第二十六回:思い出はかくのごとし
片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた
ディーン・マーティンの『思い出はかくのごとく』を最初に聴いたのは一九五六年のことだった。当時のFENのヒット曲番組で聴いたのだ。最初から最後までひとつの番組を聴きとおすことをせず、三曲も聴けば充分だった、という頃だ。いい歌だと思った。
時は下って、渋谷にヒカリエというビルが出来たとき、そこにある東急シアターオーブという劇場のオープニング第二弾として、『ミリオン・ダラー・カルテット』のニューヨーク・キャストが、そのまま東京に来た。これを見落とした時点で前科一犯だと思っている僕は、当然、観た。
エルヴィス役のエディ・クレンデニングからサム・フィリップス迄、すべてニューヨーク・キャストで観ることが出来たのは、渋谷で起こった素敵な出来事のひとつだった。このなかで、エルヴィス役の青年がサム・フィリップスを相手に短いやりとりをする場面があった。エルヴィスがサン・レコードでの第一曲をなににするか、模索していた頃だ。
「物真似は出来るのか」
と訊かれたエルヴィスは、
「ディーン・マーティンはどうですか」
とフィリップスに答え、歌い始める。このとき彼が歌ったのが、『思い出はかくのごとく』の一部分だった。
「物真似の奥に光るものがある」
彼の歌を聴いたフィリップスはこう答えた。『思い出はかくのごとく』はすでに書いたとおり一九五六年にヒットした作品だから、エルヴィスのサン・レコードでの第一曲をなににするか、という時間設定とは合致しない。しかしそんなことは、戯曲を書いた人にとっては、どうでもいいことなのだ。そしてその考えに僕は全面的に賛成する。
『ミリオン・ダラー・カルテット』を観終わって、僕はロビーでCDを一枚、購入した。エディ・クレンデニングのCDだった。このCDのなかに、彼が劇中で歌った『思い出はかくのごとく』のおなじ部分が、収録されているではないか。
ディーン・マーティンの『思い出はかくのごとく』のシングル盤を僕は欲しくなった。友人の篠原恒木さんに依頼した。オークションで競り勝ったという。ボール紙をふたつ折りにしたところにシングル盤がはさんである。今回の『思い出はかくのごとく』は、その写真だ。
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