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 カウントベリーの港を内奥へ、タイムズ川とエデン川の中洲に聳え立つ、大伽藍とレジデンツ、エデン湾からエデン川を遡る大型の船3艘、脇からオールが出て、力強く漕ぐから、流れを物ともせずに上流へ進んでいく。
 それぞれに新兵器の大砲と、これまでで最大のカタパルトが積まれている、夜陰に乗じて黒く見える川をするすると上って行く、雪明りにぼんやりその巨体を浮かび上がらせ、城壁に守られた白亜のレジデンツを通り過ぎ、川幅の広い所で、一斉に回頭、Uターン、大砲とカタパルトを装備した右の船腹を白亜の建物に向け、先頭の船でヒゲだらけのカヌート王がにやりと笑う。

「あっあっ マジェスティ」
 カノンの肉感的な脚が宙で踊る、筋肉に鎧われた逞しい男の尻が、そこで前後に動いている、左右にグラインドして、女の快感を引き出そうと踊る。
「いい、いいです、ミハイル」
 ハドリアヌスはカノンの手ほどきで、グラインドすら覚え自在に腰を廻す。ぞろりとなすりあげる、奥へずんっと決めたその瞬間。
「あんっ」
 どんっと腹に響く音がした、ずどんっと何かが破裂する音、がらがらと石が崩れる音、ハドリアヌスの動きが止まる。
「なに?」
 カノンが長いまつ毛に彩られた大きな瞳を見開き、首を左右に振った。
窓の外が明るくなる、炎が立ち上っている、大理石の壁に焼けた金属が当たり、火花が散っている、雪明りの中でもくもく上がる煙、火薬の臭い。

 部屋全体が揺れた、隣の部屋でがらがらと音がする、また、どんっと音がして、天井から漆喰がぱらぱらと落ちる。外が真っ白に光る。

「きゃああああああああ」
 カノンは皇帝にしがみついた。
「放せ」
 皇帝がカノンを引き離して逃げようとした。
「いたたたたたた・・」
 勃起したものが、差し込んでいる所に物凄い力で締め付けられた、離れない、戦士の力をもってしても離れない、千切れそうだ。

 大砲とカタパルトによる艦砲射撃は30分続き、神皇教会の川側外壁の半分とレジデンツの3階部分のほとんどを破壊して終わった。
 侍従たちが、皇帝寝室を覗くと、そこに居た男女はある事情で身動きが出来ず苦しんでいた。


 シヴァ国、神皇区の旧教会、神皇区にはスロンのカーリヤから虐殺を逃れ移転してきたスファラディが居る。
 そして、大陸から噂を聞いて、移民してきたスファラディたちも増えた。

 集まったスファラディが同胞を殺した竜が苦しんでいるというので、教会へ見に来る。
 竜は大剣に柄まで突き通され、そのまま、マントラを書いた樫の板に磔にされている。不死身と書かれたマントラゆえに死ぬ事が出来ないが、それが、竜に苦しみを与え続けることになっている。
 最近では2mほどの大きさに縮み、苦しげに息をしている存在でしかない。 脊髄を断ち切られているので全身が動かず、剣の半ばが心臓に食い込んでいるから鼓動の度に痛みが襲う。

 スファラディたちは旧教会の礼拝堂に入ると何をするでも無く、哀しげな表情で竜を見る。 何もせず声一つかけない、ただ、中には見つめるだけで涙をこぼしている者も居る。竜も最初のうちは、見世物ではないと煙を吐き、言葉で恫喝したが、今ではそんな元気も無くなり、ただ、ぐったりと痛みに苛まれるだけになった。

 スファラディの他にやって来るのは、見張りの兵、シヴァの踊る紅いイノシシの胴をつけた兵だけだった。
 竜はそんな紅いイノシシに反応する元気も無く、いつ訪れるとも知れぬ安穏を願っていた。

 神皇区もシヴァの街にも、雪が降り続く、地上の穢れを隠すかのように空から降り積もる。ふわふわふわふわ、一面、白い絨毯で覆っていく。

 初雪が降って15日目、聖夜祭が始まる。これから、年が明けるまで祭りが続く。初雪の時期によって祭りの長さが毎年変わるが地方によっては、予算の関係で短縮しているところが多い。
 シヴァでは、必ず古来の慣わし通り、半月でも一ヶ月でも、祭りを祝う。   元々大陸から来た神皇庁の祭りだが、楽しい事はなんでもウェルカムで、ロッソは気にしない。
 ロッソは祭りを盛り上げるのに、シヴァの街から神皇区までの街道を高価なガラスに入ったキャンドルで飾り、ガラスを通したキャンドルのレインボーカラーが白い雪に映えるように演出している。ロウソクもグラスも高価だが、その光を見ながら、街道を歩く行列も恒例になり、人の喜ぶ顔が見たいというロッソは、自分の小遣い?を削って、毎年、キャンドル街道をこしらえる。
 さらに恒例でシヴァの街の広場と、神皇区の教会前に料理と酒、飲み物を並べ、みんなで食べ、飲み、歌い、踊る。

 深く積もった青白い雪にキャンドルが照り映えて、更に今宵は空に満月。月明かりの下で熱くて、身体を温める甘いグリューワインを飲み、美味い肉を食らう。

 陽気な歌声が戦の悲しさを忘れさせた。

 ルナはロッソと一緒に神皇区の教会前に居た、神皇区の警備をしている、イノシシ武者共も、酒を飲むものは腰のものを刀倉に預け楽しんでいた。

 時折教会の中から、おぉーんおぉーんと竜が啼くが誰も慣れっこになり気にしない、あれから、カノンと巫女たちは帰ってこないようだ。

 周りに、はやされてルナはロッソと踊った、踏み固められた雪から脇へずれて、まだ、柔らかい雪の上で飛んで跳ねて息を合わせて、粉雪を巻き上げ月光を浴びて、手拍子と楽曲に、笑いながら、汗が出るまで、息が切れるまで踊った。

 踊り終わると、ロッソが温かいお茶を持ってきた、自分もお茶を飲んでいる。
「お腹にさわるといけないだろう」
 妊娠したかもと言って以来、酒を飲ませてもらえないのは少し閉口だがロッソも儀式で唇を濡らす以外は酒を断っている。
 あれ以来、妙に気を使われてこそばゆい気がするが反面、夫の気遣いが嬉しくもあった。 蒼白い満月の光に皆の影が白い雪の上に落ちる。

 空気が揺れた。時に満月は不吉なものをもたらすこともある。 ルナは何かを感じた、ロッソの顔からも笑みが消えている、教会広場の入り口まで馬が駆け込んできた、ロッソが合図をすると入り口手前で止まる。
 カップをルナに渡して歩いていった。なにやら、騎馬の兵士と話している、警備の隊長と副長が飛んできた、ロッソが何か指示をして、こちらに戻ってきた。

「狩をしなくちゃならなくなった」
「狩?」
「神皇区の外のヒースにドラグーンが50匹だってさ」
「その気配なのね、この不吉な空気は」
「魔方陣を通ってきたのだろう、本来、そこの聖堂の中に出るつもりが魔方陣を書き換えておいたからね」
 ロッソがいたずらっぽく笑う
「魔方陣を書き換えたの?」
 ルナも目を丸くする。
「ヒルダに調べてもらって、もっと強力な魔法陣をヒースに書いておいたから、そっちへずれた」
 ロッソは愉快そうだ。
「アキュラの竜をボードに貼り付けてある、竜避けになったみたいだね」
「軍勢を出すの?」
「いや、相手が人なら軍勢が必要だけど、一人で片付けてくる。魔法なんてどうせ、まやかしだからね。数は古の伝説の半分だし、予算がないと竜が揃わないのか? それとも魔法を使った奴の力がないのか?」
 ロッソはおちゃらけている。
「私も行きます」
 ロッソがロッソがルナの目を見た。
「ここに居てよ」
 にこにこ笑っている。

「私が居ないと、ロッソはどこへ行くかわからないんですもの」
 ロッソが天を仰いだ。 空に蒼白い月。副長がロッソのラテン式のイノシシの胴とバルムンクを持ってきた、ロッソはそれをルナに渡し自分は副長の胴を剥ぎ取った。

 兵には武装して神皇区の門の外で待機するように言う、教会へ入っていく、エントランスを抜けて聖堂へ行く。
 礼拝席の列をずんずん歩き魔方陣を踏んづけて、樫のボードに張り付いたアキュラの竜の前に立った。

「ロッソぉぉおお、あぼんしろ!!」
 それまで、朦朧としていたアキュラの顔が、ぱっと点灯したように明るくなり、怒号を吐いた。 
 冷気の中でもタマネギが腐った臭いがかすかにする。
「うん、そうなるかも知れない、ドラグーンが来たらしくてさ」
「ドラグーン、カノンだな、カノンがヲレを助けるためによこしたんだな」
「あら、そうなのか、良い恋人でよかったな」
 ロッソが笑った。
「ヲマエなんか100匹の竜に喰われてしまえば良いのだ」
 アキュラは嬉しそうに言った。
「50匹」
「え?」
「予算が無いらしいぞ、50匹だって」
「それだって、ヲマエを喰うには十分なのだ」
 アキュラは気を取り直して悪態をつく。
「そうかもな、まぁ、試してみるわ」
「試す?どうするのだ?」
「いや、みんなが祭りで楽しんでいるから邪魔にならないように、ちゃちゃっと、片付けてこようかと」
「それをヲレに言いに来たのか?」
「違うんだよ、竜と戦うのにグラムがないと困るから、返してもらおうかと思ってさ」
「抜くのか?これを抜くのか、ヲレは死んじゃうぞ」
 アキュラは自分を貫いている、グラムの銀色を見た。
「大丈夫だよ、気をしっかり持って竜で居れば、死なないから、人に戻らなければ不死身だろう」
 ロッソはグラムの宝石がついた柄に手をかけた、上腕二頭筋が膨らむ、剣が竜の胸からずるっと出てくる。
「やめろぉ、抜くなぁああ」
 ロッソは竜のぼてっとした腹の上あたりに足をかけて、一気に引っ張った。グラムが抜けた。

「いてぇ 痛い、 痛いよぉおおお」
 竜は小さな手で虚空をつかみながら炎を吐いた。グラムを盾にしてそれを防ぐ、 アキュラはそのまま祭壇へよろよろと歩いていく、既に手は人間に戻り胸を押さえながら祭壇に突っ伏した。
 ぎりっと歯噛みをすると、身体が硬直し、ふぅっと息を吐いたと思ったら、びくりと痙攣、それっきり動かなくなった。

ルナは一部始終を見ていた。

「さてと」
 ロッソはエントランスで身支度を整えた、広場の外にグラーネとスルスミが引かれていた。
「殿様、ルナさま、どちらへ?」
 街娘が声を掛けてくる。ロッソはにっこり笑う。
「今度遊ぼうね」
 ルナは少し怒った顔でバルムンクの鞘でロッソを突付いた。
「ちょっと、狩に行ってくるわね」
 ルナは娘に微笑んだ。
「いってらっしゃーい」
 広場に居た全員に唱和されてしまった。

 グラーネとスルスミ2頭の駿馬はゆっくりと歩いていく、鼻を鳴らし、闘いの予感を感じていることを伝えてくる。
「あなたたちが頼りなの、頼むわね」
 ぶるるんっと2頭は同時に鼻をならした。

 トロットで雪の中を走っていく、蹄が上がるたびに雪が舞い上がる。
「来たよ、気を抜かないで」
 ロッソがグラーネから降りた、背負ったグラムを抜いた、身体の左側に垂直に構える、白刃に満月が照り映える。
 ルナはスルスミに乗ったまま、グラーネの手綱を握っている。 雪が踏み固められた街道、満月の夜、周囲の木々もほの白く。ロッソの脚が動くたびにぎゅっぎゅっと雪が音を立てる。2列で突っ込んでくる騎馬、やってくるのは唯の騎馬兵ではなく、恐ろしく禍々しいもの。馬の上に乗っているのは頭がドラゴンの騎士、ロッソが走る、
 鹿革の靴が雪を鳴らす音が、きゅっきゅっきゅっと早くなる、2頭の馬の間でジャンプする。
 ドラゴンの騎士が剣を抜く間もなく、グラムの神剣が煌めき、右と左に剣を振る、地に落ちて、またジャンプすると馬の間で剣を振るのを繰り返す。
 5列目までジャンプしたとき、騎馬の列が停まった全員が下馬する。 ドラゴン頭の兵士が抜刀した。
「あと40匹」
 ロッソの呟きがルナには聞こえた。

 ルナの位置から、はるか彼方、小さく見えるロッソたちが塊になっている、竜の顔の騎士たちは口から蛇の舌のように炎を吐きながら、咆えている。 威嚇するように剣を頭の上に構えているものも居る、 ロッソが落ち着いているのが判る、そして、高揚している。
 ロッソの靴がとんっとんっとステップを踏んだ、楽しげに踏んだ、踊りだした。
 剣を振るたびに恐ろしげなドラゴンの首が飛ぶ、剣戟の音がしない。 一度も剣を触れ合わずに、神剣は化け物たちを斬りおとす、跳ね、まっぷたつにし、払い、首が飛ぶ。
 胴が横にずるりとずれるやつ、蹴り飛ばして、のめったところを刺す。そいつの肩に両足をのせて剣を抜き、そのままトンボを切って後ろの奴を払う。長剣グラムが風を切って回転する、4人が一度に倒れる。逃げ出そうとした奴を針葉樹の立ち木ごと切った、太い幹が斜めにずれて倒れる。

 2匹が騎馬のままルナに向かってきた。持ってきたのは重たくて振れないバルムンクだけ、いつものジャポネスク刀だったら、ルナは一瞬恐怖につかまれた。
「斬れ、ルナ、何も怖くないぞ俺が居る」
 ロッソが大声で叫んだ。声に励まされて、ルナはバルムンクを抜いた、腹の中から力が湧いて、いつもなら持ち上げるのも辛いバルムンクを構えていた。
 スルスミがステップする、竜の大男が大上段に振りかぶり振り下ろされた剣を避ける、目の前に白刃、空気が斬れたのを見た、竜の剣士は達人揃いだ。 ルナは左利きだ、それが竜の意表をついた、無心に右に振り左に返すと竜が2匹倒れた、ざぁっと雪がなにかで濡れる、月明かりにグレーに見える血。
 ルナはバルムンクを握った左手に誰かが手を添え、助けてくれたのを感じた。

 残りは3人。いや、一人は防寒具をまとった小柄な女、剣は持っていない、女がなにかを唱えると2人の男が巨大化し、青い竜と白い竜になる。

 竜兵の倍も有るドラゴンの遥高みに、2つの目が赤いランプのように光っている。  グラムを握りロッソが対峙している。
「楽しんでいるのね」
 ルナはロッソがスポーツを楽しむように、遊ぶように戦っているのを感じた。人を斬るときの、心の奥底に湧く罪悪感もないし、哀しみも感じていない竜はただ、倒すべき存在として在る。

 剣を右手に持ち、なびかせるように青竜に向かう、振り下ろされた鉤爪をひらりとかわし、その右手に篭手を決める。
 竜が咆え爪の着いた右腕が飛ぶ、そのまま上へ切り返す、竜の股間から左乳を抜け鎖骨のところまで斬り上げた。赤い血が飛ぶのを、ロッソはバク天を切って避ける。
 青い竜が雪の上に倒れると白い竜が人型に戻る。
「皇帝?」
 ルナがつぶやいた。白い皇帝の服、金糸で飾りが入っている、宝石で飾られた宝剣、それを正眼に構えている。
 体躯は、エデンの都であったときの、ぽっちゃり型ではなくステンドグラスを割り襲ってきた戦士の身体。

 ロッソはと見ると、グラムを、手にした雪で拭っていた。白服の騎士のことなど、まるで気にせず、その場に自分しか居ないかのように。
「なにをしているんだろう」
 ルナは少し心配になった。ロッソは時々常軌を逸したことをする、それがルナの悩みの種になる。
 ハドリアヌスが斬り込んだ、一つの乱れもなく剣はまっすぐに上から下へ撓る様な弧を描き、ちゃんと刃立ても出来ていた。
 ロッソが斬られたと、ルナは小さな悲鳴を上げたくらいだ。 だが、ロッソはいなかった、斬りつけて蹲踞で固まったハドリアヌスの上に居た、身体を風車のように回転させる、足の甲がハドリアヌスの右頬にめり込んだ、肉を打つバシッという音と骨まで響くばきっと言う音がルナのところまで、はっきり聞こえた。次の回転で右足の裏がハドリアヌスのコメカミをヒット。

 白い戦士の巨体が雪の上を何回転もして転がる、立ち上がろうとしたところを、ネコを吊り下げるように襟首をつかんで、ロッソが右腕を振った。
 顔面の真ん中にパンチがめり込む、5発、ほとんど一つに見える速度で連続で叩き込み手を離す。 白い巨体がしゅーっと縮む。

 その場に失神したのはエデンの都で逢った、小太りの皇帝陛下だった。ロッソが背中を蹴り活を入れる。 
「リヒターめ、ルシファーめ」
 鼻血を出しながら、くしゃくしゃの顔で、皇帝陛下が言った。ロッソが喉の奥で笑う。
「おまえも俺が悪魔だってかぃ、もう言われ慣れてなんでもないけどさ。おまえがミハイル・・ミカエル。俺がルシファーか? いーもんなんだぞって(笑)」
 ロッソは皇帝の襟首を掴んでがくがく揺らす。
「負けちゃだめじゃない皇帝陛下、ミハイルは紅い龍になったルシファーを打ちのめすんだぜ、でも、仕方ないか、ルシファーってのは光を帯びるものって意味だぜ、堕天使なんてものは居ないんだ、誰も正義を持っている」
 ロッソが声を上げて笑う。
「どちらが勝つかなんて、決まっていないのさ、聖典では、ミハイルが勝っているけどね」
 ルナは手招きをされて、騎馬で寄っていった。
「これで、おまえに出来ることは全部かな」
 ロッソはつま先で皇帝を小突いた。呪文を唱えたカノンは外套の前をしっかり合わせ、なすすべもなく立ち尽くしている。
 足元に転がっているのは聖歌隊の服を着た、両断された摂政フォン、そして、近衛の兵たち
「伝説みたいに、ドラグーンなら一騎当千だと思ったのですね」
 ロッソはにこにこ穏やかに喋る。
「巫女さま、魔法は使うものの精神力に左右されるのですよ、所詮、夢幻だから信じる力が強いほうが勝つのです、ドラグーンは相手が恐怖を覚えれば無敵になれるのですが」
 カノンは怯えた顔で震えていた。
「相手が平静で居ると、今度は自分たちがパニックを起こすらしい、それは当然、剣にでます」
 ロッソが一歩進むと、カノンはひぃっと悲鳴をあげた。
「どうぞご心配なく、女を斬る剣は持っていません」
 カノンの瞳に安堵が浮かぶ。
「近衛のまま50名でかかってきたらお手上げでしたよ、肉体は疲れますから、でも信じる力は疲れない。魔法も信じる領域に入ったら、私が負けるものですか」
 ロッソはルナを振り返り、スルスミから抱き下ろした。
「私専属の女神です、世界中を敵にしても守りたい、私の妻です、私に世界一強い意志をくれる大切な存在」
 ルナはロッソに寄り添った。緑の瞳が澄んでいる。カノンは胸奥から湧き上がる嫉妬の炎に焼かれ悔しそうに二人を睨んだ。

「巫女様」
 ロッソがカノンに呼びかけた。
「教会の祭壇で、あのタマネギ坊やが亡くなりました、お弔いをなさるのでしたら、人をお貸ししますから執事にお申し付けくださいね」
 にっこり笑い、視線を下に落とす。
「おや、これは皇帝陛下、このような所で如何なさいました? 祭りの最中とて、警備が及ばず、盗賊にでも襲われましたか? なにはともあれ、神皇区まで、このジークフリートが警護いたしますので、どうぞお運びあれ」


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