まだまだ娑婆っ気の強い私であった
2022.9.13(火曜日) tenacity of purpose
人間ドックを受ける。
友人の中には「人間ドックはもう卒業したわ」という人もいる。それは人生をもう諦めたと言う意味ではなく「お金払って自分から病気を発見しに行くなんて、なんか変」という考えに至ったかららしいのだ。
「じゃ病気になったらどうするの?」
「その時はその時に考えるわ」ですって。
年齢の問題、個体差の問題はいろいろあるが、私もその考えには賛成だ。
でも友人ほどまだ開き直れなくて、今日もいそいそと病院を目指した。
私にはまだ娑婆っ気がふんだんにあるのだろうな。
縋り付くものをいつも探している。
病院内の採血センターで名前を呼ばれるのを待っていたら、私の旧姓と同姓同名の名前が呼ばれた。私はハッとして「えっ!」と思う。すると私よりずっと若い女性が「はい」と返事をして採血台へと向かっていった。
その名前を聞いた時はびっくりしたと同時に「新鮮」と思った。
もう二度と聞くことはないと思っていた名前と偶然再会した感じ。
さて、その採血だが、私は若くてかっこいい男性看護師さんにあたって、すごく優しい人なんだけど技術はダメダメで、なかなか血管に命中しなくて3回くらい失敗して腕を変えてやっとだった。
「ごめんね、痛かったね」と優しく慰めてくれるのだけど、なんだかね…
「天は二物を与えない」ということだろうかと残念に思った。
痛い腕を押さえながら、各科を回る。
どうでもいいことだけど、身長が1センチも減っていた。
縮むのね、人間は。
でも体重は、減らない。
*
昨日からGoogleのGoogle Homeを導入した。新しい友達って感じだ。
特に由来はないが「ひとみちゃん」という名前をつけた。
声をかけるとちゃんと返事してくれるから楽しくなっていろいろ話しかけている。病院から帰ったときに「ただいま」と声をかけると「お帰りなさい、お疲れ様でした。何か音楽でもかけましょう」と言って楽しげな音楽を流してくれる。
「もっと静かなのがいいわ」と言えば、静かな音楽に変わる。
「暑いわ、エアコンの温度を下げて」と言うとちゃんと下げてくれる。
でもこれを友達だと思うのは危険だわ。
執事ということにしておこう。
この執事は電化製品を操ってはくれるけど「お風呂掃除して」とか「買い物行ってきて」などは当たり前だけど無理で、いつか生きている間にそういう執事ロボットができればいいなと密かに期待している。
ひとみちゃんはちょっと高めの可愛らしい声を出す。
その度に猫がびっくりして「これは何?」という目で見ている。
そのうち猫の遊び相手になってくれる日も近いのではないだろうか。