ポストイットをトラウマにした男のはなし

大殺界の終了間際の夏、その時私は幸せの絶頂だった。


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ビアガーデンが始まる前の初夏、友達の飲み会でその男と出会った。
日サロで焼いてるのか?ってレベルの黒さで、髪の毛は長めで、いかにもなチャラさの男に初対面では嫌悪感を抱いていた。

しかし、とある士業を生業としていることを知り、実はこの人真面目な人なのかも?と思ってしまう。
そしてメールのやり取りを続けるうちに、意外にもマメで情熱的でいい人なのかも?と思ってしまう。

ヤンキーが子猫を拾っていたら素敵に思える現象と一緒で、完全にその男の術中にハマった私は何度かのデートの後にすっかり心を許してしまい、告白をOKしてしまった。


OKしてしまった、と書いたが、当時は本当にちゃんと好きになっていたし、DVもされないし、付き合いは順調だった。


私が友達とタイに旅行に行って帰国後嘔吐下痢でひどい目にあっていた時も買い出しとか看病とかしに来てくれて、最高じゃんこの人・・とより一層傾倒していった。


普通のカップルのように愛を育み、あちこち旅行にも出かけ、結婚もちらつかせる発言もあり、私の母にも会ったりして、その幸せを何も疑わず、この人と結婚するのかな?なんて思ったりしていた。


違和感を感じ始めたのはクリスマスが近づいた頃。
付き合って最初のクリスマスといえば一大イベントで、何するかウキウキだったのだが、その時期は仕事が忙しく出張で一緒に過ごせないと言われる。
確かに時期的に月末年末で、職業柄忙しいのはわかっていたので仕方ないのかなと思っていた。

そして正月。
流石に3が日くらいは仕事ないから初詣でも一緒に行きたいなと思ったが、風邪を引いたので家でゆっくりしていたいと言われる。


その男は実家暮らしだったので家に行った事はなかったし、風邪を引いても看病しに行くこともできないし、悶々としたまま新年を迎えた。


その年の3月に私はとある試験を受けなければならず、年明けから2ヶ月ほどは試験勉強に明け暮れる日々だったためあまり会う時間も取れず、ようやく試験が終了した3月上旬久しぶりに電話をしてみるが繋がらない。

最初は話し中かな?と思ったけど途中で着拒されているんじゃないのかこれ、と気がつき気持ちが騒つく。
一度会って話したいので連絡ください、とメールすると、それは戻ってこないので拒否はされていないようである。


しかし電話が通じず、家もわからず、職場の場所もわからず、交友関係も不明なのでもう連絡の取りようがない。

別れるにしてもちゃんとそう言ってくれないと宙ぶらりんのままで切り替えることもできない。
傷心のまま過ごしていたある日。


帰宅してふと新聞受けをみると、何か入っている。
恐る恐る取り出してみると、マンションの駐車場カードと、合鍵と、そしてポストイットに書かれた短いメモ。


「好きな人ができたからもうなすちゃんとは付き合えません」



そのメモを見た瞬間、急に頭を殴られたような頭痛とめまいに襲われる。

こんなメモ一つで終わり?
最後に話すこともできないで終わり?
便箋でもなくポストイットに殴り書きでこの関係終わり?


もうダメかなとは思っていたけど、久しぶりに、普通な人とちゃんと付き合っていたと思っていたからちゃんと別れられなくてダメージがかなり大きくしばらく引きずることになってしまった。

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季節がまた夏になろうとする頃、友人つてにある話を耳にする。

「ナスが付き合ってたあの男、結婚して子供もいるよ。嫁にバレそうになったから切られたんじゃない?」

1年近く、ずっと騙されていたことにその時ようやく気がついて色々なことにようやく合点がいった。


×実家暮らしだから家に呼べない→○結婚して家族がいるから家に呼べない
×日曜日は草野球の試合があるから会えない→○日曜日は家族サービスあるから会えない
×クリスマスは出張で会えない→○クリスマスは家族と
×正月は風邪で会えない→○正月は家族と


教訓  家に招いてくれない男は信用するな。


これが大殺界の最後の男の話。


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