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次女が産まれたのは正月6日だった。
「ヒロさん」
5時に起こされた、車のエンジンを掛けて、実家部分の母に長女を頼み、そろっと出かけた。

慎重に慎重を重ねて、ゆるっと走って14分、僕が心臓のオーバーホールをした病院(笑)

千尋は産室へ、僕は廊下のベンチに。
芥川の文庫本を持っていった 「河童」の入った短編集
産婦の腹に河童の医者が問いかける。
「産まれたいか?」
「外は辛いことばかりで、産まれるのは嫌です」
胎児が答えるのだけど、やがて無理やり取り出される。

9時過ぎに看護師に呼ばれ、着衣にスプレーを掛けられ、指導付きで手を念入りに洗い、上っ張りを着せられた。

立ち会い?
なら、ちゃんと打ち合わせしておこうねw 本当に千尋さんは看護師として優秀らしいのだが、僕に対しては、どうして報連相が無いか理解に苦しむ。

台に仰向けの千尋、腹から下辺りが四角いテントみたいに覆われている、助産師と医師が代わる代わる、ちょこまかしている。

独特の呼吸法。

千尋の手を握っていた、つぅっと涙を流して自分の世界。
楽しそうだな(笑)おぃ♪

「はい、いきんでぇ」
産婦人科の男性医師が声をかける
「頭、出てきたよ、はい 頑張る」
僕の手がぎゅうっと握りつぶされる。

なんか、涙流して感動モードに入っている。 
「はいっ出たぁ」
先生が言うけど産声は? え? 泣かないじゃん
なんで、手をぐるぐるしている? ずりっと紐みたいなものが解けた、  あ~ほんぎゃあ♪ だって

紫色の顔色がだんだん赤く変わっていく、絞まって落ちてたのが、息を吹き替えしたのか。 格闘技の時に何度か見た顔色(笑)

Welcome、僕の子に成りに来たのでしょ、生命1つしか差し出せないけど、その分はお守りいたしますよ、出来ることは全てしますよ。
産まれてくれて有難う。
「おつかれさん」
声をかけると千尋は盛り上がってうんうんと 頷いた。

真央子と名付けた。

その年の夏、千尋の実家を訪ねることに為る。
次女のお披露目と建て替えた実家のお披露目だそうで。
「うちの山の檜で建てたっとたい」
確かに前の家より、近代的に成っているけれど、どうして建て替えたのでしょう? 前の家のほうが威厳が有ったのに。

「一本も買わんで済んだとよ」
「柱が太い梁も太い、地震も安心だね」
平屋だし、前の家で裏山が台風で崩れたと、以前聞いて居た。

「台風の対策もしたし、九州は地震ば無かけん」
あれ、えびの地震なんてのも有ったし、すぐそこ 阿蘇。


大地は揺るぎないと信じているのは阿呆で、地球はマグマの流れの上に、 ティッシュを浮かべているようなもの、マグマの流れで、どこが火山になるかわからないし、今まで地震の無かった所が震源になる可能性もある、人の一生、たかだか100年、地球にしてみれば、瞬きより短い時間、データとしては不足も良いところ。

「東京の人は用心深かけん」
恵利がマウント気味に言ってくる。 へぇへぇ さいですか、僕の娘達は、ここへ訪問させないようにしようと決めた。

「みんなの家だけん、皆が帰って来られるように しとったい」

ここは僕の家では有りませんが、自分の実家も自分の家の意識はない(笑)


材料を買おうと、山から切り出そうと、そんなに費用は変わらないだろう、あぁ、そういう事ね、千尋を見た、目をそらす。 だから必死こいて働いているわけだ、広斗は僕達の結婚式に娘を送り込んできた議員の所で秘書をしている。

皆の家だから、皆で費用を負担するのですね(笑)

羽田から1時間、空港から1時間の箱根ターンパイクみたいな道路の山の中にある家を新築するために、僕が子育てを担当し、働いている千尋、こいつの家族は僕と娘ではなく、実家と親戚らしい。

子供を連れて親戚周り、のし袋で祝儀を斬られるが中身は見ていない、赤児に小遣いと言って千券をおくるみに入れる人も居る。
馴染まない、馴染みたくない(笑)

次の正月と盆、千尋は東京で働いていた、稼ぐ必要が有ったらしい、収入をチェックしていないから内実は知らないが、関門海峡の向こうに金が流れているのは親戚筋からの電話の度に礼を言われるので知っていた。

真央子は乳児院に入れた。
ここらでは競争率も高いのだが、そこは400年前から原住民特権(無い無い)(笑)を使い押し込んだ。

10時に送っていって4時には迎えに行く、そんな通い方をしていたら、しまいに こっぴどく叱られ、区役所に言って辞退した。

オフィスにキャスター付きのベビーベッドを買い、FAX、メール、電話で、外回りを極力減らし、母や宮田さんの手を借りながら仕事と子育てをしていた。

ミケも手伝ってくれた、布団に添い寝していると、真央子は泣かない、舞子がコマの和毛を握っていたように、真央子も白っぽい和毛を握っている。

千尋が実態を知ったのは、ちょっと後で、自分のメンツが潰れたと想い、長時間、文句を言われた。

「貴女の実家を綺麗にするために、僕の娘は乳児院かい?」
「え?」
「そういう事でしょ?」
「そんな事は無いよ」
「ねえ、婚姻後の稼ぎは共有財産だって、再三、僕に主張したね、どうして相談もなく送金するの?」
千尋は黙った。

「この話、これで、おしまいね、タツノオトシゴを続けます」
「タツノオトシゴ?」
「うん、メスが雄の腹の中に卵を産み付けて、雄が子育てをするの(笑)」

真央子は育ち、保育園へ入れた。
舞子の時と同じで、僕の右腕は太くなっていく。舞子の時の反対側の保育園。

千尋が隣の区の保育園を探してきたけれど、そこは土地が低く、車の交通も多いから排気ガスも多い。
区を跨ぐのも嫌だったので、またちょいと鼻の脂を駆使して保育園へ入れてもらった。
真央子を右腕に抱え、リュックを背負い左肩にトートバッグ。 帰りにスーパーへ寄る、売り場のレイアウトと曜日で何が安いか、頭にインプットされている。
肉・鮮魚を見てから、野菜でメニューが決まる。 火曜日は可愛い魚屋さんの軽トラが来る。

ミケ様は魚屋さんの曲を聞くと、台所へ飛んでくるように成った。


母が8月30日に入院した。
具合が悪そうだと想っていたが、母も僕も医者嫌いで、本当に不味いと思わないと医者へ行かない。

真央子が産まれて、僕が心臓をオーバーホールした病院。
夕方母から電話が入った。
「入院しろってさ」
「あらま、一度戻る?」
「ヤンコに電話して、支度を頼んだから、千尋ちゃんが戻ってから、荷物を持ってきてくれる?」
母とは言え、女性の下着を支度するのは無理だ、妹が整えに来てくれる。

「あいよ」
夕方、病院へ行った、ヤンコも世帯持ちだから僕一人、入院したせいか、母は とても疲れて見えた。 

医師に呼ばれて別室へ

「改めてカンファレンスはしますが、色々と検査が必要です」
「アテンドは必要ですか?」
医師が頷いた。

「お父さんに越させなさい、どうせ、やだな死にたいなしてるんだから」
母に伝えたら、笑いながら言う。

僕は家に戻り、父に、その旨を伝えた、なんか おろおろしている、あのな、年喰っているんだから、落ち着けな。

思い当たることが有り、医者をやっている友人と電話で話した。
「あぁ、やっぱり」

翌々日、夕方病院へ行った。

「お母さんさ、癌だよ」
「そっか」
「痛くなかったの?」
「痛みは無かったんだ」
黄疸が出て、目も黄色くなっていた。 気づいてやれば良かった。

「今どき、癌も治るべさ、あれこれ調べるからさ」
「クラスに医者が何人も居るものね」
「そそ(笑)」

3人の医師と医療技師、ルナも手伝ってくれて、あれこれ調べた。
奇跡は起こせると信じていた。


翌日がカンファレンス
僕と4姉妹、父が病院に出向いた。

発見された時は手遅れの部位、肝臓に周り、リンパ節にも転移。
「お見立てで、余命は?」
「3ヶ月から6ヶ月です」
「年末か」
親父がぼそっと言った。 医者は6ヶ月って言ったろうが、三ヶ月でおふくろに死ねってか? 奥歯を噛んだ。

「お兄ちゃん、抜け駆けしないでよね、お母さんに癌だって」
惨子は僕の前に座っていたのが、振り返って鼻を膨らませていた。

「はいはい、すみません、いたしませぬ」
言葉遣いがおかしくなっていた、カンファレンスが間もなく終わり、妹達は親父のメルセデスで実家に戻ってきた。

そのメルセデスだって、おふくろが買ってくれたんじゃないか、おまえが株博打で負けて、借金まみれだから。

家に戻ると12畳の寝室で、千尋と舞子が寝ている、その横に真央子、ミケが潜り込んでいた、掛け布団を直し、階下へ降りていく。

缶ビールを一本、タオルを2本持っていった。
実家のキッチン、違法建築の方の建屋で天井は2300㍉しかない、母が使っていた、レンジ、炊飯器、圧力鍋。

惨子が酒を呑んでいた、缶チューハイ。 他の姉妹に嫌われているので、誰も寄り付かない。

「お兄ちゃん、お疲れさまでした」
僕の右手を目ざとく、機嫌を取るように言う、テレビの見易い、親父の席にふんぞり返っている。
僕の席は台所、入って直ぐのところだった、いつも5分で飯を喰い終わり、離脱しないと、親父にやられる(笑)

500のスーパードライをぷしゅっと開ける。
「グラスを出すよ、直だとおいしくないでしょ」

僕は黙って近寄り、立ち上がりかけた惨子の頭からビールを注いだ
「なっ何するの 何するの 何するの」
肩を押さえ逃さない。 全部注いだ、ちゃんと7℃以下だよ。
ベリベリと缶を握りつぶす、目の前にころんっと転がしてやった。

「頭冷えた? カンファレンスでマウントしなくても良いでしょ?
医師達の印象がどうなるか解る? ちょっとでも邪魔したら寿命が縮むかもよ? 気を付けてね」
惨子は漏らしていた。

タオルを手に握らせる。
「掃除しておいてね、ビールって時間が経つとベタつくんだ」

台所から出て、ベルトに指をやる、録音していたウォークマンのスイッチを切る、惨子の叫び声を聞いて、妹3人が駆け下りてきた。
「大丈夫?」
「うん、ビールかけしただけだよ、掃除するように監視してやって」


3階に戻る、ダイニング前のPタイルで狂ったように腕立て伏せをした。 スクワットをする。

シャワーを浴びて、白湯を飲んだ。 趣味部屋で布団を被った。
死ぬかもしれない、母が居なく為る。
歯を食いしばって泣いた。
いきなり背中にどんっと衝撃。
「しっかりしろ、泣くなんてみっともない」

言いながら、千尋が僕を蹴りまくってる、意味が解らない。
蹴ってくる足首を捉えた。
「痛い痛い痛い」
当時の握力は60㌔の後半。

「僕の母の生き死にで田舎芝居をすると、2t車で大根買ってきて投げつけるぞ」
「元気づけようと想って」
「ほっとけよ、同じシチュになったら10倍にして返すかんね」
千尋は寝室に引き上げた、 暫くして、ミケがやってきて、布団に潜り込んだ。
猫は必要とする心に寄り添う生き物だ。

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