清瀬保二のピアノ曲紹介(1)
執筆:Bel Oiseau
清瀬保二 (1900-1981)
清瀬保二は1900年1月13日に大分県で生まれました。1919年に作曲家を志して旧制松山高等学校を中退して上京、山田耕筰に師事をします。しかし、山田耕筰の教えるドイツ風の和声に馴染まずに、短期間でやめて九州に戻り、鹿児島でしばらく引き篭もり生活を送り、その間独学で作曲を学びました。この時期、彼は自分自身の持っている日本的な感性とドイツを中心とした西洋音楽の理論とのあいだにある感覚的な違いに苦悩しますが、フランク、フォーレ、ドビュッシーといった近代フランス音楽にある旋法的な音世界に触れたことで、少しずつ自分の創作の方向性を見定めていきました。
清瀬はその後、1926年に再び上京して、本格的に創作活動を始めます。またこの時、照井栄三(1888-1945)というバリトン歌手の伴奏者としても活躍をするようになります。照井は岩手県盛岡の出身で、パリでシャルル・パンゼラ(1896-1976)に近代フランス歌曲や近代スペイン歌曲を学んで日本に帰ってきていました。当時の日本では近代フランス歌曲、近代スペイン歌曲はほとんど知られておらず、スタイルをきちんと理解した上で演奏できるピアニストもいませんでした。そのような状況でしたから、近代のフランス音楽に傾倒している清瀬は、照井に気に入られて伴奏者として活動をしています。1930年には、箕作秋吉(1895-1971)、松平頼則(1907-2001)らと一緒に新興作曲家連盟(現在の日本現代音楽協会)を結成し、昭和初期の日本の作曲運動を牽引する立役者の一人になっていきました。
清瀬保二は伴奏者として活動していた時期がありましたが、最初に触れた西洋楽器はピアノではなくヴァイオリンでした。まだ大分にいた時分に兄が持ち帰ったヴァイオリンに魅せられ、手ほどきを受けるようになったようです。その後、オルガンを弾くようになり、鹿児島に居た頃はピアノが買えず、ストップの沢山付いたオルガンで我慢したというエピソードが残っています。ピアノを手に入れたのはおそらく二度目に東京に移ってから後のことで、1930年にヤマハからフランスのエラール(1929年製)に買い替えたことがわかっています。このエラールは、当時の値段で3,000円、家が三軒は買えたくらいの高価なものでした。清瀬はこの楽器を終生愛し、亡くなる日の朝まで弾き続けたといいます。
《早春》(1931)
《早春》は清瀬保二の初期の代表曲の一つです。7分近いので、独奏曲としては、小品というよりも中規模の作品といった方がいいかもしれません。早春の清澄な風景や陽光の翳りを感じさせてくれる佳品です。
清瀬が1930年に購入したエラールは、澄んだ高音の響きに特徴があるピアノです。この曲に頻出する高音の透明な響きは、買ったばかりのエラールのピアノによって触発されたところもかなり大きかったでしょう。
河合珠江(ピアノ)
演奏:河合珠江(かわい たまえ)
大阪府立夕陽丘高校音楽科、京都市立芸術大学音楽学部卒業。同大学院修士課程を最優秀で修了。大学院賞受賞。その後、同博士課程に進学し、チェコの作曲家であるJ. L. ドゥシークについての研究を行い、同大学で初めて器楽領域での博士号を取得した。博士論文は『ヴィルトゥオーソの先駆としてのヤン・ラディスラフ・ドゥシーク―ピアノ・ソナタの技巧性』。
2010年3月、ドゥシークの故郷であるチャースラフにて行われたドゥシーク生誕250年記念シンポジウムおよびマスタークラス(フォルテピアノ)に参加した。2012年6月、ヤナーチェクの老いらくの恋を題材とした朗読とピアノによる音楽劇「君を待つ ―カミラとヤナーチェク―」(共演:広瀬彩氏、須田真魚氏)や、同年12月、ドゥシーク、スメタナ、スラヴィツキーといったオール・チェコ・プログラムによるリサイタルを、いずれも京都芸術センターにおいて成功させた。2014年6月には、初めて脚本を執筆した音楽劇「はつ恋 ―ヨゼフィーナとドヴォジャーク ペトロフが奏でる愛の詩」(共著:林信蔵氏、共演:大塚真弓氏)を名優・栗塚旭氏の朗読とともに上演した。
近現代の作品にも積極的に取り組み、2015年10月には、静岡文化芸術大学にて、レクチャーコンサート「音と沈黙のはざまで―サティがきこえる風景―」においてリサイタルを行い、得意とするサティや、早坂文雄、武満徹、高橋悠冶らの作品を演奏、2016年8月には、京都市立芸術大学にて、レクチャーコンサート「松平頼則の音楽」においてオール・松平・プログラムで出演し、それぞれ好評をえた。2018年は「松平頼則・ドビュッシー、エチュード全曲演奏会シリーズ」(全3回)を実施した。2019年は5月にエチュード全曲を含むオール・ドビュッシー・プログラムによるリサイタル「音の万華鏡」、10月にドビュッシー、ヤナーチェク、八村義夫等による「幻想の瞬間(とき)」を開催した。
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