第三十一回:シングル盤はなおも続く
片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた
何度か書いたが、友人の篠原恒木さんがシングル盤を五百点を超える枚数で僕のところに送ってくれた。彼が十代の後半に夢中で聴いたものだという。四十年を越える年月をともに過ごし、あるときふと、僕のところへ送って来た。なぜなのか。謎は残る。
今回はそのなかから十枚のシングル盤を取り出してみた。送られて来たままの状態から十枚を抜き出した。僕の作為はまったく入っていない。十枚はこのとおりに、段ボールの箱に入っていた。篠原さんが箱に詰めるときも、手当たり次第に、という感じだったろう。ここにも作為が入り込む余地はない。
統一感のようなものは、まったくない。これは素晴らしい。こうでなくてはいけない、と僕は思う。と同時に、歌もので統一された十枚だ、ということも僕は感じた。歌ものとは、業界用語で、歌手が歌詞を歌うのを中心に置いた作品、というような意味だ。
「ここらで一曲、レコードをかけましょう」とDJが言うとき、その一曲とは、「新しい歌をひとつ、聴いてみましょう」という意味なのだ。一枚のシングル盤とは、ひとつの歌、という意味だと、僕は発見した。遅すぎるかなあ、と思わないでもない。
シングル盤とは、要するに、歌のことだ。新しいシングル盤とは、新しく出来た歌、という意味だ。若い頃、夢中で聴いたのは、歌だった。歌にしたい、と願う人の数をはるかに超えて、その歌を聴きたい、と願う人たちがいた。歌とは、なになのか。謎は深まる。