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第二十八回:良き旋律を求めて
片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた
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友人の篠原恒木さんがシングル盤を五百枚ほど送ってくれた。彼が十代の後半に夢中で聴いたシングル盤だ。毎日のようにレコード店へいき、ラジオで聴いた曲を中心に、あれにしようか、これにしようかと、思いは千々に乱れたという。僕のところにあるからには、彼はもう聴かないのだ。少なくともあの頃のように、夢中では聴かないのだろう。
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そのシングル盤のなかから、また十枚を選んでみた。十枚とは、十曲のことだと思っていい。写真を見ればわかるのだが、その十枚を列挙してみたい。レターメンの歌う『ミスター・ロンリー』とか、ブラザーズ・フォアの『サンフランシスコ湾ブルース』などと書いてみたいではないか。
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ブレンダ・リーの『世界の果てに』、リッキー・ネルソンの『サマータイム』、ハンス・カルステと彼のグランド・ストリング・オーケストラによる『トロイメライ』。ベンチャーズの演奏する『エスケープ』。アンディ・ウイリアムスの『カナダの夕陽』。ホリーズの五人による『バス・ストップ』、ナット・キング・コールの『枯葉』、そして、ケネディ大統領とコーラスによる『自由の讃歌』。
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こうして十枚のシングル盤をならべると、まさに一時間番組の音源だ。洋楽のシングル盤を夢中で聴いていた若い人たちは、なにを求めていたのだろうか。彼らはなにかを切実に求めていた。それは、良き旋律、というものではなかったか。良き旋律、と僕は書くけれど、心に残るいいメロディの断片、と書いたほうがわかりやすい。きっとそれは、いまも篠原さんの心のうちには残っているのだろう。
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かたおか・よしお。作家、写真家。1960年代より活躍。
『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。 https://kataokayoshio.com