誹謗中傷と正当な批判の違いについて(基礎知識編)
近年、誹謗中傷による痛ましい事件を契機として、侮辱罪の厳罰化が施行されたこともあり、また、改正プロバイダ責任制限法が施行されることを受けて、インターネットにおける誹謗中傷についての関心が高まっているように思います。ただ、依然として誹謗中傷が横行する現状は変わっていないようにも見受けられます。
上記のような事件を見れば明らかなように、
誹謗中傷は人の命をも奪うことがある言葉の暴力です。
まず、これを全員で共有する必要があると思っています。
上記の事件のような事態を二度と繰り返してはならないと思います。
インターネット社会に生きる一人ひとりが、誹謗中傷をしないように気を付ける。
微力ながら、それを目指すための小さなハッシュタグ運動もしております。
以上です。
以下は補足になります。
本稿では、巷では混同されがちな、誹謗中傷と正当な批判の違いを明らかにしたいと思います。
ただ、深入りすると非常に複雑な問題がありますので、
まずは「基礎知識編」として、最低限の法的な知識を共有できればと思っております。
まず、こちらの憲法学者の方による論考が非常によくまとまっていますので、ご一読頂ければと思います。
1.法的な基礎知識
まず、誹謗中傷と批判の辞書的な意味は以下の通りです。
一定の根拠があっても誹謗中傷になる場合もあり得ると思いますが、一応、こちらの辞書での意味は上記のようになっていますね。
誹謗中傷は法律用語ではなく範囲の広い言葉ですが、法的には、刑事での名誉毀損罪、侮辱罪、信用毀損罪、業務妨害罪、民事での名誉毀損、名誉感情侵害の不法行為等が、誹謗中傷の中に含まれると解釈して良いかと思います。
誹謗中傷の集合の中の部分集合として、法的な名誉毀損や侮辱等が含まれている、という関係ですね。
法的に罰せられない誹謗中傷についてどう扱うのか、ということについては、複雑な問題になりますので、ここでは回避させて頂いて、まずは法的な基礎知識を確認したいと思います。
※なお、個々の投稿自体は法的な侮辱等には当たらない罵詈雑言でも、繰り返し大量に浴びせられた場合には深刻な精神的ダメージを被り、活動に支障をきたすことがある。この場合、「平穏生活権の侵害」として認定される可能性がある、ということを憲法学者の志田陽子氏が指摘しています。
上記にある「名誉」とは、その人の心の中での名誉感情ではなく、社会的評価のことです。
なお、民事での名誉毀損の不法行為も刑事での名誉毀損罪に準じる構成要件ですが、民事での名誉毀損では事実の摘示は必要ないとされます。また、社会的評価とは別として、その人の心の中での名誉感情を傷付ける行為については、民事での名誉感情侵害の不法行為として損害賠償の対象となり得ます。
刑事での名誉毀損罪、侮辱罪および民事での名誉毀損での「名誉」すなわち「社会的評価」とは何か、というと、以下のようになります。
つまり、他者の名誉(人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価)を傷付けた場合、それが事実であるか否かに関わらず、刑事での名誉毀損罪または侮辱罪、民事での名誉毀損の不法行為となり得る、ということです。
そして、名誉毀損罪と侮辱罪の違いは、事実を摘示するものであるか否かという点になります。(および「違法性阻却事由」の特例の有無)
つまり、「バカ」「死ね」等の誹謗中傷は侮辱罪として扱われ、「あいつは犯罪者だ」等の誹謗中傷は名誉毀損罪として扱われることになります。
なお、民事での名誉毀損の不法行為では、事実の摘示の有無は問わないとされています。
ここで、名誉毀損には特例が認められています。
他者の名誉を傷付ける行為であっても、「公共性」「公益性」「真実性」の三要件を満たした場合は処罰の対象とならない、という特例が設けられています。これを「違法性阻却事由」と言います。
つまり、公共の利害に関わる、公益を図る目的での、真実であることが証明できる行為については名誉毀損として罰せられない、ということですね。
逆に言えば、いずれかの条件を満たすことのできない行為は、名誉毀損となり得るということです。
そして、ここでの真実性の証明については、誹謗中傷を行った側(被告)が証明しないといけないことになっています。ただし、真実性については、「真実と信ずるにつき相当の理由があるとき」(真実相当性)が証明できれば良いとされています。
なお、侮辱罪にはこれらの違法性阻却事由の特例の条文がないことが問題視されることがあり、侮辱罪の厳罰化における議論にもなりましたね。
以上が、刑事および民事での名誉毀損の構成要件と特例の三要件になります。
なお、民事の名誉感情侵害の不法行為では、被害者の名誉感情という人格権への侵害が争点となり、第三者の社会的評価とは関係ないので、同定可能性は必要ないとされます。
また、その表現が、社会通念上許容される限度を超える侮辱行為であるか否かで判定されるので、名誉毀損における違法性阻却事由は問われないことになります。
意見・論評について
ここで、名誉毀損について、Twitter上では、「これはただの感想であって、誹謗中傷ではないし、名誉毀損でも侮辱でもない」等という意見も散見されますが、
感想すなわち「意見ないし論評」であっても、「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」は、名誉毀損となり得る、とされています。これと前述の特例の三要件を合わせて、「公正な論評の法理」と言います。
つまり、意見や論評であったとしても、公共性、公益性、真実性の証明のいずれかがなく、または、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものは、名誉毀損となり得る、ということですね。
なお、ここでの「人身攻撃」とは、相手の人格を否定する表現であり、「バカ市長」「妄言を繰り返す」等の表現が名誉毀損とされた判例もあります。
特に言論空間において、論争がエスカレートした場合には、上記のことを思い出した方が良いかもしれませんね。
同定可能性について
ここで、同定可能性についても触れておく必要があります。
匿名のSNS上で、名誉毀損や侮辱等の被害を受けた人が匿名であった場合、そもそも誰が被害者であるのかを特定した名誉毀損行為であるとは言えないので、裁判に訴えることができない、という問題があります。
この場合、たとえば、Vtuberに対する名誉毀損での法的な発信者情報開示請求が認められた事例があるように、リアルでの活動がアバターやハンドルネームと紐付けられる場合には、同定可能性があると判断されるようです。
ただ、これはリアルでの活動と紐づけられない完全に匿名のハンドルネームでは使えませんので、その場合には、いわゆる「中の人」の名誉感情が侵害されたという、民事での名誉感情侵害の不法行為として扱うことになるようです。名誉感情侵害の不法行為では、同定可能性は必要ないとされます。
実際に、その表現が「社会通念上許される限度を超えるもの」については名誉感情侵害が認められる、とした地裁判決もあり、名誉感情侵害の事案について徐々に判例が作られつつあるようです。
2. 判例
それでは、上記の事柄を踏まえた上で、判例を見ていきたいと思います。
結局、「どこからが名誉毀損や侮辱になって、どこまでが正当な批判の範疇であるのか」という線引きが、多くの人にとって重要なわけですからね。
法的な文言の上での線引きは明確です。
「社会的評価を低下させるもの」または「社会通念上許される限度を超えるもの」が名誉毀損や侮辱となるとされています。
なお、この「社会通念上許される限度を超えるもの」という判断基準は、隣家からの騒音のトラブル等の裁判でも多用される重要な概念ですね。
何をもって「社会的評価を低下させるもの」または「社会通念上許される限度を超えるもの」であるのか、ということが重要となるわけですが、これは裁判官の考える「社会常識」がその根拠となっているので、判例を見るしかないと思います。
1.リアリティ番組の出演者への侮辱事件
リアリティ番組に出演された女性に対して、SNS上で「死ね」「気持ち悪い」「消えろ」等の誹謗中傷が約2ヶ月間で数百件程度、浴びせられた末に、女性が命を絶たれた事件がありました。
「性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「ねえねえ。いつ死ぬの?」と投稿した人物と、「死ねや、くそが」「きもい」「かす」と投稿した人物の二人が、刑事での侮辱罪として書類送検され、科料9千円の処罰が下されました。
2.市長に対する週刊誌の記事による名誉毀損事件
ある市長に対し、週刊誌の記事で「バカ市長」「そのバカさ加減に呆れ返ってしまった」「妄言を繰り返す」等の記述が、意見ないし論評としての域を逸脱したものであるとして、民事での名誉毀損の不法行為として認められた判例があります。最高裁で上告棄却で確定しています。
上記はあくまで一例ではありますが、
「性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「ねえねえ。いつ死ぬの?」「死ねや、くそが」「きもい」「かす」等の誹謗中傷は、刑事での侮辱罪として処罰される可能性があり、
「バカ市長」「そのバカさ加減に呆れ返ってしまった」「妄言を繰り返す」等の誹謗中傷は、民事での名誉毀損の不法行為として損害賠償の対象となる可能性があり、
また、「仕方ねぇよバカ女なんだから」「母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」等の誹謗中傷は、民事の名誉感情侵害の不法行為と認定される可能性がある、ということを共有できればと思います。
上記以外にも、名誉毀損や侮辱、名誉感情侵害等の判例は多くありますので、調べてみるのも良いと思いますね。
また、事件ごとに裁判所の判断が分かれる場合もあり得ますので、その辺りも含めて掘り下げる必要もありそうです。
まとめ
誹謗中傷は人の命をも奪うことがある言葉の暴力です。
まず、この事実を全員で共有した上で、
二度とそのような事件を繰り返さないように、各自で気を付ける必要があると思っています。
誹謗中傷の線引きや表現の自由との兼ね合い等については、ひとまず脇に置いておくとして、
言葉の暴力である誹謗中傷はすべきではない、ということを原則として、全員で共有できればと思っております。
以上、お読み頂き、ありがとうございました。