮、それに餅代を少々。
僕が物心ついた頃からそれで、中学生になって、親父に連れて行かれなくなっても、ずっとそうしていた。

先々代の住職がざっくばらん、可愛がってもらったので、墓参りじゃなくても、地下鉄に乗って遊びに行っていたから、折に聞いた。

難しい事を、ごく解りやすく簡単に話してくれる名人だった。

惨子が介護に入っていた時はノン子が亭主を動かし、車でお参りをしていたと聞く。

惨子は子供の頃の事は覚えておらず、寺との付き合いも覚えていなかったらしい。


さて、トン子と僕が介護に入り、最初の盆参り、惨子も大阪から参加するという。
お江戸の盆は7月だから、新幹線も混まないけど、来るだけで、親父が嫌がるし、ベタベタした不細工なアピールを見るのは不愉快。

何度も固辞したのだが、どうしても来ると言うので、勝手にしろと放置した。

「10時で良いかな?」
「良いんじゃないの」

惨子と寺で待ち合わせ、親父の支度が遅れ、車が寺に着いたのは10:05だった。
インスタグラムに、大阪から来た自分はオンタイムなのに、だらしない兄貴は遅刻してきたと書かれていた(笑)


車を降りた親父は惨子を避けて、トン子と参道の入り口にいる、僕は寺の玄関を開けて、声をかける、奥様が出ていらっしゃる。
トン子が支度した、お布施、線香代、とらやの羊羹。 線香をバーナーで支度していただいていたら、惨子が乱入してきた。

「あの、これ」
布施を差し出す、名前書きは親父の名
僕も奥さんも???になった。

「前回、忘れたので」
鼻を膨らませ、色黒の顔をどどめ色に替えて喚く

「いつも、お父さんに頂いてるから、良いのよ」
この奥様は大阪から嫁いでお出でなので、惨子は仲良くしていると常々言い張っていた。

「でも、前回忘れたので」
奥様が返しても執拗に差し出す。

「親父の遣り方が有るから」
「お兄ちゃんは黙っていて」

親父は5m先の参道入口で怯えて、トン子に縋り付くようにしている(笑)

僕は玄関のサッシを開けて惨子を押し出した。
「おまえ、帰りなさい」
「お父さんが前回忘れたから」

スイッチが入ると、一切聞かないのは、親父のDNAか、こしかた、話し合いが出来た覚えがない(笑)

尚も、奥様に突進し、布施を差し出す、奥様は固辞する。
僕は惨子が背負っているナップザックを掴んで、玄関から放り投げた、ころんっとでんぐり返しをして、惨子が立ち上がる。

うーむ 乱波素破の子孫だけある(笑)

ナップザックが外れても布施を持って突進する、ゾンビですか?

面倒になったので、蹴っちゃおうと右脚を引いた。
「お父さんを看てあげて、きっと怖がってるから、お嬢さん、おいで」

奥さんが関西訛りで惨子に声をかけた。

3人でお参りを済ませ、お詫びと挨拶に寄ると、奥さんはニコニコしていた。

惨子は説教をされて、返され、インスタに拠れば、すぐの新幹線に乗れたらしい。

「お兄さんも大変やな、お父さんを看てあげてね」
奥さんは、惨子の名前を知らなかった(笑)

「墓参りも含めて、ちゃんと介護してましたって言うアピールでしょ、あいつ、そういうところ有るからさ」
墓参り後、恒例の飯屋へ行く車の中で、トン子が吐き捨てた。

「お布施をするなら、私の名前じゃなく、自分でするのが筋だ」
親父が言う、あれ惚けて無いじゃんw
トン子も僕も寺も味方だと想ってるから 強気らしい(笑)

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