「どうでもいいこと」をやれる土壌
基礎研究に通じる話です
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コロナ禍でみんながピリピリしているなと最初に感じたのは、2020年の4月頃だった
緊急事態宣言の発出に伴い、ただでさえ困窮していた飲食店がバタバタと暖簾を下ろし、観光業が悲鳴を上げ、経済は沈滞していった
観光業への救済政策としてGO TOトラベルキャンペーンが、飲食店への救済政策としてGO TO EATキャンペーンがそれぞれ始まり、それらを活用する人に対する出来ない人の怨嗟や鬱積が渦を巻き、世論に圧されて再びこれらの業界が割を食わされていた
これらと並行して、医療現場からの不満も当然のように噴出した
世界はずいぶん余裕のない方向へと変わってしまった
……日本が元来余裕のある国だったかは置いておいて
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科学的な革新は必要に駆られて進むことがある
今回の例で言えば、ファイザー社の新型コロナウイルスワクチンがあるだろう
しかしながら、その根底となったmRNAワクチンの研究を、コロナ禍以前に誰が重要視していただろうか
いったい誰が、脂質二重膜に包まれたRNAが多くの人類を救うと予想できただろうか
おそらくは、研究当事者を除いた多くの人が、平時にはこの研究を「直接の実用化は期待できない (=重要性がわからない)」ものとして考えていたのではないか
一見「どうでもいい」と思われる研究も、その基盤が発達することで、社会を支える重要な研究成果として迎え入れられる潜在能力を持っているのだと思われる
したがって、「どうでもいいこと」をやれる土壌が、紆余曲折を経て国力に繋がるのだと考えている