染色体は今日もどこかで
むかしむかしあるところに、根が優しい青年がいました。
彼は真面目な仕事ぶりを評価されていましたが、理不尽な叱責を受けることも少なくありませんでした。猛獣たちの格好のターゲットとされてしまったのです。
彼はそんな状況でも、一言も言い返さずにじっと耐えました。それは、誰からも慕われた父親そっくりの姿でした。
ある日の昼下がり、見かねた先輩社員から声を掛けられました。
「ねぇ、そんなに耐えてるけどさ、もし痴漢冤罪に遭っても何も言い返さないの?」
彼女の思いがけない一言にギョッとした彼は、いつも通り何も言えませんでした。
でも彼は、何かを掴んだ気がしました。生きるヒントを授かったような気分になったのです。
彼のその後を知る人はいません。でも、彼が遺した染色体は今日もどこかで生きています。彼が遺した染色体は今日もどこかでもがいています。
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