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見回すと、部屋にはいくつも、キャンバスが置かれていた。
描かれているのは、美しい女、どこぞの花畑で花に埋もれている。商家のお嬢のようだ。
「シヴァの城の花壇だよ、綺麗な人だろう、僕の婚約者だったんだ」
男は私たちに言った。
絵姿とは言え、エナジーを感じる。醸し出す美のオーラに人も猫も種族の差はない。
「夕ご飯の残りがあるけれど」
男は肉のスープに浸して柔らかくなったパンと肉を出してくれた、夕食が途中だったので、私は優雅に礼を言い、ご相伴にあずかることにした。
コンソメに浸したパンは柔らかく、食いちぎると私の口の中に良い香りが広がった、何度かぱふぱふと音をさせてパンを飲み込む、肉を食いちぎり、飲み込んでいく。
おいしいので、しゃうしゃう言いながら平らげていく。
食べ終わって、壁の肖像画を見上げる。不思議な想いを醸し出す絵姿、何故か心惹かれる。
「ヒルデガルドと言うんだ、ステキな人だった」
だった?
「ふられちゃったのさ、神様に逆らえなくてね」
男はとても寂しそうに言った。
私は絵を見て歩いた、6つのキャンバス全てが、ヒルデガルドという女で優しく微笑んでいた。
「君は仲間を護ろうとしたんだね、自分一人で逃げずに」
私は長椅子の上に乗り、首を後ろ足で掻いた、黒い毛が数本ふわりと飛んだ。 猫に仲間は居ない、お勝手にが基本だが、怪我をした奴を置いていけば後生に悪い、後悔するのは嫌いだ。
「僕とヒルデガルドは取引のある商家の幼馴染で、早くに婚約していた。仲良く暮らすはずだった、僕は彼女を愛していたし、彼女も愛してくれていた、一生護ろうと思った」
私は金髪の男を見上げた。
「金色の目の黒い騎士君、僕に君のような勇気があったら」
あったら?
「シヴァの先王が神皇をブラバスから追い出すまで、シヴァでは司祭や司教が初夜権を主張したのさ」
彼は人に話すように、私に話しかける。
「僕とヒルデガルドは、結婚前に愛し合っていた、急に地区司教のフォンが初夜権を主張してきたのだ、それまでは初夜税を払えば事足りていたのに。初夜権を行使されて、彼女が乙女でないのがわかると、神皇の教会から彼女の実家と僕の実家が破門される」
振られた女の思い出語りの上言い訳か・・・私は、前脚を舐めて顔を洗った、しかも原因は男のほうにある、男としてどうなのだ。
「今なら、何でもない神皇の破門が、当時は何より避けたいことだった。つまはじきにされ、互いの家の商売が成り立たなくなる。 あの頃、神皇の破門は王族でも暮らしていけなくなるダメージだったんだ、僕にも彼女にも、それぞれの家は守らなくちゃいけないものだった。そして僕は一つになった女を守れなかった」
額に×印の有る画家は寂しそうに微笑んだ。自己憐憫に酔っているアホは放って置くことにした。
白黒猫ホルスは、長いすの向こう側の上で寝ている、画家はワインを持ってきた、レーミッシュグラス(ローマ式の足が太く平らなグラス)に赤い酒を注いで、私たち2匹の間に腰をかけ一口飲む。
ホルスがバランスの悪い歩き方で、背もたれの上を移動して私の隣に座った、私も移動して長いすの反対側に乗る、私が元居た場所のほうが、ストーブが近く温かい。
「僕はブルーダ・リヴェットと言うんだ、君をなんと呼べば良い?」
私はネロと、イメージで伝えた。猫や犬は気持ち・想いを心のオンラインで言葉によらず伝達する
オンラインの繋がる人間も、そこそこ居るから試してみた。
「ネロ、黒いから、ネロかい」
私は肯定の意を込めて、金の瞳で見つめてやった。
「シヴァの王みたいだね、先王が赤毛で、ロッソ、今の王子は、金髪でオロ」
私に名前をくれたのは、先王の妃、現女王ルナだ。エデンのシヴァ屋敷の前にいたら、漆黒の駿馬にまたがり、やってきた女騎士。
グリーク・ロマーナ式の動きやすいが金のかかった甲冑をつけた美しい人は、なぜか、馬から降りて私を抱き上げた。
抱きあげられて、良い匂いに酔い、緑色の瞳を見上げた。
細くてやわらかい手で、私の頭を撫で、背筋を撫で、綺麗な指で喉の下を撫でてくれた。
気持ちが良くて目を瞑り、喉がごろごろと鳴った、女王は頬ずりをして、可愛いねと呟いた。
笑顔が光り輝いている。
高貴というのは、こういうことか?本当に美しいものは、背筋に与える感動が走る。
「黒いから、貴方はネロね」
柔らかで、上品な声を忘れない。
その上品な声で、物語を聞かせてくれた、まるで恋人に褥でするようにソフトで優しく。
猫だから、どんな話を聞いたのか忘れてしまった、ただ一言覚えているのは物語の中のセリフ。
「貴方を愛しています、貴方が生まれるずっと前から」
何故か、その言葉は私の中で宝石みたいに輝いている。
食事を頂き、一夜の宿を借りて、物語の中の宝石を心に貰い、私はシヴァ屋敷を辞した。
「ネロか、シヴァ家の一族みたいだね」
ブルーダの声に我に返った、ブルーダは紅いワインをちびりちびり、酔ったのか、同じことを繰り返した。
私は耳の後ろを後脚で掻き、長いすに丸くなった、なにはともあれ、眠い、寝ているから猫だ。なんとなく、ここなら気を赦しても良いと思った。
白黒猫ホルスが回復したら、一緒に出て行こうと思っていた。
私もホルスも元は飼い猫だったが、使い魔と言う触れが出た途端、飼い主に家を追い出された経緯がある。
だから人は信用できぬ、なるべく人に頼りたくない、いつまた追い出されるかと考えて怯えて暮らすより、自由気ままな猫の精神をもって生きていきたい。運が悪ければ死ぬだけだ。
私はストーブの中で薪が炎になり、熾火に優しい音を聴きながらソファで丸くなって、眠りに落ちた。
やがて、持ち直すだろうと思っていた、ホルスの容態が悪化したのは、人間たちがホーリーナイトと呼んでいる夜だった。
猫は皮が厚いから、なかなか、傷を負いにくいのだが、矢傷のように、深いところに傷があると表面だけ塞がり、奥で膿む。
膿の毒が全身に廻ったらしくホルスは発熱し苦しそうに息をしていた。
獣医とて、おらず、また、魔女狩りの嵐が吹き荒れる中、猫を看てくれるものも居ない。
ブルーダは白黒猫の傷口を、ウィスキーという命の水で洗ったが、ホルスは弱りきっていて、強いアルコールが染みるときは大声を出すが、既に手遅れだった。
ただ、1つの手立てとして、傷口を鋭利な刃物で斬り広げ、消毒の強い酒で、膿が出来るまで洗うしか無いのだが、そのイメージを懸命に送ったが、ブルーダには届かない、何度か膝に乗ったり、脚に擦り寄ったり試みたが、
このバカめ
やがて、昏睡に陥ったホルスは長いこと、はぁはぁ息をして苦しんでいた、私には見つめることしかできない。
ピンクの薄い舌をだし、朦朧とした意識の中苦しさにあえぎ、涎を垂らし、唸り声を上げる。
それがどれほど続いたろう、徐々に彼は大人しくなり、浅く早い呼吸をしながら眠った、もう痛みも苦しみも無さそうで私は安心した、早く楽になって欲しい、心の底から願った。
最後に目を開け起き上がろうと四肢をもがいて、一声、ふぎゃあっと啼くと白黒猫ホルスは、大きく波打っていた腹も停止し、ただの物体に変わった。
もう、ここに用は無い、出て行こうと思い、窓に飛び乗った
「待って、彼をどうしたら良い?」
縋るようにブルーダが言った。
おいおい、大の男が小さな猫に頼っちゃいけない、一番の供養は神皇庁に持って行って銀貨にするとか、いくらでも思いつきそうなものだ。
集団埋葬する庶民の墓地の大穴に布で包んで放り込むという手もある。
すべては大いなる一つからなっているのだ、人と猫が一緒に朽ちて、土に帰っても問題あるまい。処理くらい、自分で思いつかないから、人のメスに振られるのだ。
私はイメージを見せてやった。
ブルーダはホルスを銀貨にするのを潔しとしないらしい、その銀貨でブルーダが美味い物でも食えばホルスも喜ぶだろうに。
夜になってからブルーダは、ホルスを余ったキャンバスに包み、セメタリー区の共同墓地に放り込んできた。
共同墓地は、ある程度死体がたまると上から土をかけて埋めてしまう。6m以上掘られた穴にはいって腐敗した死骸の中を確認するものはいない。 土にかえるときは人も猫も同じだ。
死ねば、それは、わが友ホルスではない、ホルスは私の記憶の中にいる、想いの中で生きている。
身体が大きいのに威張ることがなく、年少のものを労り、妊娠しているメスに慎み深く餌を譲る、大きな身体だが、自分が食べなくても弱いものに食べ物を譲る、そんな気高い猫だった。
死すと虹を渡るというのが神皇の教えで、その先天国に行きたければ、免罪符を買えと、商売している、黒坊主は拝むのに、お志を、皆様 このくらい収められてますと、やる。
身体の中に有った想い、魂は空気と同じだ、部屋が壊れたら空気が無くなる? 部屋にあった空気は広がる。 魂、思いも、それと同じ、ホルスの想いは何処にあるのだろう? 広がり、己が無くなり消え去って、また集まり、別の生命に成り身体を得る。
さて、片付いたと思ったのに、ブルーダは、私が驚くほど憔悴しだした、仕方が無い・・・。何泊かの居心地の良い宿と食事の礼をしよう。
それから、私は暫くブルーダと暮らすことになった。
ブルーダは、記憶の中のヒルデガルドを描いていた、昼間はキャンバスに向かいゆっくり、ゆったり色を置いていく。
どの絵も、こちらに微笑みかけ、優しいまなざしを向けている、恋する女が恋人に向ける優しい目だ、かつてブルーダはヒルデガルドに、こんな目で見つめられていたのだろう。
ヒルデガルドの蒼灰色の瞳、その中にある本の少しの憂いが彼女をとても魅力的にしていた、知性に彩られた意志の有る瞳。
バックには、大抵、花が描かれていた。花をバックの美女?なんと陳腐な、と思わぬでもないが今の女々しい心情にはぴったりなのだろう。
ブルーダは今でもヒルダに恋をしている、キャンパスに向かうときの眼差しは真摯で深い、想いは本物なのだろう。
彼の描いたヒルダの肖像画は、ガリアでは大人気で、ブルーダはブラバスよりガリアで有名な肖像画専門の画家だった。
恋人を裏切った贖罪の意識が想いを本物にして絵に力を与えている。 想いは本物だけれど、前を向いた想いじゃないからブルーダは苦しいだろう、そして描かれた本人は大臣を務めるくらいだから、周知だろうが、クレームをしないのは、大人物の優しさか。
もう一つブルーダを苦しめるものが有った、あのユーカリと言うインチキ占い師が、占い部屋にかける肖像画を頼むと言う口実で、時々あがりこもうとする。
私を追うときにブルーダに悪態をついたのを忘れ、存外ハンサムな画家に恋心を抱いたらしい。
パンパンに膨れたパンに卵の黄身を焼いたようなテカリ顔でシナをつくる、それはいじらしいが不気味な光景だ。
なんならヌードも描かせてやるだそうだ、ルノアールのように美しい裸婦なら太目もありだろうが、ユーカリの場合は、げふんっげふんっ。
3日前も、新年の占いに使う絵を描いてくれと押しかけてきたが、ブルーダは断固として中へ入れない、仕事の打ち合わせは、1階のパン屋の店先にあるカフェで済ませている。
中々、その辺は用心深いのか、それともユーカリにそれだけ警戒させるものがあるのか。
私は寝仔の語源通り殆ど、ブルーダの部屋で寝て過ごした。 夜、時折、窓を開けてもらいトイレと散歩を済ませる、戻ったときは、窓をかりかりと掻くと必ず開けてくれる。
開けてくれなければ、去るまでだと思っていたが、この絵描きは、なかなか律儀な奴でどんなに酔っ払っていても私の帰りを喜んで、窓を開ける。
その日も、部屋へ戻り、冷え切った身体を鋳鉄のストーブの前で温めた。ストーブの上には、鋳物のポットがおいてあり湯気を出している。
温まってくると、冷え切った皮膚に軽いかゆみが来る。私は後脚でかける範囲を掻き、後足の爪が届かぬ所は、ざりざりの舌で身体を嘗め回す。
前脚を背中の後ろにつき、後ろ足を開いて柔らかな腹を嘗めているときブルーダが話しかけてきた。
「ねえ、ネロ」
私は、身体を舐めるのを止めて、にゃっと返事をする。ブルーダを見た。
「命は死ぬとどこへ行くのだろうね」
レーミッシュグラスのワインが3杯目、今夜はかなり、ピッチが早い
そろそろ、人が決めている年というものが暮れ、新しい年になる頃。こんなとき、ブルーダはセンチメンタルと言う奴になる。
この、画家、腕は確かで審美眼もたいしたものだが、物は知らないらしい。命が死ぬわけが無いではないか命は終わらない。
死ぬのは身体とそれに入っている心と言う奴だ。
本当の命である想いは死なない。たとえ、ホルスのように身体が死んで、もう二度と会う事が出来なくなっても、私が覚えている限り、ホルスという想いは生きている。本当の想いが命。
私は腹を上に向け、後脚をぴんとのばし足の付け根を舐める、丁寧に毛をそろえ、抜け毛をきれいにする。
再び右前脚で体重を支えた体制で
「にゃあ」っと啼いた
金色の眼で、ブルーダを見る。
命は終わらない、形を変えていくだけだ日々、変えているせつな刹那、変えている。 産まれ、屍に成り、抜けて広がり、また産まれる。
「でもね、ネロ、僕は寂しい、あの、白黒君にもう触れることが出来ない」
はいはいっと私は思った、そして、一度は僕を心から愛してくれて、優しい言葉を掛け合って一つに為ったヒルデガルドにも・・・
そう言って泣くのが、ブルーダの定番だ。
ヒルデガルドの心と身体は生きているが、ブルーダの裏切りがあった時、一つの想いが死んだ。
彼女の中で、ブルーダは死んでいる、それどころか、始めから存在しないことになっている、人の女というものの特性らしい。 私は、それを、ブルーダとのネットワークを経由してヒルダの心を垣間見た、相手の心の想いの中からデリートされる、それが死んだと言う事だ。小さな猫すら知っているのにどうして人と言う高等生物が気づかないのだ。
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