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さっきも言ったが大体、黒猫は能天気な性格が多い。
実際、私もそうだ、だから、こんなご時勢で、酷い目に遭っても、へらへらと笑い飛ばすことが出来る。
しかめっ面して、辛いと言って辛さが減るのなら、いくらでも泣き言を言うが、実益がないのに、格好の悪いことは出来ない。
そいつが自由を愛する猫の心意気と言うものだ。


魔女狩りの嵐が吹いても、始まったものは、いつか終わるだろう。それまで、愚かな人間に捕まらずやり過ごせば良い。
 終わらぬ嵐は無いのだ。ほら、辛いときだって、御陽様は空に居てくれる、ぽかぽか暖かい、私の身体は黒いから熱エネルギーを溜め易い、ありがたい。

真っ黒な身体に光が白く反射してそこだけプラチナ色に光っているだろう、黒と白はこのように表裏一体、光と闇もしかり。
石造りの出窓は陽光を浴びて温まってきて丁度良く、ぽかぽかしている。ほかほかすれば目蓋が重くなる自明の理だ。猫はねているから ねこなのだ。寝るは極楽、天国♪  自然にまぶたが重くなる。


私は夜の食事に向けて、もう一度眠ることにした。身体を丸め後足の上に顎を乗せて目を瞑った、 陽が当たる。
うとうとして、風にひげを嬲られ目が覚めて寝返りを打つ、背中を伸ばしてごろごろする、背中が温かくて心地良い。
気持ちよくて、左右のゴロゴロをつい増やした。
勢い余って足が下になり一回転、おっと、危うく5階の出窓から落ちるところだった、角に爪をかけて、ポジションを直す

一度立ち上がり尻尾を追いかけ、二回くるくると回って、尻尾付け根の痒いところを細かく噛む。
また、身体を丸め後足に顎を乗せて、鼻を腹に潜らせる寝る態勢。
 一抹の不安がよぎるが私は能天気な黒猫だから、霧散させる、素直に睡魔に従い2度寝を決め込んだ。
眼が覚めると薄暮だった。

そろそろ、よかろう、私は伸びをしてあくびをした後、地上を見下ろす、人間たちは仕事を終え、家路を急ぎ女は亭主の夕餉の仕度に慌しい。
耳の後ろを左右交互に後ろ足で掻き、余分な毛を宙に散らして、後足の肉球を舐める。もう一度伸びをする、犬より優れた聴覚で索敵、安全そうだ。

どの、猫道で下りようか。私たちには人の通れない道が有る。
前を見ながらそろそろと歩く。私の爪は駆け上るのに好都合に出来ているが、降りるときは甚だ心もとない。

ベランダと出窓とちょっとした壁の出っ張りを伝い、ゆるりと優雅に降りていく、薄暮とは言えベージュの壁に黒猫、良く目立つだろう。
2階の高さまで降りたとき風を切って小石が飛んできた。石壁に当たり、石壁が白く剥げるが私に当たりはしない。
「悪魔!」
服装はキンキラ野暮な格好の十歳前後と思われる悪童が私を罵った。
右手に石を握っている。
ポケットに入れているらしく、一つ投げてはポケットに手を入れる。
コントロールが悪く、石はてんでに飛んでくる。
相手にしても仕方ないので、ちらっとそちらを見てそのまま下へ飛び降り石畳の上を走り出す、悪童は追いかけてきた。


悪魔待てぇと叫んで石を投げる私の横で小石が跳ねる
人間には小さな石だが相対的に考えて欲しい、人が自分の頭の大きさと同じ石をぶつけられるようなものだ。
気を付けていれば別にあたる気遣いも無いが、万一当たったら、怪我をするし痛いだろう、痛いのは勘弁だ。
小僧との距離は開いていくが、ランダムに飛ぶ石が掠めた、腹が減っているのでイラッとした、闇を意味する黒を纏っているから悪魔か?
皆がそういうから、私は使い魔か?私がおまえにどんな害を及ぼした?  4kgそこそこの無害な私を何故迫害する?それがおまえの正義か
石の数があまりに多くしつこいので、私は踵(きびす)を返し、悪童に向かった、後足で石畳を蹴り、走る。長い尻尾が風に靡き、耳がふるふると震える。

駆け抜けざま爪をしまって向こう脛にネコパンチ。
悪童は一瞬凍りついて固まった、その後びっくりして泣き出した。
怪我をさせていない。軽微な反撃で泣くなら最初からやらなければ良い、しつけの悪い小僧は嫌いだ。
小僧に向かって、毛を逆立て犬歯を見せて、気合を入れ、ふにゃうううっと唸ってやった。
小僧は私の気に押され、びくんっとして後ろを向いて走り去る。
私は興味を失った。

陽はどんどん傾いて建物の間から射すだけになってくる。
家々から漏れる明かりが路上を照らす、何が何でも、猫退治令が出ているわけではないので、悪童や、ちょっとアレな人間に気をつければ夕方の忙しい時間は、比較的安全だ。


賞金がついてから、危ないのは危ないが、エデンの住民は平均して豊かだし、神皇教の高圧的な所と黒坊主の偽善的な所は住民たちに反感を買っているから、猫狩りもそうそう有るもんではない。
それに以前、使い魔として猫狩りをしたら、ネズミが爆発的に増え、疫病が流行った事があり、人と猫の共存、その辺も心得られるくらいエデンは民度が高い。

私は、餌にありつき易い繁華街へ足を向けた。
石畳が敷き詰められた広場を通りかかる。広場を囲む5階建ての家々の窓に明かりが灯り始め、夕餉の香りが漂ってくる。
広場の雰囲気が以前の明るくて楽しい物から重く暗い物に変わった。
以前は大道芸や小さな芝居がかかり、人々が楽しんでいたその場所に、台が置かれ、周りにものものしい席があり、その後ろに観客席が移動されている。
魔女裁判の公開裁判はここでやる。
シヴァ軍が留守の間に、こんなものが作られた。 ただしまだ、エデンでは有罪判決が出ていない。
ブラバス諸島では、せいぜい、鞭打ちまでだが、魔女認定されると村八分になったり、何かと不都合らしい。
元々エデンは商都だから、裁判官にまいない(賄賂)を贈って無罪にしている場合が多いものと思われるが、それもいつまでもつか。
広場の中央に、有罪になったものを、さらし者にする木で組んだ台、見せしめ用の絞首刑の横木を張り出した逆L字とロープが支度されている。
その横の一段高い台、ここで鞭打ちされるらしい、同族の他者をいたぶって楽しみを得、他を悪者にしなければストレスや不安が解消されないなんて人とは存外下等な生物屋もしれぬ。


 広場をさっさと抜けて、建物の裏に回る、広場を囲んである飯屋が創った場所。
私の いつもの食事場、街の飲食店が残飯をまとめておく残飯場だ。
顔馴染の猫達が来ていた。

母親に連れられた白、黒、ブチの当歳児3匹の家族、年老いた大きなキジ猫ティー、今一匹これも大きな白と黒の牛みたいなホルス、彼とは気が合うので、うにゃっと挨拶をした。
彼は身体が大きいが大人しく威張ることがない、猫狩りを気取った酔った兵に射掛けられ傷を負っている。
兵は傷ついたホルスを捕獲し神皇庁に届けて、酒代を稼いだ後、役人坊主に猫の始末を言われた。
酒代の為に殺生するのは気が引けたのか矢だけ抜いて、ホルスを街に放り出した。
以来、ホルスは右の後ろ足が矢による古傷のせいで不自由だ。
皆行儀良く、上品に食事を取っている。私も皆に挨拶をしてサパーを採る事にした。
界隈に飯屋が多いせいか、エデンの住人の口が奢っているせいか、ここの食事はなかなかのものだ。
私はTボーンの周りに残った肉をざらざらの舌でこそげながら、舌鼓を打った。

「居た、ママあいつだよ」
食事を半ば取った頃、声がした、さっきの小僧が母親を連れてきている。
まだ食事が終わってないのに待てないのか? 間の悪いやつ。
自分がかなわないと親を引っ張り出してくる、やれやれ、それについてくる親もやれやれ。
やれやれな親の名前はユーカリと言う。
ぱんぱんな丸い顔を真っ白に化粧して、おちょぼ口に毒々しい赤を塗りたくり、血走った茶色の眼をしている。


いかにも、文句を言う対象、苛める相手を探していそうな 意地の悪い表情だ、こいつの心根こそ魔と言うのだろう。
我がままを言いすぎ、奇行が過ぎて、亭主に頭がおかしいと言い捨てられて、愛想尽かしをされた。 そこから自分は選ばれた占い師と言い出した。


元来離婚が認められない神皇から、シヴァ王により信仰の自由が保障され離婚の自由も確保されたので、亭主が大陸から移住、離婚されて、子供と二人で場末のアパルトマンに暮らし、インチキな占いで生計を立てている。
シヴァ王の功徳を一番に受けたのはユーカリの元亭主かも知れない。
「この、悪魔、うちの子に何をした、とっつかまえて神皇庁に突き出してやる」
 ユーカリは皆に聞こえる様に大声で怒鳴る。
化粧の臭いをさせた、ぶよぶよしてなまっちろい腕が二の腕をぶるぶるさせながら、箒を振り上げ私に襲い掛かってきた。


周囲に聞かせるのに大義名分を唱えているが、なぁに目的は銀2枚だ。
信仰の自由が認められているブラバスだから、占い師なんて職業も成り立つのだが、神皇の世界になったら、占いも宣託も、神皇の神の独占事業になり、ユーカリの生計はたちまち奪われる、そんなことに想いは及ばないらしい。
目先だけというのも、この女の特徴だ、そして人柄のせいで、占いと言う商売も上手くいっていない。
私たち猫は出窓や屋根裏を行き来するから、人間の事情には多少詳しくなる。
ユーカリはほとんど運動をしたことがないらしく、箒を振っただけで、体重を持て余しよろめいている。
敵の攻撃をかわす最高の技は攻撃される場所にいないことだ。
悪いが、こんな女に付き合う趣味はない、私は身をかわし、立ち去ろうと逃走態勢に入った

塀の中ほどに飛びつき、後脚を蹴って身体を伸ばす、前足が淵に掛かれば、ひらりと塀の上に上がれる。
ほとんどの猫が私に習い塀の上から愚かな蛮行を見つめる。
平和主義者の猫には、ゆえなく、他者を迫害する趣味は無い。
皆が皆、呆れ顔だ。

「このっ、このっ」
ユーカリの気合いはしわがれていて醜い、抵抗されないのを良いことに、むやみに箒を振り回す、何を思ったかその場に居た猫全てを標的にしだした。
確かにユーカリの元亭主が言った通り、この女は頭がおかしい、本当に迷惑な存在だ。

白黒のびっこをひいた猫が追い詰められた。
ホルスだ、彼は古傷のせいで私たちのように自由に三次元で動けない。追い詰められて箒が振り上げられた
「悪魔、覚悟」
ユーカリは勝ち誇って、ホルスに箒を振り下ろした。
左右歪んだ分厚い唇に分厚く紅を塗り、塗りすぎた紅が歯について、人を喰った化け物みたいだ、開いた歯は虫歯だらけで、口が臭い。 ホルスは足を引きずって、必死に避けた。


私は塀の上からジャンプして身体を飛ばし、その芋虫のような指を、左の鉤爪で払った。
「ぎゃあああああ」
人差し指の第二関節が少し切れただけなのに、ユーカリは斬り殺されるときのような絶叫を上げた。
「血が、血が、血が出た」
だから、どうしたと思ったが、ユーカリは逆上して泣き喚く、紅の赤と歯の黄色虫歯の黒と口臭。
自分が原因を作ったことは棚に上げ、やられたことを言い募るタイプだ、いつも自分を被害者にして、自己憐憫を友とする。


「ママに何をするんだ」
子供が何を思ったかホルスに走り寄った。
だが、親譲りで運動神経が鈍いらしく、それでも執拗にホルスを蹴ろうと、よたよたとつま先を振る。
ホルスは不自由な身体で必死によけている。
相手は私だろう・・・うんざりした。
私は後脚で石畳を蹴りダッシュする。サイドステップを入れて右前足を使う。 肉球を丸め肉ザヤを引き、爪を全開。
すれ違いざまに小僧のふくらはぎに3条の筋を刻んでやった。
「痛いよぉおおお、血が出た」
小僧は傷口に血を見て逆上して泣きわめく。
「逃げよう」
私はホルスを促して付き添って走り出した。
「悪魔よ、魔女よ」
ユーカリが叫ぶ、誰も反応しない。
このエデンで魔女だ悪魔だと言って、だれが反応するものか、真剣に生きている者は拝み屋の押し付ける宗教と戯れるほど暇ではない。
しかも評判が悪く、しばらくつきあって本性を見ると、誰も良く言わない女だ。誰も嫌なもの、嫌な声は聞いても頭の中で自動的に消去する。

「火事、火事よぉ」
しわがれた声で喚きまくる、悪知恵は働くと見える、この非常手段は効き目があった。
家や店から人が出てきた。
まずい、私達は必死に走る、路地から路地へ人が追ってくる。
女は大声で、黒猫がどんな理不尽な振る舞いをしたか、子供が故なく、怪我をさせられたと叫んでいる。
出てきた人々は火事じゃないことに腹を立て、ユーカリの言動にげんなりした顔をしたが、猫が使い魔と決まって間もないし、ホルスと併せて銀3枚の実益が有るので私たちを追う事になったらしい。 追わずに告げ口をされ、役人が厄介に来るのも困りもの。


必死に走る私たちの後を、こっそり餌をくれた人たちも追ってくる。人の足音と言うのは、どうして、こんなにどたどたしているのか、後脚が扁平でバランスが悪いからか?
人々はユーカリの告げ口を恐れて、とりあえず追って来る。

角を曲がった所でテルピン油の臭いがした。背の高い男が立ちはだかっている、行き止まりだ。
白黒猫ホルスはジャンプが出来ない。
後ろから来る人々はユーカリに煽られて走っているうちに、誰もが目をらんらんとさせる。
銀貨が手に入れば、夕飯に一品増える、酒が飲める。
魔女狩りに目を血走らせている人と言う凶暴な動物、普段は冷静でも、どんな動物も狩りというシチュエーションには興奮する。

万事休す・・・・私は背の毛を逆立てて正面を見た。
背の高い金髪の男、そこそこの身なりはしている。
額の真ん中に×印の刀傷、だが、それは彼の印象を悪くしていない。
私たちに微笑んできた、雰囲気が柔らかい、敵ではないらしい。
「君は一人で逃げられるね」
 ソフトで優しい声だった、右手の親指の付け根に絵の具がかすかについていた。
その手を自然に伸ばして、テルピン油の香りがする人間は白黒猫ホルスを、とても自然な感じでコートの中に隠した。
私は塀の中間に足をかけ、そこから塀にあがり反対側へ逃げた。
幾人もの足音がばらばらと駆けつけ止まる。
「猫が来なかった?」
ユーカリのしわがれて甲高い声、喋る度にひいひいぜいぜいと息が漏れる。
「塀を飛び越えて行っちゃいましたよ」
 男は塀の上を指さす。
「ちゃんと捕まえておきなさいよ!]
ユーカリが男をののしる。
「ひっかかれると怖いものですから]
 大きな眼の目じりを下げて彼は言う。
「あんた、男でしょう、逃がしたら、どっかへ行っちゃうじゃない」
 ユーカリは芋虫みたいな人差し指で男を指し喚いた。
「猫の行き先を占ったらいかがですか」
 群集がそれを聞いて笑った、ユーカリは男を睨みつけ、悔しそうに踵を返していった。

金髪の男は白黒猫ホルスをコートに入れたまま、歩いていった。
この匂いに覚えがある、私はホルスが心配で、そこへ向かった。確か、パン屋の上に有るアパルトマンの4階だと見当をつけた。
焼けたパンの香りと絵の具を溶く油の香りが混じる部屋。
私は窓の外の僅かな隙間に立ち、中を覗いた。金髪の男が、すぐに気付き、窓を開けて中へ入れてくれた、窓枠に爪をかけて、中へ入る。
「来たね、仲間思いの黒猫君」
 長椅子に置かれたコートの中から白黒猫ホルスが出てきた。
若すぎもせず、年もとりすぎていない金髪の男は、ホルスをそっと撫でて、よく言い聞かせてから、後ろ足の毛を鋏で切り、なにやら薬を塗った。ホルスはコートの上で丸くなり、うつらうつら始める。

= 続く =

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