今日、新しく知ったことはありますか。【問いを贈ろう】9月5日
今回も、PICES の問いを贈ろうキャンペーンに、勝手ながら note から参加してみたいとおもいます。
このキャンペーン、去年は、1日1問い、というペースで展開していたようです。だけど、今年は、2日に1問い、という去年よりもゆっくりペースになっています。
社会についての問いはずっしりくるので、2日間の猶予があることと、日曜日は問いがお休み、というのが、思索のゆとりと脳の休養となって、ありがたかったです。
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9月5日の「問い」
むむっ……そんなにうまいこと新しい発見なんてないよ……。
「みんなが苦手な昆虫Gはクローブのニオイをいやがるから、乾燥した実を紙や布に包んで要所要所に置くといい」っていうのが、目からウロコだったぐらい……とか困ってたら、つごうよく、こんな記事をみつけました。
き、き、……き、
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
なんかこれ、ずっともやもやしてたことの解答やん。ひさびさにきれーなヒット、キタで!
記事の要点をざっくりまとめるとこんなかんじ、かな……。
この、「ケア」と「就労」の2つの局面にわけて考える、っていのが、めちゃくちゃストン!、とおちました。
うちの子どもは今年度ずっと学校にいけてないのですが、思春期外来のお医者さんからは、「ささいなことでも出来たことがあれば、ほめてあげてください」とアドバイスされています。つまりこれって、《あなたのお子さんは「ケア期」の段階なので、まずは、とがめるよりもほめて、大丈夫という感覚を育ててあげてください。登校 = 「就労期」は、その次です》ってことだったんだ!
それと、うちの子どもはちいさいころからものすごく、「ほめて!」「かわいい、ってゆって!」「だっこー!」と要求してくるのですが、それって、《お母さん、わたし「ケア期」だから、しっかり全人的肯定をしてちょーだい!》って、本能的にやってた、ってことだったんだ!
それから、はなしはそれるけど、ついこないだ「朝食のパンをティッシュにおくのは、アリかナシか?」が論争になってたじゃないですか。アリと感じる人は、「就労 = 衛生的に食べられるという機能をはたせている」という局面に注目してて、ナシと感じる人は、「ケア = ちゃんとした食器を使うことで、食べる人を尊重する気持ちを表す」という局面を重視している、ととらえていくことも可能そうです。
さて、青木さんはさらに、こんなことも述べています。これは、今の社会の歪みをとらえるうえで重要な視点だとおもうので、そのまま引用します(最重要と思われたポイントを、太字にしています)。
なるほど!
子どもの不登校確定した瞬間に感じる、人生詰んだ_| ̄|○ il||li感は、子どもの人生を「就労的な部分 = 学校」だけでしか見てなかったからか!
夫の子どもに対するまなざしや、夫から子どもへの声かけに、みょうにピントがズレている感じがするのは、なるほど、夫の世界からは「就労的な部分しか見えてないからか!
また、前回の問いで消化不良でおわった、
という私の疑問も、健常者の世界から「ケア的な部分」が欠落しているせい、ということで、うまく説明がつきそうです。
さらに、その前の問い、
これは、私たちひとりひとりが、お互いへの「ケア」の担い手になりませんか?、という呼びかけ、ととらえることもできそうです。
おやおや。
偶然だけど、各問いがうまいことリンクしました。
これが本日最大の発見かもしれません!
……ということで、今回はおしまい。
次回の問いにそなえて休息しま〜す。
いま、病気で家にいるので、長い記事がかけてます。 だけど、収入がありません。お金をもらえると、すこし元気になります。 健康になって仕事を始めたら、収入には困りませんが、ものを書く余裕がなくなるかと思うと、ふくざつな心境です。