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これからの時代に求められる「企業の品格」とは - BE+Social VOICE #1(3/3)

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今と未来は本来トレードオフではないはず

非財務資本ばかりだと財務資本を毀損すると捉えられる恐れもあると思いますが、企業価値向上の観点ではどのように捉えればよいでしょうか。

 基本的には、短期・中期・長期の話と非財務資本・財務資本の話があって、短期の非財務資本の話にフォーカスしてしまうと財務資本を毀損する可能性は多分にありますね。非財務資本はどちらかというと土壌、インフラですし、あくまで未来のために土地を豊かにしているだけであって、土地を豊かにすればすぐに果実が実るわけでもないので、そのバランスはあると思います。無駄にウェルビーイング経営をしてみんな楽しそうに働いていたけど、ずっと赤字で2年後に潰れてしまうような会社は全然良い会社ではないと思うので。そう考えると、財務指標はこの2年、3年を生きていくための数字ですし、でも5年後、10年後を考えたら、おそらく非財務指標の方がたくさん表れていると思いますね。

 要は今と未来のマネジメントをどうやって上手くやるかということで、今と未来は本来トレードオフではないはずなので両立できる。今と未来をトレードオフしているということは、単純に未来の果実を刈り取ってきているだけ。要は稚魚を捕まえているだけということになってしまうので、本当は養殖をしながら大きな魚を取りつつ、稚魚を育てるというように両立できるはず。「我慢しなければいけない」と理念的に言うのは簡単で、経営者として数字を見たときにすごく悩ましいのは認めますけど、そもそも今と未来をトレードオフであると考えない方がいいと思いますね。当たり前のように今と未来の両方を考えましょうというだけのような気がします。

その先には必ず生活者がいる

BtoB企業だと事業による価値がBtoCに比べ伝わりづらい、イメージしづらい部分もあるかと思います。どういった発信をしていくべきでしょうか。

 BtoBであっても、その先には必ずCがいるので一緒な気はしますけどね。日本のITベンダーは非常に特殊というか、すごくBtoBの割合が多いです。グローバルに見たときに、こんなにBtoBの割合が多いITの会社はあまりないと思います。もちろんネットワークインフラとかはあると思いますけど、システム開発って欧米だと内製するパターンが多くて、まるっと外注するパターンはそんなになかったりするので、日本のSIerと言われる会社は特殊な事業形態をしている。でも絶対その先にはエンドユーザーがいるわけですよね。例えば会社のシステムを作ったとして、その会社がまたBtoBの事業をしていたらちょっとややこしいですけど、BtoCの会社向けのシステムを作っていれば必ずCがいるわけで、その座組みの中で今まで受発注の関係でやっていたものを、どうやってうまく協創的にやれるかというのはあるかもしれない。
 例えばオープンイノベーション的な取り組みの中で、新しい未来の農業をやりましょうとか、漁業やりましょうというプロセスの中で、単純に受発注ではなくて、事業者さんがいて、養殖業の人がいて、地主さんと一緒に組んで、場合によっては産学を組んでやっていくプロセスの中では必ず生活者が登場すると思います。そういう意味でいうと、今までずっと黒子的にやってきていた部分を、どうやってちょっとずつ出していくかというのはあると思いますね。

キュアとケア

特に投資家は短期的な利益を求める方も多いかと思いますが、どのように中長期的に効いてくる非財務資本、特に社会関係資本を伝えていくと理解を得られるとお考えでしょうか。

 いろんなステークホルダーがいますけど、株主も含めてどうやって中長期の関係を作るかという課題はあると思いますね。例えば、同族企業とサラリーマン社長がやっているような上場企業ではどちらの方が企業生存率が長いか、中長期的な成長率が高いかという研究がありますけど、同族企業が勝つという結果が出ています。同族企業は基本的に創業家が一定の株式を持っていて、子々孫々と会社を残したいという中長期的な視点がある。要は未来を見ているわけです。その研究は、同族企業の方が中長期な種まきができて、それが長期的な成長に繋がっていると結論づけています。

 バフェットは長期保有しかしないと言っていますが、中長期的な種まきを本気で考えている人がいることは歴史が証明しています。例えば、株式を持っている企業が、結局ちょっと儲けて利益率が10%上がっても、株価はせいぜい数%しか上がらない。だけど長期保有して20年で株価が何千倍と上がっている事例を見ると、どう考えても長期保有の方が利率はいい。基本的には投資はポートフォリオとその中でのバランスだと思うので、財務資本で買う銘柄と非財務資本で買う銘柄をミックスしておけば、どちらにも張ることができるわけですよね。それが私には普通の考え方です。

長期的な観点で経営することを考えると、同族経営でない企業は社会関係資本と紐づけたうえでどのような戦略が考えられるでしょうか。

 私の信念的に言うと、「会社の存在意義として未来に何を作りたいか」というビジョンをクリアにした方が良いです。ちゃんと具体的なビジョンを作ることができるかというのは大事だと思いますね。それがブランドイメージとしてしっかりと浸透していれば当然継承されていくであろうし、例えばパタゴニアは社長が変わったからといって急にビジョンを変えないと思います。本当はそういうことを社長はしっかりやってくれるといい気はしますけどね。日本の会社は割とマイクロマネジメントをしたがる人も多いですし、それが得意なのかもしれないですけど、ビジョンをクリアにするところがもう少し見えてくるといいなという思いはあります。

 最近「優しい知性」という本を書きました。何を書いているかというと、サイエンスとか客観的知性が20世紀に重要視されてきて、それがもの作りの時代にはすごくフィットしていたけど、おそらくこれがサービス業になっていく。例えば医者は治療だけではなくて、実はケアもしています。医者が突然ばばっと来て、採血して、顔色とか調べられて、「はい、この薬飲んで」って言われたら嫌ですよね。それは情報処理的には正しいことをやっているけど、人間はそれでは医療に対して満足しない。実際、触ってもらったり、診てもらったり、聞いてもらうことで病院に来た感じがする。医療のキュアとケアというものがあって、これからはどんどんケアの要素が大事になってくると思います。今までの会社経営は、報酬体系で管理するやり方でした。インセンティブはどちらかというとキュアの話ですね。数字でわかっているもの、定量化できるもので合理的に判断してやっていくことは大事だと思いますが、人と人との関わり合いがある中でケアもしないといけない。
 会社として優しい会社になっていかないと、どんどん会社もしんどくなると思います。昔から人に優しい経営学会というものがありますが、従業員全体の幸福をサポートする会社があって、そういう優しい会社の方が人は集まってくるし、業績も良くてずっと続いたりしています。非財務がバッファーになって、それがケアになるのですから、私自身は非財務がちゃんとした役として存在していくことの意味はすごくあると思います。余白があることによって会社が良い会社になれるということと、その余白がイノベーションの余地になれば良いですね。非財務で捉えている指標がイノベーションターゲットになって、人やグリーンをケアできるようなテクノロジーが出てくる、というように盛り上がっていくことにもなるので、非常に大事な余白として存在していると思っています。

次回のBE+ Social VOICEもお楽しみに