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【創作】note:Data 2021/01/30/3、私小説

「私小説は、日本の近代小説に見られた、作者が直接に経験したことがらを素材にして、ほぼそのまま書かれた小説」、これは、エロ場面以外私は書けない。私の書くものは、オネエちゃんの出てくる場面以外は、荒唐無稽、スラプスティックのホンキートンクにしたいと思ってます。まだ、その部分が足りない。

なにせ、中学生時代、漱石、鴎外、龍之介と並行に、E・E・スミスやE・R・バローズなんてスペースオペラを読んでいたのですから、絶対矛盾の自己同一になってしまいました。

純知性体、これはパクリです。E・E・スミスの「スカイラークシリーズ」に登場する最強ボスキャラ、純粋知性体のパクリとなります。

庄司薫、村上春樹なんざの文体も一部パクってます。とにかく、私小説的な厳密さなんか関係ありませんもの。通俗的で結構です。お話の設定が面白ければいいんです。

ただし、荒唐無稽は荒唐無稽でも、一応、理論、原理は考えないといけない。ですので、中国の鬼門(方角関係なし)と違って、日本の鬼門、裏鬼門がなぜ、北東、南西の方角なのか?なんて理由もこじつけたくなります。

これらのシリーズでも、薀蓄だけだとダメなので、私の二番目の好物のエロを最初に持ってきて、最後に一番目の好物の薀蓄を展開してるんですが、薀蓄、ダメなんですよ。読まれません。やれやれ。

「マガジン、ヒンズー教と仏教の原風景」、「マガジン、縄文海進と古神道、神社、天皇制」は、かなり書くのに時間がかかって、こっちは荒唐無稽ではなく、新しい仮説をだしているのですが、しかし、こうなったら、エロを出して、卑弥呼と壱与のエロ場面を・・・_| ̄|○

ちなみに、天照大神の天岩戸のエピソードは、西暦247年3月24日夕方、248年9月5日朝に北部九州で皆既日食が起こったそうです。でも、場所は前者が朝鮮半島南岸から対馬付近、後者が隠岐付近より能登半島から福島へ抜ける地域。九州や畿内の全域では部分日食。部分日食でも、日食ですので、これで天照大神が天の岩戸にお隠れになり、アメノウズメがヌードダンスして、卑弥呼は日食で霊能力を疑われて殺された、ってことでしょうか?天照大神=卑弥呼だったら、第一天照大神が卑弥呼で殺されて、第二天照大神の壱与に代替わりしたのかもしれません。天照大神は二人いたということ。

いいじゃないですか?エロを出したって。

古事記だって、イザナギ、イザナミ、「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処在り」ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「我が身は、成り成りて成り余れる処一処在り。故(かれ)、此の吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為(おも)ふ。生むこと奈何」、伊邪那美命、「然(しか)善けむ」と答曰へたまひき。爾に伊邪那岐命詔りたまはく、「然らば吾と汝と是の天の御柱を行き廻り逢ひて、みとのまぐはひ為む」とのりたまひき。

チ◯コを以て、マ◯コを刺し塞ぐ、って歴史書だって書いてあるんですから。

アメノウズメだって、天孫降臨の場面で胸をはだけ、陰部を露出しながら猿田彦に近づいたわけなんで、やっぱり、エロは重要かと。

天の岩戸の場面では、アメノウズメ、「天の石屋戸にうけ伏せて蹈みとどろこし、神懸り為て、胸乳(むなち)を掛き出で、裳緒(もすそ)を「ほと」に忍(お)し垂れき」、「オッパイを露出して、裳の紐をオマ◯コまで押し下げた」ですわ。

オマ◯コ(関東言葉ですけどね)って四文字言葉だって、古事記の「ほと」という言葉が語源です。神代の時代の「ほ」は、もっと唇を尖らせて強く発音したんだとか。「ほぉ」に近い。本当か嘘か、「ほと」→「ほほ」→「ぼぼ」→「もも」→「めめ」→「めこ」→「マ◯コ」になったそうで、九州はその途中の「ぼぼ」です。しかし、「マ◯コ」は伏せ字で◯いれますが、「ぼぼ」はなんで治外法権なんでしょうか?関西の「めこ」もそうですが?差別だ!


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